800字ssシリーズ
「ほれ、太一。」
「は?ヤマト?ってうわ、!」
早朝、公園のベンチでぽたぽたと落ちる汗を拭いながら休憩していれば、突然頭上から聞き慣れた声が聞こえ、ばさりと膝掛けが太一の頭を覆った。慌てて剥がせば、くすくすと笑いながら「風邪ひくぞ」と眉を下げるヤマトの姿が見えて、太一は頬をかく。
「すっげぇ汗かいてんだぞ?あっちぃよ。」
「春とはいえまだ朝は冷え込むだろ?風邪ひく前に使え。」
そう有無を言わせないヤマトの言葉に、太一は仕方ないなと上から羽織った。最近洗ったのかもしれない。毛布のようにふわふわとしているそれは仄かにヤマトの香りがして、太一は顔を埋める。そんな様子にヤマトは目を逸らしながら横に座った。朝が早いとはいえ、公園には走りに来る人や犬の散歩をする人で雑踏している。太一もまたその中に混じって一人サッカーボールと戯れていた。こんな朝から一人練習に励んでいるのか、とヤマトは息を吐いた。春先とはまだ冷え込む朝は、その息を白く染めて消えていく。
ふと、くしゅんと押さえ込んだような小さいくしゃみが聞こえてヤマトは横を見る。鼻を手の甲で押さえながら震える太一に、ヤマトははぁ、とため息をついた。
「おい、言ったそばから風邪ひきそうになってるじゃないか。」
「違う………ちょっと鼻がムズムズしただけだし…」
そう言ってわざと目をそらす太一に、ヤマトは飛びついて太一の腹部へと手を伸ばした。そのままさわさわと触ると途端に太一は声を上げて笑い出す。
「おい嘘ついてんじゃねぇよ!」
「ちょ、ま、ひひっ、嘘じゃないって!やめろよ!んふ、あははは…!」
太一はバタバタと足を暴れさせ、ヤマトの手から逃れようと身をよじる。その姿がなんだかおかしくて、ヤマトもまた執拗に太一の腹部を狙った。一通り笑った後、二人して息をあげるものだから、それが何だかおかしくてまた笑ってしまった。太一はひいひいと目元の涙を拭うと「ま、これ有難く使わせてもらうな」と膝掛けを握る。ヤマトは苦笑しながら「好きなようにしろ」と呟いた。
「でもさ、お前もお人好しだよな。」
太一の言葉にヤマトは首を傾げる。その仕草が何か太一のツボにハマったのかまたくすくすと笑った。
「だって毎朝おれなんかに膝掛けやらタオルやら届けてさ。」
そう言って太一は笑うものだから、ヤマトはぱちぱちと瞬きをした後、はぁーーっと長いため息をついた。その反応に太一はびくりと体を揺らすが、ヤマトはどこか納得したように微笑む。
「そうだな、そうだよな。お前はそういう鈍いやつだったよな。」
「は?なんだよそれ」
「いや、こちらの話だ。」
くっくっ、と喉を鳴らして笑うヤマトに太一は顔をしかめるが、ヤマトはそれすらもおかしいのか上がった口角を隠すことなく太一の頭を雑に撫でた。
「そういうお前が好きだって話だよ。」
「はぁ?なんだそれ」と素っ頓狂な声を上げる太一に、ヤマトは次は大きな声を出して思いっきり笑った。
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