【ヤマ太♀】decrescend
「ヤマトーーー!!!」
「うわっ…!?」
ソファに座ってリモコンをいじっていると、いきなり後ろから重みを感じた。ヤマトは思わず前のめりになり机に手をつく。
「おい、太一!」
首元に両腕を回して体重をかけてくる太一の頭をぺちぺち叩きながらヤマトは名前を呼んだ。「ひっひっひ」と意地悪そうな笑い声をこぼしながら太一はゆっくり離れた。それと同時にヤマトの手を取って「ちょっと付き合えよ!」と引っ張る。ヤマトはため息をつくと落ちたリモコンを机に戻して、その手に導かれるまま楽器部屋へと足を踏み入れた。「ここにいて!」とピアノの横に立つよう指示すると、太一は横髪を耳にかけて椅子に座った。何度かがこがことペダルの踏み具合を確認する。ぱちんっ、と一度自身の頬を叩いてから「聴いててね!」と笑った。ヤマトは眉を下げて微笑む。
すぅー、と息を吸って太一は鍵盤に指を置いた。恐る恐る押された鍵盤が音を奏でる。がこん、がこん、と音を鳴らすペダルはまだ拙いけれど、そんなことも忘れてしまう音色にヤマトは思わず感嘆のため息をついた。鍵盤を叩く太一の目を伏せた表情に、こいつはこんな顔もできたのか、とヤマトは魅入られた。スタッカートの多い曲は、太一が弾けば音が楽しそうに跳ねる。もう耳が覚えきったヤマトは合図なしでも楽譜をめくる。その度に「ありがと」と太一の口が動いて微笑んだ。
最後の音を、太一はスタッカートで弾いた。余韻を残すようにと示す記号があるというのに、太一らしいな、なんてヤマトは苦笑した。きっと本人なりのアレンジなんだろう。ちょこんと膝に手を戻して、緊張を解くように太一はため息をついた。勢いよくヤマトへと顔を向けると「どうだった!?」と期待の目を向けてくる。ヤマトが頭をわしゃわしゃと撫でてやれば、「ひひひっ!」なんて可愛らしくはない笑い声が返ってきた。
「すごいな。ここまで弾けるようになるものなのか。」
「まっ、おれにかかればこれぐらいとーぜんだな!」
「ペダルちょっと間違えそうになってたけどな。」
「うるさいっ!」
素直に褒めればいいのに、と目をそらす太一に、ヤマトは一つ唇にキスを落として「綺麗だったよ。」と微笑んだ。太一は一瞬きょとんと瞬きをしたが、途端に顔を赤くして「恥ずかしいやつ…」と口をとがらせた。
「というか太一、最後アレンジ入れただろ。」
「オリジナリティが欲しかったんだよ!」
「それは完璧に曲をマスターしてからじゃないのか?」
「なんだと!」
キー!と太一はヤマトの胸元を叩いた。「痛い痛い」と笑えば、太一もつられて笑ってしまった。
「おれ跳ねるの好きなんだもん。スキップしてるみたいで楽しいだろ?」
「…太一らしいな。」
ヤマトが苦笑すると「オリジナリティだからな!」と太一は胸を張った。ヤマトはくしゃくしゃになった楽譜を撫でた。そこでふと、ヤマトは思い出す。
あぁそうだ、この曲は太一に向けて作った曲なんだ。
どおりでスタッカートなんて俺が選びそうにないものを選んだわけだ、とヤマトは納得した。まだ太一と付き合う前の、それどころかこの想いにさえ気付いていなかった頃に作った曲だ。何を思ったのだろう、曲を作ろうとシャーペンを手にした時、真っ先に浮かんだのがきっとこいつの姿だったのだ。いつも跳ねるように軽やかに前に進む。あぁ、だから音符も上へ向かっていくのか。あぁ、だからロ長調なのか。彼女が好きそうだと思って。
ヤマトは思わず笑った。突然吹き出したその様子に太一はたじろぎ「えぇ、おれのアレンジそんな変だった?」と問うた。ヤマトは目元にたまった涙を拭いながら太一を見つめる。
「いや、これ以上ない『太一らしさ』だったよ。」