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【ヤマ太♀】指切りげんまん



「随分と幼く可愛らしい巫女が降ってきたな。」

葉っぱまみれになった少女は、その声にゆっくりと瞑っていた目を開けた。視界に広がる碧と麦藁色に、その少女はくりくりと大きな瞳で瞬きをする。ぽかんと口を開けたまま固まる少女の姿に、青年はくすくすと笑って葉っぱを落としてやった。抱き上げていた少女を下ろして、汚れた服もぱんぱんと払ってやる。

「しかしまあ、どうやら少々お転婆なところがあるようだが。」

青年は呆れたように眉を下げて、すぐ隣に生えている高い木を見上げた。鬱蒼と茂る森の中でもその木は特に高くて幹も太い。そんな青年の様子に少女は顔をしかめると「好きで登ったわけでも、好きで落ちたわけでもない!」と唇をとがらせた。

「じゃあどうしてだ?」

「こいつが、木から降りられなくなってたから。」

そう言って少女は胸元に抱いていた子猫をずいっ、と目の前に突き出した。雀茶色の子猫は一言「にゃー」と鳴くと、青年は納得したように微笑む。

「その優しさは大事にして欲しいが、小さな身体であの木に登るのはやめた方がいい。」

「大丈夫だよ、おれ木登り得意だもん」

「そういう事じゃなくてだな、現にお前落ちてるだろ。これからは大人を呼べ。」

「そんなことしてる間にこの子猫が落ちちゃってたらどうするんだよ」

「ッあ~~……ああ言えばこう言う…口も達者だな…」

がしがしと頭を掻きながら青年は困ったように苦笑した。ふむ、と口に手を当てながら考えていると何かを思いついたようで、少女の目線に合うようにしゃがみ込む。きょとんとした顔で見つめてくる鳶色の瞳に微笑みかけながら、青年は口を開いた。

「じゃあ困った時は俺を呼べ。名前を呼んでくれればいつだって助けに来てやる。」

「名前……お前、名前なんて言うんだ?」

「俺の名前はヤマトだ。」

「やまと…」

まるで口の中で馴染ませるように、少女は何度もその名前を呟いた。「ヤマトっていうのかぁ」と顔を綻ばせる少女の姿に、青年──ヤマトはほんの少し頬を赤く染める。それに気付くことなく、少女は胸元に抱きしめている猫を撫でながら「ヤマトって言うんだって!」と話しかけていた。

「…もし良ければ、お前の名前も知りたいんだが。」

そう言ってヤマトが顔を覗き込めば、少女はんー、と考え込んだ後、いいよ!と顔を上げた。

「おれはたいち、八神太一。」

「太一か、品のあるいい名前だ。」

そう言って頭を撫でてやれば、少女──太一はくすぐったそうに笑った。

「よし、これで契りは完了だ。」

「ちぎりってなに?」

ヤマトの言葉に、太一は首を傾げた。ヤマトは頬を掻くと、「約束のことだよ」と答えてやる。太一はその言葉を受け取ると、抱き締めていた子猫を片手で抱きかかえて、片方の手をヤマトの方へ差し出した。その小さな手はぎゅっと握りこまれ、小指だけが立っている。状況がつかめず狼狽えるヤマトに、太一は優しく笑いかけた。

「約束なんだろ?指切りげんまんしようぜ。友達と約束する時よくやるんだ。」

聞き慣れない言葉にヤマトは不思議に思ったが、人の子は面白いことを考えるなぁとその大きな手を差し出した。小指同士を繋ぎ、太一はいつものリズムで呟く。

「指切りげんまん 嘘ついたらハリセンボンのーます 指切った!」

そう言って離された小指をヤマトはじぃっと見ていたが、太一が満足気に笑うと、ヤマトもまた口角を上げた。優しく太一の頬を撫でると、小さな切り傷にちゅっ、とキスを落とす。途端に顔を赤く染めて慌ててその頬に手を当てる太一の姿に、ヤマトはくすくすと笑いながら立ち上がった。

「頬の傷を治した。子どもとはいえ、女の顔に傷は残しておくべきではないからな。」

ヤマトはそう言って太一の目元にそっと手のひらをかざす。突然塞がれた視界に太一は慌てるが、「大丈夫、じっとして。」と言われてしまえば、何だか逆らう気にもなれなくてされるがままその場でじっと立つ。ヤマトは「いい子だ。」と呟くと空を見上げた。

「太一、困ったことがあれば呼んでくれ。俺はもう、お前に逆らうことは出来ないからな。」

ヤマトのその言葉にどういう意味かと目を開ければ、そこには既に誰もいなかった。ふわりと浮かんで落ちてきた足元の葉っぱを見つめながら、太一は高鳴る鼓動に胸を掴んだ。頬が熱い、もしかして熱でもあるのかと思い、子猫を抱き締めたまま太一は家へと向かった。
その日の夜、話を聞いてくれた妹のヒカリに「お姉ちゃん、それはきっと恋よ!一目惚れってやつだよ!」なんて言われた自分は、そこで初めて自分の気持ちに気付いた。

どうやら自分は、あの謎めいた男に一目惚れをしてしまったようなのだ。





(…なぁんてこともあったなぁ。)

小さな境内で落ち葉を払いながら、太一はふと思い出した過去に思いを寄せていた。あれ以来、困ったことがあればいつも彼の名前を呼び、その度に彼は姿を現してくれた。見慣れない外国人のような姿に、『彼は魔法使いなんだ』と勝手に思い込み目を輝かせていた幼い自分に、太一は子供だなぁと苦笑した。あの日抱いた初恋と一目惚れはあながち間違いではないのだが、今あの気持ちがあるかと言うと、驚く程に全くない。
そもそも最初の頃、11歳の時は呼んだら来てくれる、そんな関係だった。それがいつしか呼ばなくても姿を現すようになり、最近では鬱陶しいとさえ感じるほどになってしまった。その上彼は姿を現す度に「好き」だの「愛してる」だの、なんの面白みもないありふれた台詞を吐くようになり、呆れを通り越して無の境地に入ってしまって今に至るわけだ。

「おれの可愛い可愛い乙女心を返して欲しいもんだな。」

「お前にそんな可愛らしい心あったのか?太一。」

「………だから嫌いなんだよ、ヤマト。」

突然後ろから聞こえてきた声に、太一は思わずため息をついた。気を抜いて独り言を呟けばすぐこれだ。太一は気だるそうに振り向いて、目の前に立つ青年を睨みつけた。ヤマトはそんな目線なんてどうでもいいと言いたげに微笑むと、太一の手を取りちゅっ、とキスを落とした。

「あのさぁ、お前呼んだら来てくれるんじゃねーの?」

「何を言う、いつだって頼れるようこうして姿を現してやっているというのに。」

「鬱陶しいんだよこの変態神様がッ」

「相変わらず口は達者だな。悪い方へ向かっている気がしなくもないが。」

「誰のせいだと思ってんだ。」

べー、と舌を出しながら睨みつけるが、彼は表情ひとつ変えずにこにことしている。それどころか「そんな太一も可愛いよ」なんて甘ったるい言葉を吐くものだから太一はお手上げだった。相手をしていたらペースに飲まれる、そう長年の経験から得た知識で太一は無視をかますと、何事も無かったかのように落ち葉の掃除を再開した。それを面白くないと感じ取ったヤマトは、無視を続ける太一に近づくとそっと腰を撫でた。文句を言ってやろうと口を開く太一よりも先にその手を動かし、そのまま太ももを撫で、服の上から肉芽のあるソコを指の腹でぐっと押し上げた。太一はふるっ、と身体を震わせ、「ひッ、ぁ…!」といつもよりも甲高い声をもらす。そんな太一の様子に満足気に微笑むヤマトを、太一は真っ赤な顔をして今まで以上に鋭い目つきで睨みつけた。

「ッ、ヤマト!いい加減に、ぃ、んむッ!」

突然顔を掴まれたかと思えば、次の瞬間には口が塞がれていた。目を白黒させながら狼狽える太一を見つめながら、ヤマトは容赦なく舌を入れ込む。ヤマトの胸元を両の手で押して逃げようとする太一を抱き締め、膝を両足の間に入れ込み刺激すれば、鋭かった鳶色の瞳はすぐにとろんと溶けてしまう。ばたばたと暴れていた足は震え、押していた手はぎゅっとヤマトの服を握りしめている。太一の瞳からぽろりと生理的な涙がこぼれるのを見て、ヤマトはゆっくりと口を離した。息継ぎが下手な太一は「ぷはっ!」と勢いよく息を吸い込み、震える身体で必死に自分を支える。

「キスだけでこんなになって、太一は本当に可愛いな。」

「~~~~ッッ!!!」

ヤマトよりも小柄な太一を抱き締めながら、ヤマトは太一の頭に顔を埋める。そのまま耳元まで口を寄せると「今日の夜10時、お前の部屋へ行くから…」と囁いた。腹の奥にずしりと乗っかってくる低い声に、太一ははっ、と熱の篭った息を吐き出す。

ヤマトに処女を奪われたのは、太一が14歳の時だった。ある日の夜、眠りにつこうとベッドに寝転がっていた太一の目の前にヤマトはいきなり現れると、手足をベッドに縫い付け「すまん。」の一言だけ呟いて太一を抱き潰した。未だ性の悦びなど微塵も知らない発達途中の小さな身体を組み敷いて、骨の髄まで喰い尽くさんとばかりに性の欲をぶつけてくるヤマトに、太一はただ好き勝手されるしかなかった。次の日、目覚めた自分は暴力と化した未知の快楽に恐怖を抱き、幸い家族は皆出払った家の中でわんわんと泣き喚いた。近くにいたであろうヤマトはその声にすぐに姿を現し、謝罪の言葉を述べながら必死に太一を抱きしめずっと背中をさすってくれていたことを覚えている。それでも今思い出せば彼は「もう今後はしない」の一言を言うことは無かったのだから、やはり確信犯なんだろうなと思うと腹が立つ。それからも彼は夜に突然姿を現し太一を組み敷くと、その幼い身体を自分好みに作り替えてしまった。太一本人としては不本意ではあるが、今はもう彼に身体を触れられたら勝ち目はない。口の応酬よりも、これは厄介な案件なのだ。

だからこそ、とろとろに溶けてしまった身体も、彼の言葉にも逆らえないのだと太一はどこか諦めの気持ちで受け入れてしまっている。それでも抵抗しようとぺちりと腰に添えられた彼の手を叩けば、ヤマトは面白くないと言いたげに顔を顰めた。また溶かしてやろうと言いたげに顔を近づけてくるヤマトから逃げようと、太一は身体をよじる。

「太一さん、お父さんが呼んでいらっしゃいましたよ。」

「ぎゃッーーーーーー!!!!」

「よぉ、光子郎。」

「ヤマトさん、あまり言いたくないんですが、人がいつ来るか分からない場所で未だ未成年の太一さんに手を出すのはやめた方がいいと思いますよ。」

突然後ろからかけられた声に、太一は思わず素っ頓狂な悲鳴をあげてヤマトから離れる。目の前に立っていたのはヤマトよりも小柄な青年で、その青年──光子郎は呆れたようにヤマトを見ていた。その間に太一は急いで乱れた服を整えると、父がどこにいるのか光子郎に尋ねる。光子郎は「案内します」と言った途端、ぽん、と音を立ててその場から姿を消した。光子郎がいたはずのそこには、今は雀茶色の小さな猫がちょこんと座っている。
あの日、木から降りられなくなっていたあの猫は、実は猫又という妖怪であった。幼かった自分は、その猫の尻尾が二本に別れていることに何の疑問も持たなかったのである。助けたあの日以来、この猫は太一のそばに常にいるようになり、半年経った日に初めて人に化けて太一の目の前に現れたのだ。その時光子郎という名を知り、あの日助けてくれた恩を返すためにそばで世話をさせて欲しいと頼み込まれた。特に断る理由もない、肝の座った太一はそれを受け入れ、それ以来彼はこうしていつもそばで太一のお世話係をしている。

「じゃあなヤマト、おれは父さんのとこ行くから、お前もどっか行けよ」

「相変わらずつれないな。……太一、今日の夜、忘れるなよ。」

そう言ってヤマトが太一のお尻を掴めば、「ぎゃッ!」と潰れた悲鳴が上がる。その手を掴み無理やり離すと、太一は逃げるようにして猫と共に走り去っていった。

ヤマトはそんな太一の後ろ姿を眺めながら、自身の小指を見つめる。そこに繋がれた細くて赤い糸に、ヤマトはふっ、と笑みをこぼした。その長い糸の先は太一の小指に繋がれている。
そもそも神様にとって、本当の名前は命と等しいほどに大切なものだ。神にはそれぞれ名前がある。それは人間が個体を区別するために付けたかりそめの名前ではなく、その神様だけが知っている本当の名前だ。その名前ひとつで神様を自由に操り、縛り付けることが出来る。そんな大切な名前を、ヤマトはいとも簡単に齢11の少女に教えたのだ。それを知った他の神様は酷く驚き、こいつは正気かとみな罵った。そんな言葉をヤマトは平然とかわし、ただ一言「一目惚れだったんだよ」と返すだけだった。あの日、木の上から降ってきた少女の姿に運命を感じ、誰に何を言われようと揺るがない強い意志と勇気、そして惹き込まれるような鳶色の瞳に、何千年も生きてきたヤマトは初めて、一目惚れを経験してしまった。この幼い少女を今すぐにでも抱き締めて連れ去ってやりたいと思いもしたが、こんな幼い少女から親を奪うのは忍びない。だったらいつでもこの少女の傍にいられるよう、この少女に名を覚えてもらいたいと思い、ヤマトはあっさりとその名を手放したのだった。それでも、それを代償に得た彼女の名前と傍にいられる特権に、ヤマトは満足している。
神様の名前がいかに大切か学んだ太一は、簡単に名前を手放したヤマトに「お前マゾなの?」なんて失礼なことを言うが、あながち間違ってないのかもしれないなと考えてしまう。
そんなことを思い出しながら、ヤマトは小指に繋がれた赤い糸を優しく撫でた。彼女が自分に提案した『指切りげんまん』がここまで強い力を発揮するとは、ヤマトも思ってなかった。

(そもそもあの時、無意識に俺を呼び俺の姿を認識できたんだ。とんでもないほど強力な力が眠っていることなど予想出来たよなぁ。)

あの頃の自分は判断能力が鈍っていたな、一目惚れをしたのだから仕方ないと馬鹿なことを考える。子供騙しのお遊びだと思ったあれは、太一がすることにより本当に『契り』になってしまった。その糸はどんな衝撃を受けても切れることはなく、あの日以来一定の距離を離れることが出来なくなってしまった。彼女にこの糸は見えていないようで、「いつもそばに居るなよ鬱陶しい」と言われてしまうが、離れられないのだから仕方がない。

(本当に俺を求め縛り上げているのはお前なんだよ、太一)

ヤマトは太陽の光を浴びてきらきらと輝くその運命の糸に、愛おしげにキスを落とした。
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