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きっと熱に浮かされている

『すまん、おながいがある』

某動画サイトのurlとぼつりぽつりとした俺の返信ばかりが並ぶチャット画面に、誤字混じりの随分気弱なメッセージが届いた。

「なに、どうしたの」

『アスエリかかってきてくれゆか』

「アクエリ?体調悪いん?」

『うごけやんくて』

だるまから買い物を頼まれるなんて初めての事だったから驚いた。ていうかあいつ、これ、俺と会う気なんか。ネットでは存在すら怪しまれるほど姿を見せない友人からの頼み事。ネットリテラシーの神だとかなんとか宣う彼が俺に買い物を頼むほど重篤な症状となると、心配でないわけはなくて。

「分かった」
「待ってて」

それだけ送って、財布とスマホを持って家から飛び出した。




ピンポーン

教えられたマンションの、教えられた部屋番号のインターホンを押す。反応がない。少し待っていると手元の携帯が震えた。

『開けとる』

手を掛けたノブは容易く開いた。


「こんにちはー」

返事はなかった。動けないほどしんどいのなら声を出すのも辛いんだろう。寝室で寝ているだろうと思い、俺はまず手前の方のドアを開けた。いない。配信部屋のようだ。散らかっている。
…いや?

「ん゙…」

「…だる?」

「あり、…かぁ」

いた。
小柄な体はブランケットに包まれて、雑多な部屋の中央のベッドに横たわっていた。

「小さすぎていないんかと思ったわ…おい大丈夫か、」

「ん、わから…」

苦しそうに呻きながら呼吸するだるまは確かにすこぶる体調が優れていないようで、辛そうだった。ついでに声もガラガラだ。

「すまん、あい、さか」

「ええって気にすんな…冷えピタとかもろもろ買ってきたけど、貼る?あ、これアクエリ」

「っはぁ、助かる…」

言うやいなや、だるまは震える手でなんとかと言った様子でそれを受け取り、見ていて気持ちがいいほど豪快にそれを流し込んだ。おいちょっと溢れとる。

「そんな喉乾いてたん」

「うん、まじ…死ぬかと……」

「そんなにか」

くったりとした体は細身で、切り損ねたのか眺めの髪は汗でじっとりと首筋に張り付いていた。
人の介抱をするのはいつぶりだったか。実家にいる時何度か兄貴と母親の風邪を看病した気がするが、うちの家族は基本体が丈夫なのでここまで苦しそうにしていることはなかった。汗もかいているようだし、残りのアクエリ冷やして、買ってきたおかゆ作って、動けるようならタオルで体とか拭いて貰って…
頭の中でこれからの行動を順序立てていると、ふとだるまの目が開いた。
綺麗な色だった。きらきら光るべっこう飴みたいな、そんな色。

「ありがと…」

「…ん、」

弱ったように細められて、嬉しそうに歪んだ色に、少し驚いた。

「おかゆ、作ろか」

「え…?だれが…、?」

「俺だよ。野郎のお手製でもいいなら」

「…うそだ、ありさかは、作れやんよ、」

「馬鹿にしすぎ。ほんで?食べる?」

「んふ、うん、お願い」

これ以上じゃれあう気力も無いのか、だるまは薄く笑って言った。薄く上気した頬は桃に染まっていて、なんだか女の子みたいだった。

「分かった。待っとってな、キッチン借りる」

「あ…あー…うん、」

「?なんだよ」

「あの、…邪魔なもん全部退かしてええ、から」

「…?うん」

その後キッチンに立って初めて、俺はその"邪魔なもの"が"大量に積まれたゴミ類"を指していたことに気がついた。







眠たい。うとうとと瞼は落ちそうなのに、喉を裂くような空咳が飛び出して、息苦しくて眠れない。お腹がすいた。くぅと食べ物を催促する音は繰り返し鳴るのに、どうにも体が動かない。喉が乾いた。噴きでる汗は止まらないのに、部屋に転がるペットボトルは空ばかりだ。
あれこれ俺、死ぬんちゃう?
流石に生命の危機を感じた俺は、ありさかに連絡する事にした。理由はと言えば、くだらないショート動画にいちいち感想をくれるこいつのレスポンス力に期待したから。
予想どおり、あいつは会ったこともない俺を心配して駆け付けてくれた。見てくれはデカくて怖かったけど、見知った声がするというだけでも安心した。あとはなんか、ええ匂いがした気がするなぁ…
…?なんか、別のええ匂いもするな…?

「だるま?」

「…ン、」

「ごめん寝てた?でも食べないと、薬も飲まなきゃだから…」

「…」

「多分美味しいから、頑張って」

背中にすっと腕が入ってきてゆっくりと起こされる。のろのろと覚醒した頭は目の前にお椀2杯分のおかゆがあることをなんとか理解した。たまごのとろけた美味しそうな黄色のそれからは、ふわりと食欲をそそるいい匂いがした。

「え、これ、」

「おかゆ。サトウのごはんにたまご入れて煮ただけだけど」

シンプルで間違いないでしょ?と笑うのは、聞きなれた低い、優しい声。

「うん、めっちゃ、おいしそ…」

「良かった。はいこれスプーン。食べな」

渡されたのはコンビニで渡されるプラスチックのそれ。幾分が震えの落ち着いた手でそのチープなスプーン握って、とろりとしたそれを掬う。持ち上がったのはやわらかそうな白米とそれに絡んだやさしいいろのたまご。おいしそうなそれを零さないように大きく口を開けて、ぱくり。

「…う……っまぁ…!」

「大袈裟すぎ笑」

「大袈裟やないもん…!めっちゃ、おいしい…」

「褒めじょーずやなぁ」

横でけたけたと笑うありさかを置いて、俺は何度もクリーム色のスプーンを口に運んだ。
程よい塩気が風邪っぴきの身体に沁みるようだった。俺があまりにも夢中で食べるから、それを見たありさかがまた笑った。

「お腹すいてたんやなぁ。最後に食べたのいつなん?」

「…んむ、もぐ…っは、えっと、昨日は体調悪くて食べてなくて、その前は確かRUSTの途中に…おにぎりたべたな」

「…え?終わり?まってまってお前この3日間そのおにぎりと今のおかゆしか食べてないわけ?」

「たぶん、」

「は?そりゃ風邪も引くわ馬鹿たれが…」

「あはは」

「笑い事じゃないよ…キッチン周りもカップ麺のゴミばっかりだし、そんな食生活じゃいつかほんとにしぬぞお前…」

「んへへ、ごめんやぁん」

「心配して言ってるんやって…ここも空気篭っとるし、窓開けていいかこれ」

「んむ、好きんして」

そんなことより俺はこのバイオハザードもびっくりのうまいおかゆを食べるのに忙しい。
2杯目も食べていいかと聞くと、どっちもお前のだと言う。ありさかは優しいなぁ。

「…はぁ!美味しかったぁ!」

「すご、食べ切ったん」

「ん、おいしかったでな」

「それは良かった」

言いながらありさかは買ってきた某ドラスト店の袋に手を突っ込んで、錠剤を取り出した。

「味覚あるみたいやし、流行病じゃないやろ。これ飲んどき」

「何から何まで悪いなぁ」

ありさかが水のペットボトルと錠剤を手渡してくれる。それを受け取ろうとした時、

「あつっ」

「ちべたっ」

俺とありさかは驚いて同時に手を引っ込めた。

「え?お前身体あっつ…なんか来た時より顔赤いし、おかゆで騒ぎすぎて熱上がったんとちゃう…?」

「ありさか、手ぇつめたぁ…」

「お前が熱いんよ、ほら飲んで」

今度こそそれらをしっかりと受け取って、俺は白い粒をひとつ口に放り込んだ。…たしかにさっきより頭が痛い気もするし、ありさかの言う通り、テンション上がったんと一緒に熱もあがったんかもしれん…
そんなことを考えていると、喉も腹も心地好く満足した体がゆっくりと睡魔に襲われてきた。
…ありさかは?今何しとる?帰っちゃうかな…
ありさかの姿を確認できないまま、俺のまぶたは完全に落ちた。
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