【:ヤマ太(♀)】小話
「ヤマトにはもう会えないんだって。」
ぎゅっ、と手が繋がれる。いつもなら小さく鼓動が跳ね上がるそれは、今は嫌な意味で心臓が鳴り響く。
「……どういう意味だ。」
「消えちゃうの。……おれ、消えちゃうんだ。」
パキッ、と何かが割れる音がする。ヤマトがはっと顔を上げると、太一の背中から長方形の細かい粒子が剥がれ散っていくのが見えた。
「っ、たいち、背中がッ……!」
慌ててヤマトがそこへ手を持っていき覆う。けれどその粒子はヤマトの手をすり抜け散っていく。はっ、と息を詰めるヤマトを見て、太一はその手を再び自身の手で包み込んだ。
「いいんだヤマト。そこはもう……それよりも、おれ、今はヤマトの体温を感じてたいんだ。」
太一はヤマトの手を自身の腰へと回させる。 縮まった距離。太一はヤマトの胸元に手を付き擦り寄った。自分より少し低い体温も、今は何だかとても熱く感じた。
「ねぇヤマト、おれずっとヤマトのことが好き」
「……なんでそんなこと言うんだ」
「ヤマトと一緒に過ごした時間、とっても大切な宝物だよ」
「別れみたいじゃないか……」
「また出会ったら、おれのこと見つけてね」
「いやだ、もう何も言うな」
「ずっと、ずっとずっと、……おれは、ヤマトのこと、好き」
「黙ってろよ、なぁッ……!」
腰に回していた手を背中に回してそのまま太一を抱き締めた。悔しそうに歯を食いしばっているのが見える。太一もまた胸元に添えていた手を離し、ヤマトの両の頬を包んだ。粒子の侵食は、もう頬まで来ている。けれどまだ、身体は動く。口も目もある。
「たい、ちッ、」
太一は一呼吸おくと、ゆっくりと背伸びをした。あった頃は少しの違いだったはずの背丈も、今はキスをする時に背伸びをして精一杯になってしまった。カサついた唇がヤマトのそれに触れた。押し付けるだけのそれはとても子どもっぽいけれど、太一には十分だった。
そして最後は、笑顔で。
「…バイバイ、ヤマト」
笑っているのに、その目元にたまる涙を拭ってやろうと手を添えた瞬間、その姿は弾けた。体温も、感触も、香りも、笑顔も、弾けた。
「ッ、たいちぃ……!」
散っていく粒子に手を伸ばすけれど、先程と同じように手をすり抜け青空へと飛んでいく。ヤマトは必死になってそれを追いかけた。
「いやだ! ふざけるな! なんでいつも勝手に行くんだッ! 相談しろと、いつも言ってただろうがッ!」
足場が不安定で、時々足元を持っていかれる。地面に手をつく事もあったが、それでもヤマトは走った。目を離せば、もう追いつけなくなってしまう。
「いつから……いつから知ってたんだ! いつから隠していたんだ! どうして何も言わなかったんだ!」
誰からも返事はない。知っているけれど、叫ばずにはいられなかった。
「……違う、違う! ずっと、ずっと見ていたはずなのに……! お前のこと、ずっと目で追っていたはずなのに……! なんで、なんで俺は気付かなかったんだ……! 隠していたとか関係ない。どうして俺は見抜けなかったんだッ……!」
悔しい。ヤマトはただ悔しかった。好きだった。愛し合っていた。ずっと、太一のことを目で追っていたはずだった。なのに何も見抜けていなかった自分に腹が立った。
「もう絶対に離さない。絶対に守ってやるッ、……だから、だからッ! 行くな! 行くなよ太一ッ……!」
もうチャンスはくれないのか。太陽へ向かう太一の欠片を見て、ヤマトはめいいっぱい手を伸ばした。
刹那、ぶわっ、と向かい風が吹き荒れた。一瞬のそれは粒子を巻き込み、追いかけていたヤマトを包んだ。
頬を撫でる温もりが、金糸の髪を撫でる感触が、胸を高鳴らせる優しい香りが、ヤマトを包んだ。目元にあった涙を、誰かが拭った。
ヤマトがはっとした瞬間、その風は止んで、欠片は跡形もなく消えていた。追うものがなくなったヤマトはその場に崩れ落ちる。拭われた涙が、目元から耳にかけて跡を残していた。紛れもなく、彼女が拭った跡が、そこに。
「……ひぐっ、ぅ、ぐッ、…たいちぃ…!」
泣けばまた、彼女が拭ってくれると思った。けれどその涙は誰に触れられることなく、乾いた大地にシミを作るだけだった。