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きっと熱に浮かされている



微睡んでは、先のことを思い出して羞恥に溺れ、また目を閉じても、触れられた手のときめきが心を覆い尽くした。
ああ寝られない。全くもって眠れない。
ふつふつと湧き上がる感情は純粋な好意と、それに混じる男としての渇望。それらが8:2くらいになった感情が、俺が持つあいつへの気持ちの全てになってしまった。思えば思う程に、もうすこぶる悪かった体調のせいにはできないほど、誤魔化せないほど好きだった。どうしても、ありさかが欲しい。そんなことばかりを考えていた。



「…ン゙」

意識がきちんと覚醒したのは昼前だった。なんだか身体が軽くて、治ったんだと直感で分かった。2日ぶりに立った地面にすこし立ちくらみがしたが、まあ問題なく歩ける。そぅっと寝室を除けばぴょんと跳ねた茶髪がまだ背中を見せていて、その事実がたまらなく嬉しかった。起こしに行きたかったけど、その前にシャワーを浴びた方が良さそうだ。

ぬるい湯。火照った頭を冷ますにはとても足りない温度がむしろ心地いい。鏡を見れば肋骨の浮いた見慣れた身体が映る。そこには勿論アイツのようなふっくらとした筋肉も、厚い胸板もない。あるのは色白でひょろっとした、いかにも不健康そうな男。アイツがその気になれば、俺の骨を折るのくらいわけはないだろう。
気が付く、鏡のなかの男が、酷評を受けるに値するほど気持ち悪い笑みを浮かべていることに。

「……俺キモ」

妄想に浸っていた脳みそは現実を見て早々に萎えてしまった。さっさと洗って出よう。








「…だから、なんて?」

だるまは驚いたような、嬉しいような怯えるような引き攣った顔をしている。俺が話し出そうとしたその1拍の合間に、濡れた髪から水滴が落ちた。

「だから、また様子見に来ようかなって」

昨夜寝る前に、考えたのだ。こいつの食生活の杜撰さを、自分の健康面にほとほと興味がなさそうな危うさを。

「きっとまた、お前同じことやると思う」

「…」

だるまは黙ったまま動かない。動揺するように黒目が泳いでいる。あまり予想していなかっただるまの反応に動揺しているのはこちらも同じではあるのだが。
『ありちゃんにそんなことまでしてもらうほどガキやないです〜』とか『ご飯作って貰えんならアリやな。頼むわ』くらいを想定して提案したのだが、目の前にいるのはなんだか汲み取れない表情でもじもじする友人。変に誤解しているのかあるいは断り方を迷っているのかもしれないと思い、俺は提案に至る経緯と無理強いする気は微塵もないことを短く話した。

「今回は連絡してくれたから良かったけど、またこんな生活してたら次は倒れるかもしれない」

「そうかも、だけど」

「勿論、お前が嫌なら断ってくれ。お前も大人なんやし、俺にそんなとこまで介入されたくないって気持ちは」

「あ、そうやなくて、!」

「?」

「ま、…またきて…」

風呂上がりの潤んだ目が下からそっと俺を見上げる。あまり聞いた事のない、おふざけ無しの弱々しい声。

「その、次までに、お礼…考えとくから…」

「…うん、楽しみにしてるな」

頭の隅で無下に拒絶されることを恐れていたので、そうならなかったことに安堵した俺が笑って返すと俯いてしまった。やはり読めない奴だ。

要件も伝えたし、今日はこれで帰ろう。
玄関先で掃除やら調理くらいは少ししてやれるけど、それ以上はできないから危ないと感じたら病院に行くこと、ちゃんとご飯を食べることなどを伝えて帰路に着いた。俺の話を聞いているんだかいないんだかという様子で楽しそうにへらへら笑って頷いていただるまが、自分の健康管理をちゃんとしてくれることを願いながら。








「もー!!またやん!」

「んは、ありちゃあ」

もはや見慣れた部屋、相も変わらずペットボトルが散乱して、その中央に置かれたベッドに横たわる細身のそいつ。

「もう、これで何回目だと思ってんの!?」

「んー4回♡」

「馬鹿が」

真っ赤な顔で楽しそうに笑うだるまにため息をつく。初めてだるまの家に来てから半年も経たないうちに、こいつは3回も体調を崩している。最初のを合わせたら4回だ。多い、多すぎる。

「げほ、ありちゃあん」

「大人しくしとけ病人」

「へへ」

自分で貼ったのか、斜めっている冷えピタがこいつの緩んだ顔のだらしなさを助長している。今ではだるまも俺も顔を突き合わせることにすっかり慣れて、だるまの態度からは最初のようなぎこちなさがほとんど消え去っていた。

「はぁ…はいほら、アクエリ」

「ストローはぁ?」

「もうっ、図々しいやっちゃなぁ」

こいつの要望で家から持参してきたストローを差してやる。それを見てきゃあきゃあと嬉しそうに騒ぐので、してやった甲斐くらいはあるのだが。

「じゃあおかゆ…いつものでええ?」

「うん、それが好き」

「分かった…おいアクエリこぼすなよ」

「きょーつける」

そろそろ歩き慣れてきた家の中では、もはやキッチンの場所を尋ねる必要すらない。通りかかった洗面台に見覚えのある服が置いてあるのは、前回だるまにいっそ寝巻きを置いておいたらどうだと言われたからだ。実は前々回からそんなようなことは言われていたのだが、そんなことをしたらまるでだるまがしょっちゅう体調を崩すことを見越しているようで嫌だったのでその時は断った。
それがどうだ、そんなフラグの有無は関係ないと言わんばかりの彼からの体調を崩したという旨の連絡の数々は俺が折れるに十分過ぎた。

「はい、できたよ」

「ぅは、おいしそー」

「ただの玉子がゆだよ」

真っ赤な頬に熱特有の涙を溜め込んだ目がきらりと輝く。こんな顔してお腹の鳴る音が聞こえる辺り、また食を疎かにしていたのだろう。早く食わせろと言うようにお椀に手を伸ばしてくるので、俺は今にもだるまの手に届きそうだったおかゆを説教がてら意地悪に遠ざけた。

「あ、ちょっ」

「あのなぁ、ちゃんと食えって毎回言っとるよな??」

「ご、ごめんやん〜…」

「お腹空かないって答えるけど、今腹鳴ってたよな?体は栄養求めてんの。分かる?」

「分かる、わかった、ごめんなさいー」

このとおり!と言うようにだるまは顔の前でぱちんと手を合わせた。詫び無しとまで呼ばれたこいつがこんだけ素直に謝るのだ。三大欲求というのはすごい。

「もう、お前にファンがたくさんいるってこと忘れんなよな」

「うん、おかゆ、やった」

もはやご飯にしか興味のないだるまは生返事だ。こんなだから治らないのだと勝手に母親ヅラをかました自分が心の中で異議申し立てる。それをまぁまぁと宥めてしまう俺がいるのもまた、確かだった。食欲があるのはいいことだし、自分の作った雑なおかゆをうまいうまいと食べてくれることに対して、悪い気はしなかった。
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