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欲情のサボン

「みっくすー」

「んあなにぃ?」

部屋をノックもせずに開けるとマイクラをしていたらしいみっくすが間抜けな声で振り返った。

「また新しいサーバー建てたん?」

「おん、もう前のサーバーやることないなったし」

「何掘ってんの今」

「今鉄やね。ありさかもやる?」

「うんあとで誘ってぇ。なあ飯行かん?」

みっくすはやや曇った顔をした。面倒臭いらしい。
でも今日は肉の気分なので、こちらだって多少ならみっくすを説得する気で来ている。

「俺ステーキ食べたいなぁー」

「んゃ…めんどくしゃっっ」

しわしわの顔で言うので笑ってしまう。それに負けてやるつもりはないが。

「ンやだやだやだステーキステーキすてえきいー」

「だぁう面倒臭い面倒臭い面倒臭いー」

お互いに適当に駄々を捏ねるほど意見が異なっても、みっくすは「じゃあひとりで行けば」とは言わない。これは付き合ってから変わったところのひとつで、そういう所にますます惹かれたりする。本人には口が裂けても言えないが。

「帰ったら鉄掘るの手伝うからあー」

「ダイヤも掘ってくれなきゃむりい〜」

「ならダイヤピッケル寄越せー」

「ええ〜…いいよ」

「よしっ」

みっくすはよっこいせと言いながら椅子から立ち上がった。

「暑い…着替えんの面倒臭い…」

先程決着は着いたはずなのにまだ不満そうにみっくすが呟いた。

「どこの店?近いならこの服でいい?」

「え?」

俺は素っ頓狂な声が出た。実はこいつは中々オサレな奴なのだ。家でのダル着は適当なようだが、外行きの服は清潔感があって、カジュアルで、少し上品なものを来ていくことが多い。黒のぴったりとしたパンツに白のタートルネック、それにコートとか、柔らかい素材のシャツに滑らかなグレージュのパンツ、とか。ブランドとか流行りとかそういうのに疎い俺が見ても小綺麗だと思うし、よく会うシスやバニラも同じようなことを言っている。
アクセサリーをしているのはあまり見たことがないが、飯ではなく遊びの約束をすると控えめに香水を付けてくることもあった。俺は、意外にそういうの気にするタイプなんだ、と思うだけに留めている。口に出すと余計な言葉まで着いてきてしまいそうだから。

そんなお前が、ダル着で外に行くというのだから驚いてしまった。

「えだめ?」

「いやダメじゃない…けど…
 お前いつも綺麗なカッコして外行くじゃん
 だから珍しいなって思って」

思っていたことをそのまま、なるべくボロを出さないように伝えても、みっくすはきょとんとした顔をしている。

「?いや俺しょっちゅう部屋着で出掛け…
 ああそりゃお前と出掛けてた時は一応選んでたけど」

「えどゆこと…」

ぽりぽり頭を掻きながらちょっと目を泳がせているみっくすは少し照れているようにも見えたが、その、表情の意図が全く読めない。

「だからぁ、前まではお前と遊ぶから気い遣ってん、
 でももう付き合ったし服適当でも許されっかなって…」

「…ぇ」

その言葉でなんだか色々察してしまって、俺のために服まで選んでたのかと思う高揚感と、今は気を遣われなくなったという嬉しさと、目の前のお前に釣られた恥ずかしさでとにかく赤くなった。
大の男が面と向かって2人で照れ照れしてるのはかなり滑稽だなと思えたら少し笑えた。

「…やっぱちゃんとした服がええ?」

若干上目遣いで、気まずいのを誤魔化すように、あるいは少し笑っているのを悟られないようにみっくすがそう尋ねた。

「なんでもいいよ」

ちょっと安心したように笑って、みっくすは着替えてくるわと言って背を向けた。

「あっ、ねぇ」

「?なんや」

肩に手を置くと不思議そうな顔をして振り向く。

「俺あの匂い好き」

そう言うと、みっくすの元々丸い目がさらに見開かれてまん丸になった。それと同時に顔を赤くするのを見て、きっと俺の顔は意地が悪そうに歪んでいたと思う。

「もうお前ほんと…黙れよ…」

「え?付けてきてくれんの?」

「…わーったよ付ける、付けるから…」

言うが早いか、みっくすは俺の腰あたりを引っ掴んで抱き寄せた。近づくとやはり俺の方が少し目線が高い。下からぐっと見つめられた目がらしくなくて震える。

「…今日いい?」

「…、…ん…」

「しゃあ、じゃ下だけ着替えてくるわ」

一瞬でいつもの様子に戻ったみっくすは颯爽とロッカーに歩いて行った。そのあと食べた肉の味はロクに覚えていない。
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