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【ヤマ太♀】真紅の理



「あの~…、えっとぉ~…」

太一は冷や汗をかきながら意味もなく首を横に振る。それが拒絶の意味だと伝わっていないのか、目の前に立つ男たちは何の意図も汲み取ることなく笑顔で話しかけてき、親指を立て近くのカフェを指している。いわゆるナンパというやつだ。太一はどうしたもんかなぁ~…と頭をかいた。日本であれば一言「お断りします。」とキッパリ言い放って逃げるのが常だが。

そう、日本であれば。

慣れない異国の地、言葉なんて翻訳機や簡単な挨拶の本さえあれば大丈夫だと思っていた。英語なら日常会話程度の話ができるし、と。しかしどうやらこの男たちは英語が通じないらしい。口から放たれるのは流暢なフランス語。太一の右手は男に取られ、左手はバッグを取られないようにと必死に紐を掴んでいた。

(どうしよう…、もういっそこのまま殴って逃げるか…?)

できれば暴力は避けたいのだが、さっきからいくら身をよじっても手を離してくれない。スマホも本も取り出せない今「手を離してください。」なんて日本語では簡単な言葉も言えず、ただ「あ~…」とか「うぅ~」などしか言えなかった。男たちの言葉を読み取ろうとする作業さえ諦めて太一が考え込んでいると、すっ、と腰に手を添えられる。

「えっ!?わ、ちょっと待て…!」

ぐいっ、と男たちに引っ張られ危うくバランスを崩しそうになる。それを狙った男たちが太一の股の間に足を入れ込みすすすっ…と服の下に手を這わせた。

「くそっ…!お前らっ、うおっ!?」

さすがにもう手を出していいだろ?と考えた瞬間に、次は後ろに身体を引っ張られた。倒れる!と目をつむった途端ぽすりと何かに抱かれる。はて?とゆっくり目を開けると、先程自分を取り囲んでいた男たちが驚いたようにこちらを見つめていた。

「Hé.」

ふと、太一の頭上から低い男の声が聞こえた。はっ、と太一が顔を上げれば黒いスーツを着た一人の男性が、目の前の男たちを睨みつけている。太一の首に手を回し、渡さぬというようにぎゅっと抱きしめられていた。

「‪Qui êtes vous!‬」

目の前の男がそう叫んだ。太一には意味は分からなかったが、その男たちの焦りようを見ると仲間ではないのだろう。太一を抱きしめるその男は一つため息をつくとぞわりと鳥肌が立つような声で男たちを威嚇した。

「‪Va-t-en d'ici.‬ ‪C'est ma femme!」

唸るようなその声に太一もビクリと身体を震わせる。男たちはたじろいだあと、チッ、と恨めしそうに舌打ちをして走り去っていった。男たちの姿が完全に見えなくなった頃、すっ、と首周りに回されていた腕が離れ、太一は慌てて男から距離を取った。黒のスーツに身を包んだその男は、太陽の光に照らされきらきらと輝く金髪に色白美肌で、海に溺れるような、そんな深い蒼を放つ瞳を持っていた。太一は思わずほぉ…と息を吐く。

「………きれい。」

「……え…?」

太一の言葉にその男は顔をしかめる。太一ははっ、と意識を戻すと、途端あたふたと腕を振り回した。

「あ!えーと、せ、Thank you!えーと、I can’t speak French ! Can you speak English?」

しどろもどろになりながらも何とか話せる英語で会話をしようと試みる。たとえ英語が話せなくてもありがとうぐらいは伝えたい。挨拶の本どこだったっけと鞄をガサゴソと漁っていると、頭上からくっくっくっ、と喉を鳴らす音が聞こえた。へ?と太一が顔をあげれば、途端にその男は声を出して笑う。目元にたまる涙を拭いながら腹を抱えひぃひぃと笑う姿に、太一はきょとんとした顔で固まった。ようやく笑いが冷めてきたのかその男は未だ上がる口角を抑えて、くつくつと喉を鳴らしながら眉を下げた。

「いやぁすまん。一生懸命英語を喋る姿が面白くてついな。」

「はぁ?なにそ…って日本語!?」

「あぁ、父が日本人だからな。日本語で大丈夫だよ。」

男のその言葉に、太一はほっと胸を撫で下ろす。改めて「ありがとう」と言えば、その男は「どういたしまして」と笑った。

「それにしても、お前一人か?有名な観光地で治安が良い方だとはいえ、童顔の日本人女性が一人で歩くのは危ないぞ?友達と合流したらどうだ?」

男は腕を組んでそう伝える。その言葉に太一は気まずそうに頬を指でかいた。男はそんな太一の様子に首を傾げる。

「……お前、一人で来たのか?」

「………うん。」

えへへー、なんて誤魔化しながら笑う太一に、男は困ったように眉を下げた。

「危ないぞ。またさっきみたいなことが起きないとは限らない。」

「うーん…そーだよなぁ…」

でも美味しいもの食べに行きたいしなぁ…なんて呑気なことを呟きながら考え込む太一に、その男はふむ、と太一の手を取った。

「じゃあ俺が案内してやろうか?」

「えぇ!?」

その男はニヤリと笑いながら太一に提案をした。突然の誘いに太一は素っ頓狂な声を上げて取られた自分の手と男の顔を交互に見やる。

「心配するな。どこかに連れ込もうってわけじゃない。お前が行きたいと思うところに一緒についていくだけだ。治安の悪い場所も分かるから事前にお前が間違って行かないように誘導できるしな。」

「で、でも、お、おれお金とかそんな持ってないぞ?」

「たかるつもりはない。自分の飯代ぐらい自分でだすさ。」

な?、そう言って太一の手の甲にちゅっ、とキスを落とすその男に、太一はうーむと考え込んだ後、「お、お願いします…。」と男の手を握り返した。そんな太一の反応に男は満足そうに微笑むと、すっ、と腰に手を回した。「わわっ!」と太一は慣れない感覚に軽く身をよじるが、何故かさっき感じたような嫌悪感はなかった。

「そうだ、まだ名乗ってなかったな。俺はヤマトだ。」

「あぁ、そうだな。おれは太一だ!」

「太一か。いい名前だ。」

「男みたいだろ?」

「力強くていいじゃないか。」

その男──ヤマトの言葉に太一は嬉しそうに笑った。地図を広げながら「ここに行きたいんだ!」と指をさす。ヤマトは最短ルートを頭に描くと、優しく太一の手を握る。

「それじゃあ行こうか。…… ‪mon ange‬.」

ヤマトが微笑めば、太一はうん!っと笑顔で頷いた。




「ねぇ、モノンジュって…なに?」

「ははは、まあ今度自分で調べてみろよ。」


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