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【光太】ハッピーシェアルームエンジェルズ!



自宅のマンションの階段を登りながら、光子郎は今日の晩御飯は何だろうかと考えていた。手には大学用の鞄の他にもうひとつ。太一がテレビを見ながら食べたいと騒いでいたケーキ屋さんのショートケーキが三個。今日二人で食べる用と、次の日太一がおやつで食べられるようにと買ったのだ。階段を登り終えポケットにある鍵を取り出しながら廊下を歩く。ガチャリ、と扉を開けた瞬間、光子郎はあまりの驚きに固まってしまった。

「…え、は?…たいち、さん…?」

ばさぁ、と音を立ててカーテンが風になびく。光子郎が呼んだその少年は、別の少年の手に抱えられている。風になびいて髪がふさふさと揺れ動くが、身体はぐったりとしていてピクリとも動かない。部屋の電気は消えていてよく見えないが、太一を抱えるその少年もまた、太一とサイズはほとんど変わらないように見えた。月の光に照らされて青の交じった金髪が風に揺れる。目だけがぽぉ、と青く光り、光子郎を突き刺すような目で見てくる。光子郎はその目に一瞬怯みながらも、ぐっ、と身体に力を入れて近付いた。

「………太一さんに、何してるんですか。」

「……お前には関係ない。こいつは連れて帰る。」

その少年は光子郎よりも更に低い声でそう言った。『連れて帰る』という言葉に反応して、光子郎はむっ、と顔をしかめる。

「いきなり連れて帰るなんて、あなたに一体何の権限が……それに太一さんはっ」

「タイチは無事だ。ちょっと眠ってもらってるだけだ。」

苛立ちを隠さないその低い声と物言いに光子郎はどうすればいいのか分からなかった。その間にもその金髪の少年は光子郎に背を向け、太一を抱えたままベランダの手すりに足をかけた。

「…っ、待ってください…!」

「…まだなんかあるのか…?」

ばさりっ、と羽を勢いよく広げてその少年は光子郎を睨みつける。

「…太一さんを連れていくのはやめてください。」

「…お前、こいつの契約者か?」

「……契約者…?一緒に生活はしていますけど、契約者って…」

「…お前知らないのか?じゃあなんでこいつと」

「…ヤマト、降ろせ。」

「契約なんか…し…て…?」

「ヤマト。」

聞き慣れた声が聞こえて、光子郎とその少年───ヤマトははっ、と太一を見る。ゆっくりと顔を上げた太一はヤマトを睨みつけてもう一度低い声で「降ろせ。」とだけ呟いた。ヤマトは途端に慌てながらもその言葉に従い太一をベランダに降ろす。

「た、タイチ、違うんだ、これは」

「ヤマト。」

「…タイ、」

「…ちょっとは反省してこい…!!!!」

太一は勢いよく叫ぶとヤマトの腹に思い切り蹴りを入れた。ベランダの手すりに立っていたヤマトはそれにバランスを崩し思い切り投げ飛ばされる。光子郎は思わずベランダへと駆け出すがその手は届くはずもなく、情けない悲鳴とともにヤマトは落ちていった。

「うわぁ!?ちょ、太一さん!さすがにここ三階で…!」

「わーってるよ、安心しろ。蹴りは力抜いてるから。」

「いやそっちではなくて!」

「ダイジョーブだよ、あいつだって羽根があるんだ。」

あたふたと焦る光子郎の横で眉を吊り上げながら腕を組んでいる太一は冷静だ。その言葉通り、ヤマトはばさばさと翼の音を立てて上昇してきた。

「おいタイチ!翼があるとはいえさすがにヒヤッとしたぞ!!!」

「うるせぇ!お前が勝手なことするからだろうが!」

ぎゃんぎゃんと騒ぎながら二人は言い合いを始めてしまった。光子郎は隣の人に怒られないだろうかと思いながら頭を抱える。それに気付いた太一は光子郎に中に入ってるように伝え、自身も中へ入ろうと振り返る。

「た、タイチ…」

「ヤマト、そこにいろ。」

「……え?」

どうしたらいいか分からず眉を下げてヤマトは太一に手を伸ばした。先程までの迫力は何だったんだろうと光子郎は眺めながら苦笑する。太一は部屋に入りベランダに一人残るヤマトを睨みつけると「しばらく反省してろ!」と言ってバタン!とベランダの窓を閉めた。ヤマトはぎょっとした顔で窓に手を当てる。怒ったように何か叫んでいるが窓があるためか何も聞こえない。

「おー、光子郎の家って結構いい窓使ってんだな。」

「…太一さん、彼大丈夫なんですか?」

「ダイジョーブだよ、飯食わなくたって死なねぇし。」

「いやそうじゃなくて…既に泣きそうな顔してますけど…」

ヤマトの方を見れば、最初は怒ったように吊り上げられた眉は八の字に変わり、今にも泣きそうに瞳を濡らしている。太一が仕上げとばかりにべー!と舌を出せば、ヤマトはついにぴぃぴぃ泣き出してしまった。言葉は聞こえずともその口の形的に太一の名を呼んでいるのは光子郎にも分かった。

「……太一さん、さすがに入れてあげませんか?」

「うーん、ま、こーしろーがいいって言うならいいけど…ここ、こーしろーの家だしな。」

「僕は構いませんよ。それよりこの状態のまま僕普通にご飯食べて寝れませんよ…」

「それもそーだな。こーしろーは優しいなぁ。」

太一はそう言ってとことこと窓へと近付く。ヤマトはそれに気が付いて勢いよく顔を上げると涙を流しながら窓にしがみついた。太一はその様子にため息をつきながら窓を開けてやる。途端、「タ"イ"チ"ーーーッッッ!!!」と涙を流しながらヤマトは太一に抱きついた。太一は慣れているのかそれを受け止めると、はいはいと呟いて頭を撫でてやる。母親と子どもだな、なんて光子郎は思った。

「なんでこんな酷いことするんだーー!!!」

「お前が変なことするからだろ。」

「ぐすっ、おれは、俺はただお前を連れて帰って、すんっ、ヒカリちゃん達に会わせたくて…!」

「ならいきなり後ろから手刀はやめろよ…」

太一の胸元に顔を埋めながらヤマトはわんわんと泣く。あぁ、なるほどと光子郎は納得した。太一は眠らなくても生活できると言っていた。だから普段帰ってきた時はいつも出迎えてくれるのだ。だからこそヤマトに抱き抱えられた太一が意識を失っていることに心配していたのだが、理由が分かり光子郎はほっ、と胸を撫で下ろす。太一は光子郎にタオルを持ってくるよう頼み、ヤマトを抱き抱えながらソファに腰を下ろした。

「太一さん、タオルどうぞ。……ひっつき虫みたいですね…」

「お、さんきゅー。こいつなぁ、一度泣くと甘えん坊になっちゃうんだよ。……ほらヤマト、顔拭け。」

「………タイチに拭いて欲しい…」

「調子に乗るな!」

「う"ぅ"~~~……」

ぺしっ、と軽く頭を叩かれてヤマトは渋々タオルで顔を拭く。ぽんぽんと安心させるように背中を叩いてもらって、ようやく落ち着いたのか太一から離れると隣にぽすんと座った。光子郎は二人分のココアと自分用のブラックコーヒーを入れると、ヤマトと向かい合うようにして正面のソファに腰を下ろす。太一がヤマトの背中を撫でながら自己紹介するように促せば、ヤマトはじぃ、と光子郎を睨みながらも口を開いた。

「…………ヤマトだ…。」

「や、ヤマトさん、ですね。」

光子郎はその名前を聞いてメモ帳にペンを走らせる。そこには『大和』と書かれていた。

「えっと……漢字はこれで合ってますかね?」

光子郎がメモを見せるが、ヤマトは眉間にシワをよせて首を傾げた。光子郎はあれ?とまた同じように首を傾げる。

「えっと……漢字間違えましたかね?」

「あーっと…こーしろー、こいつ多分漢字わかってねぇんだと思う。」

「え?」

「ヤマト、お前自分の名前カタカナにしてきただろ」

「え、ダメなのか?」

「ニホンジンって名前にあんまりカタカナ使わないらしいぜ。」

太一の言葉にヤマトはえぇ!?と大きな声をあげる。光子郎はきょとんとした顔でそれを見つめていると、ひと通り説明を終えた太一は苦笑した。

「こーしろー、おれたちね、こっちに降りてくる前に自分で自分の名前決めるんだよ。漢字もね。ニホンジンの名前には漢字を使うって聞いてたからおれは『太一』ってつけたんだけど、こいつそのこと知らなかったみたいで。」

ちゃんと授業で習っただろー!と太一がヤマトを叱れば、ヤマトはうっ、と言葉に詰まらせた。光子郎は納得しながら、そういえば太一さんもまだ漢字は苦手だったな、なんて思い出した。

「…でもまぁ、ヤマトさんの見た目だと外国人に見えますし、カタカナでも問題ないのでは?」

「そーなの?こーしろーが問題ないって言うんだからダイジョーブだな!」

よかったな!と太一がばしばしヤマトの背中を叩けば、ヤマトは痛いぞ!と太一の頬をつねった。そんな二人を眺めながら、光子郎はヤマトへの緊張をほんの少し解く。最初で会った時はその目で鋭く睨まれ恐ろしいとさえ思っていたのに、今じゃあ年相応の見た目と太一への態度に微笑むばかりだ。

「てかお前こっちに降りてきてすぐにおれのとこ来てダイジョーブなの?最初は助けるニンゲン決めてからこっちに来るだろ?」

こてんと首をかしげながら太一はヤマトにそう問うた。途端にヤマトはびくりと体を揺らして気まずそうに目をそらす。その様子に太一は不思議そうにぱちぱちと瞬きをしたが、何かを思いついたのか「あ、」と声を上げた途端、むすっ、と怒ったように眉を吊り上げた。

「お前ぇ……さては許可取らずに降りてきただろ!」

「でももうガッコーは卒業したんだ!」

「卒業だけじゃこっちに降りてくる許可にはならないだろ!もーー!!!おれまで怒られるじゃねぇか!!!いい加減にしろよッッ!!!帰れッッ!!!」

「タイチィ~~ッッ!!!」

ヤマトの腕を取って窓際まで引きずる太一を光子郎は宥めながら事情を聞いた。どうやら天使はガッコーとやらを卒業後、最初は自分がつく人間を決めてからこちらへ降りてくるのだそうだ。それが決まっていないのならこちらへ降りてくることはできない。ヤマトは天使たちの目を盗んでこちらまで降りてきたのだと。光子郎が太一からその話を聞きながら自分の中で整理している間も、太一とヤマトはやんややんやと騒いでいる。

「大体お前!どーせタケルやヒカリたちにナイショで来たんだろ!」

「っ、それは!」

「おれは!まだ小さいヒカリのこと頼めると思ってお前に託したんだッ!…なのに!お前は約束破ってこっちに降りてきただと!?しかもヒカリたちに内緒で!?……このウソツキ!帰っちまえ!」

「た、タイチ…」

太一の手を取ろうと伸ばされたヤマトの手を払い除けて太一はそう叫んだ。太一の目元がほんのり赤くてじわりと涙が滲んでいる。ヤマトと光子郎がはっ、と息を飲んだその瞬間、太一はふんっ!と鼻を鳴らして「お風呂入る!」と叫ぶと、浴室へと走っていってしまった。そんな太一の様子を光子郎は不安そうに眺めながら、ふとヤマトへと目を向ける。ヤマトはみるみるうちに顔を青くして「タイチィ…」と情けない声を上げている。

「あ、あの……ヤマトさん…」

「…ぐすっ…なんだよ…」

「……タオルありますよ?」

「……もらう。」

ヤマトは素直にタオルを受け取ると顔を拭いた。光子郎ははぁ、と息を吐いて再びソファに身を預ける。ヤマトもとことことソファに座ると、光子郎を睨みつけた。

「おい、コウシロウ」

「は、はい。」

「お前、タイチと契約してるんだろ?」

「あの……契約って…僕よく分からないんですけど…」

「…ちっ、タイチ説明サボったな。」

ヤマトは顔を顰めた。ちらっ、と太一が浴室から出てこないことを確認するとヤマトは光子郎へ視線を戻す。

「コウシロウはタイチと一緒に生活してるんだよな?」

「はい。『お前をシアワセにする!』と言われて、それ以来一緒に暮らしています。」

「じゃあ決まりだな。契約済みだ。」

ふむ、と考えるようにヤマトは自身の顎に手を当てる。光子郎がずずっ、とコーヒーを飲むと、ヤマトは勢いよく立ち上がった。

「おいコウシロウ、俺とも契約しろ!」

「え…!?」

「大丈夫だ。複数の天使が一人のニンゲンと契約することは珍しいことじゃない。」

「いや、そういうことではなくて…」

「そうすれば俺はタイチと一緒にいられる」

「あっ…やっぱりそれ狙いなんですね…」

光子郎はどうしたものかと頭を抱えた。太一のあの様子だと怪しい子ではないのだろう。だがここで簡単にいいですよなんて言えない。うーん、と頭を抱える光子郎の様子にヤマトはむっ、と顔を顰めた。

「それに、契約すればタイチにだって得がある。」

「太一さんにも…?」

「そうだ。俺たち天使は契約者の感情に大きく左右される。」

「契約者の…感情…?」

「あぁ、契約者がシアワセだと思うのなら俺たちは元気になれる。逆に言えば契約者が負の感情を抱けば、その分天使たちにも影響が出てくる。」

「影響って…」

「簡単に言えば元気がなくなる。お前は見たことないのか?タイチの元気がなくなったり、ハネが抜けたりする姿は。」

ヤマトのその言葉に、光子郎ははっ、と息を飲む。思い出すのは初めて太一と出会ったあの日。光子郎の『死にたい』という言葉に反応した太一。そういえばあの時、自分の足元には純白の羽根が散らばっていた。そしてその日の夜、自身の弱音を吐いて太一に慰めてもらったあの時もまた、朝起きればベッドの上には二、三枚の羽根が落ちていたはずだ。ヤマトの説明通りであれば納得がいく。

僕の感情が、太一さんにも影響しているのか。

光子郎はぐっ、と自身の手を握りしめた。確かに彼は光子郎の感情を読み取ることができると言っていた。つまりそれは、自身の体に一番に影響が出るからということで。そうして今、悩んでいることさえも太一へ影響が出ているのではないか。光子郎は俯いたまま考え込む。そんな様子にヤマトはたじろぎ、目をさまよわせた。

「お、おい、コウシロウ!」

「………ぁ、はい、…すみません…。」

「いや、その……、その事もあるから俺と契約しろと言ってるんだ。」

「つまり…?」

「俺が契約すれば、お前から発せられた負の感情によるダメージを半減させることができる。二人で請け負うことになるからな。」

「それで太一さんへの負担が減ると…?」

「そういうことだ。だから契約を、」

「ヤマト…!」

バタンッ!と扉を閉める大きな音に、はっ、とヤマトと光子郎は振り返った。そこには、わなわなと震えながらヤマトを睨みつける太一の姿があった。小さな手はぎゅっ、と拳を作り、その目は今まで見たことないほどに怒りが漂っていた。

「た、タイチ、」

「何で話したんだ……何で話した!!!言えッッ!!!」

「タイチっ…!これは」

「こっちに来てから余計なことばっかしやがって…!!っ、出て行け!!もうおれの視界に入るな!ヤマトなんかもう知らねぇッッ…!!!」

太一はそう吐き捨てると、ドスドスと足音を立てながら光子郎に近付いた。手を握ってそのまま寝室へと向かう。一歩踏み出そうとしたヤマトを、太一は睨みつけながら「来るな!お前はもうここで寝ろ!入ってきたら一生話してやらねぇからなッッ!!!」と叫んだ。流石のヤマトもその言葉に踏みとどまって俯く。太一はそのまま光子郎を連れて寝室へ入るとドアを閉め鍵をかけた。戸惑う光子郎を横目に、太一はベッドへと飛び込み枕に顔を埋める。光子郎はゆっくりと近付くとベッドへと腰を下ろして太一の頭をくしゃりと撫でた。

「太一さん」

「………ごめん、こーしろぉ…」

「どうして太一さんが謝るんですか…?」

「…大きい声、出しちゃった。……乱暴なコトバ使っちゃった。」

「そういう日もありますよ。」

そう優しく言葉を返しながら頭を撫でてやれば、
「…うん…。」と小さな返事が返ってきた。光子郎はベッドへ上がって座り込む。太一をゆっくりと抱き上げると膝に乗せて抱きしめた。短い腕が背中に回される。

「こーしろぉ、ヤマトが言ったこと、忘れてよ…。」

「……感情の、ことですか?」

「………うん。」

太一はゆっくりと顔を上げて光子郎を見る。今にも目からこぼれ落ちそうな涙をこらえて訴えてくる。

「……太一さん。」

「あんなこと忘れて…!こーしろーは何も考えなくていいんだ!おれのことは気にしないで…!おれはこーしろーにシアワセになってもらいたいんだ!あんなこと考えなくていい…!」

「太一さん、僕は…」

「今まで通りでいいんだよこーしろーは…!素直な感情を持てばいい!それがシアワセに繋がるんだ!おれは耐えられるから!苦しくなんてないから…!」

「太一さん…!」

ぎゅうっ、と光子郎は抱き締める力を強めた。太一のはっ、と息を吐く音が聞こえて目をつむる。背中に回された手は震えていた。

「太一さん、僕、ヤマトさんとも契約しようと思うんです。」

「っ、こーしろー…!」

「ヤマトさんと契約すれば、太一さんへの負担も減るんでしょう?そうすれば僕の悩みも少なくなるんじゃないかと思うんです。ヤマトさんから話を聞いて、思い当たる節がいくつかあったんです。これからも僕の感情が太一さんに影響すること、そしてそれが太一さんに悪い影響をもたらすことは正直怖いです。」

「こーしろぉ…」

「でもそれでも、…僕は太一さんと一緒にいたいんです。お互いができるだけ負担のないまま良好な関係を続けるにはこの方法が一番だと思います。」

「………うん…。」

「それとも、ヤマトさんと一緒は嫌ですか…?」

太一の顔を覗き込むようにしてそう問うと、太一はふるふると首を横に振った。光子郎はほっ、と胸を撫で下ろす。

「それに…」

光子郎は頭を撫でていた手を頬に移す。ぷにぷにとつつけば、太一は体の力を抜いてふふっ、と笑った。

「太一さん、日中一人なので、寂しいでしょう?」

光子郎がそう言えば、太一はきょとんとした顔で光子郎を見つめたが、すぐにへにゃっと笑うと「へへっ、……そーかも。」と呟いた。二人は抱きしめあったままぽすんっ、と寝転がる。

「こーしろぉ。」

太一は光子郎の背中に回している手に力を込めた。ぎゅっ、と服をにぎりしめる。

「もしも、…もしもこーしろーが辛いと思うんなら、……おれたちは契約解除だってできるんだよ…?」

「……太一さん。」

光子郎が太一の顔を覗き込めば、我慢できなかった涙がぽろぽろとこぼれ落ちて枕を濡らしていた。何度光子郎が指で拭っても、その涙はとめどなく流れていく。

「太一さん、僕は何があっても貴方と離れ離れになんかなりたくないんですよ。」

「…うん…」

「だから、そんなことは言わないでください。」

「うん…!」

あとはもう、ただひたすら抱きしめるだけで。「こーしろーの服、ぬれちゃうよぉ…」と胸元からくぐもった声が聞こえたが、「いいんですよ」と答えれば太一は時々嗚咽を混じらせながら額を胸元へ押し付けた。





「いいかヤマト。まず帰ったら許可証の申請だ。契約するニンゲン見つけたって言えば許してもらえるだろ。次にちゃんとタケルとヒカリに事情を説明すること!誰か任せられるやついないのか?」

「ソラならあっちで残って仕事するって…」

「じゃあソラに頼もう。きっと頼まれてくれるから。いいか?寄り道するなよ?また面倒事持ってきたら次こそここのドア開けてやらねぇからな。」

「分かってるよ…」

ヤマトはベランダの手すりに登るとぐっ、と体に力を入れ、ばさばさと羽根を鳴らして飛び立った。雲の上まで突っ切っていくのを眺めながら太一はふぅ、と息を吐く。

「とりあえずこれでうるさいやつはいなくなったな。」

「太一さん、行って帰ってくるのにどれぐらいかかるんですか?」

「んあー、色々しなきゃなんねぇからな。一、二週間で帰ってくるんじゃないか?」

ヤマトの姿が見えなくなるまで太一は空を見つめていた。部屋に入りカラカラと窓を閉めると、エプロンを手に取る。

「よしっ!こーしろー、飯にしようぜ!昨日食べ損ねちゃったからな。温めたらまだ食えるだろ。」

なっ!と笑う太一に微笑み返しながら、光子郎もキッチンへと足を運んだ。

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