800字ssシリーズ
ふっ、と息を吐きながら太一はゆっくりと瞼を開ける。視界は暗く、部屋を照らすのが窓から入る月明かりだけだと気付いて、太一は枕元のスマホを手に取った。カチリと電源を押せば途端に明かりが太一の顔を照らす。突然の光に目を細めながら、視界に入る数字に今は深夜の3時を少し過ぎたあたりなのだと分かった。スマホを顔の横にぽすん、と落として太一は目を瞑る。
DWで旅をして以来、太一は深い睡眠をとることができなくなってしまった。
いつどのタイミングでデジモンが襲ってくるのか分からない。交代で見張りもしなければならないので長い睡眠は取れない。そのような理由からDWでは満足な睡眠が取れなかった。長くて短いあの夏の冒険は、RWに戻ってからも太一にまとわりつき、少しずつ蝕んでいった。ほんの少しの物音で目が覚め、睡眠が浅いせいで常に眠気に襲われる。それでも寝ようとすればまた物音に起こされてしまう──その繰り返しで、太一はいつしか眠れない体になってしまった。それでもヤマトと付き合い始め、一緒に寝るようになってからは幾分とマシになった。信頼出来る人間が隣にいる安心感が眠気を誘ってくれている。
だけれど時々こうして、外のほんの小さな音に目覚めてしまう。
太一は耳を塞いで体を縮こませた。聞こえるのは鳥が羽ばたく音。虫の囀る音。あぁ、もう寝なければ。車の通る音。エアコンの重々しい音。やめて、おれはねなきゃいけなくて。木の葉が揺れ動く音。シーツを滑る自身の音。ねかせて、おねがい。ぱきんと意味もなく鳴る室音。自身の呼吸の音。あぁ、あぁ、あぁ…!
「…たいち……?」
はっ、と太一は息を飲んだ。耳を塞ぎ震えていた手をそっと撫でられ、太一はゆっくりと顔を上げる。隣で寝ていた恋人はまだ覚醒しきれていない細い目で太一を見つめると、「眠れないのか?」と呟いた。何も答えずに目を逸らすと、ヤマトは太一を自身の胸元に抱き寄せた。
「一緒に寝よう、大丈夫だから。」
頭上から聞こえるヤマトの声に、太一は額を胸元に押し付けた。鼓膜を震わすのはヤマトの鼓動だけで、あぁなんて心地いいんだろうかと目を瞑る。
零れた涙も全て隠して、夜明けまでどうかこのままで。
太一は祈るように目を瞑って、額を押し付ける度抱き締める力を強めて返事をしてくれる彼に身を預けた。
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