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【:ヤマ太】正夢



今見ているこれが夢だと、ヤマトは最初から気づいていた。
夢というのは最初から夢だと気付いてしまえばすぐに目覚めると聞くが、何故かこの夢はいつまでも覚めることがない。体は自由に動かないし、目の前に広がる景色も、山と森と、あとは崖だろうか。その程度の情報しかなく、何だか自分の故郷と変わらないと感じた。時間は夕方だろうか。真っ赤に染った太陽が奥の山を焼くように赤く染まり、焼け落ちた空は随分と焦げたように黒い。

「……もう、いいだろう」

ふとこぼした言葉が、静かなこの世界に響く。声は出るようだ。最初から夢だと分かっているのだから、もうこんな意味の無い夢は早く目覚めて欲しかった。心の隅っこでふつふつと湧き上がってくる不安と違和感から、早くヤマトは逃げてしまいたかったのだ。

「大丈夫だよ」

突然頭上から聞こえたその声に、ヤマトははっ、となる。けれど体は未だ自由に動いてくれない。自分の頭の上を飛び越えたその声の主は、そのままヤマトの目の前に背を向け飛び降りた。その小さな背中を、ヤマトはよく知っている。その青い服も、トレードマークのゴーグルも、ヤマトはよく知っていた。

「ヤマトのこと、守るからな。」

その少年はそう言って、こちらを振り向くことなく前へと走り出した。彼がどこへ向かうのか、何をしようとしているのか、ヤマトには皆目見当もつかない。けれどその奥へは行ってはいけないと、漠然とした恐怖からくる警告が脳内で鳴り響く。だから止めたかった。一人で前へと進む彼を。

「行くな」

止めたいのに、体はまだ動かない。声を出すことしかヤマトには出来なかった。

「行くな、お願いだから、行くな。」

聞こえているはずだ。今まで出したこともないぐらい腹から声を出しているのだ。聞こえているはずなのだ。なのに、どうして彼は止まらないのか。
突然、焼け落ちきりそうだった太陽が大きく光った。それと同時に体を焼き尽くす程の熱があたり一面を覆い尽くす。瞼は動くようで、ヤマトはぎゅっ、と強く瞼を閉じた。その熱はすぐにおさまったけれど、周りの静音は一瞬にしてパキパキと木々が燃え広がる轟音に変わった。
目線だけを動かして、ヤマトは先程の少年を探す。どこにいるのだろう。きっと彼もあの爆風と熱に巻き込まれたであろうに。どこへ。



その答えは案外すぐに見つかった。目の前で、彼が空から落ちてくるのが見えた。体はだらんとしていて、落ちることに抵抗する気配もない。ただ重力のまま、その現実を受け止めたようにその少年は落ちていく。

燃え広がる、あの業火の中へ。

「だめだ、太一ぃ……!!」

腹の底から声が出た。その瞬間、体に繋がれていた鎖が砕け散ったかのように体がぐん、と前に出た。一瞬ふらつきながらも、ヤマトはその一歩でしっかりと地面を踏みしめ、大きく前へと走り出す。まるでヤマトに見せつけるかのように、彼はゆっくりと、けれど確実に落ちていく。届け、届けと願いながら、ヤマトは体を前のめりにしてその手を伸ばした。

その手は太一の手を掠め、そして空を切った。

立ち止まった時には、もう彼の姿はどこにもなかった。ただあの、救いようのない業火が広がる森に落ちてしまった。

ヤマトが見た太一の『最期』は、それはそれは優しそうな笑顔だった。














今見ているこれが夢だと、ヤマトは最初から気づいていた。

もうこんな意味の無い夢は早く目覚めて欲しいと、ヤマトは願っていた。








これが、夢であればと、彼は。
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