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おとぎ話みたいに恋しよう

「ありさんがお姫様だったら良かったのに」

「…は?」

ベランダで煙草を吸うと言うので、隣で付き合っていた時だった。涼しくなってきた夜風を浴びながら、バニラはたまに突拍子もないことを言う。

「なにがいい?ラプンツェルでも白雪姫でもシンデレラでもいいよ」

興が乗ったのか楽しそうにこちらを見て笑う彼の口から零れたのはディズニープリンセスの王道枠。最近ディズニープラスを見始めたとかなんとか言っていたから、その影響だろうと合点がいった。

「俺がラプンツェルとかおもろすぎるやろ。悪い婆さんに拳で勝てるから話変わるよ」

「自力で出てこないでよ。『髪の毛降ろ〜して〜』って歌わなきゃいけないんだから」

「歌うのってお前の役なん?w」

は、と気付いた表情が間抜けで笑えた。つられたようにばにも笑う。

「違う、魔女になりたいんじゃなくってぇ…、w 俺はやっぱ、王子様でしょ」

「なんでぇ、俺もできるなら王子がいい」

「それはダメよ。俺がありさんの危機を颯爽と救って、お姫様なありちゃんが俺に恋するんよ」

「俺お姫様である必要あるかなぁ…」

存外熱心に語り始めたばにらを見ているのは面白くて、相槌を打ちながら話を続ける。成人男性が今更プリンスに憧れるなんて夢のある話だ。しかもプリンセスは俺だと言う。

「大アリよ。そんで姫の危機を救った勇ましい青年を王様は褒めたたえて、祝福されながら結ばれてハッピーエンド」

「ベタやなぁ」

「それがいいんじゃない」

目を伏せて煙を吐きながら、そう幸せそうに微笑んだ。

「少なくとも、そのベタな話は俺らには叶わないんだから」

「…まあ、確かに」

なんでもないような口調のくせ、憂うような目でどこかを見つめている。確かに俺たちは年甲斐もなくふたり恋に落ちた。ここまでは物語の通りだけれど、その先のべたな幸せには指が掛からない。
別にそこまで望んじゃいないけど、確かに、俺らにとってそのオチはベタなものじゃなかった。

「ねえ、ディズニーって生まれはアメリカじゃん」

「そうだね」

「プリンセスと王子様になるにはさ、やっぱ本場に行かないとなんじゃない?」

「…なにそれ、プロポーズ?」

「そ」

そこまで言って、やっぱり恥ずかしくなったのか、ばには照れてはにかんだ。その顔が可笑しくて、俺も笑ってみせた。
まあ別に、お前となら、どこへ行ったっていいけれど。
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