【光太】夢に溺れて
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この夢を見始めたのはいつ頃からだろうか。
ふと目を開けると、光子郎は一人浜辺に立っていた。ざぁ、と波の音が響き海の向こうを見つめる。そこに立っているのは見慣れた背中。間違いない、だってその背中はいつも隣に立つことの出来ない自分が見ていた背中だ。
「た、太一さん、」
胸の内で蠢く不安に耐えきれず、光子郎は靴を脱ぎ捨てると服が濡れるのも気にせずじゃぶじゃぶと海の中へ入る。水をかきわけるように進みながらその背中に手を伸ばした。
〇
夢はいつも、ここで途切れてしまう。
伸ばしたあの手は太一さんに届いたのだろうか、そもそもなぜ彼はあんな海の奥の方にいて、自分もすぐ近くにいたのだろうか、毎朝そんなことを考えながら光子郎は学校へ行く支度をする。
この夢のことは太一さんも知っている。知っているというよりは光子郎が自身で話したのだけれど。太一は光子郎の夢の話を聞いて「なんだそりゃ、変な夢。」とだけ言った。
「太一さんもそんな夢を見たりはしないんですか?海の中にいたりとか。浜辺にいたりとか。」
「ん~……正直何の夢見たかなんて覚えてないんだよな。」
「そうですか…。最近この夢ばかり見るんです。気になって仕方なくて…。」
俯いて考え込む光子郎。その様子を見つめていた太一は「あ、夢じゃないんだけどさ、」と言葉を続けた。
「最近、眠くて仕方ないんだよな。」
〇
いつも通り寝ているのに、いや、むしろ最近は眠くていつもよりも睡眠時間取ってるのに眠くて仕方ないんだよ。
彼の言葉を思い出しながら光子郎は就寝の準備をしていた。自分の夢と太一さんの言うことは関係があるのだろうか。そんなことを悶々と考えながら目を瞑る。今日もまたあの夢を見るのだろう。今日こそは、あの背中に手が届くのだろうか。その先を見ることは出来るのだろうか。ゆるゆると遠のいていく意識の中、光子郎はそんなことを考えていた。
それから一週間、同じような夢を毎日のように見ていた。ひとつ違うといえば、夢を見る度に海の波がどんどん荒くなり、自分自身も足元をすくわれそうになることだった。そして、太一の様子もおかしくなっていた。日が経つにつれて太一がぼーっと焦点の合わない瞳でどこかを見つめるようになり、それは光子郎と話をしている時もよく起きるようになった。光子郎はその度に太一がどこかへ行ってしまうのではないかと怖くなって不安そうに名前を呼びながらその手を掴んだ。すると太一ははっと意識を戻すと苦笑いをして、光子郎の頭を優しく撫でるのだ。
それからまた数日経った頃、今日もまた同じ夢かと思いながら光子郎は海を見つめた。今日もまた波に揺らされてゆらゆらとしているあの背中に手を伸ばしそして目が覚めるのだろう。じゃぶじゃぶと音を立て海に入り「太一さん」と名前を呼ぶ。もちろん振り返ることは無い。
もう少しだ、光子郎は手を伸ばした。いつもならここで目が覚めるのだ。でも今日は違う。もうすぐ近くまで来ているはずなのにその手は太一の背中に触れることはない。なぜだ、光子郎が考えた瞬間。
どぼんっ
「た、太一さんっっ!!!!」
光子郎はがばりと勢いよく体を起こした。はぁはぁと息が上がり少しだけ汗をかいていた。伸ばした手は何かを掴むことも触れることも出来ずに視界の中でただ浮いているだけだった。上がる息を整えるために胸元を掴みゆっくり息をする。
確かに自分の目の前で、彼は、太一さんは海の中へ落ちた。
不思議な表現だが、確かに彼は足元をすくわれたようにそのまま下へ"落ちた"のだ。
不安になった光子郎はすぐさまスマホへ手を伸ばす。震える手で太一の連絡先を選択すると、お願いだから出てください、と強く願いながらコール音が止むのを待った。しかし、その願い虚しくコール音が止むことはない。出ないと見切りをつけた光子郎はスマホをベッドへ投げると、すぐに着替えて太一の家へ行く準備をした。今日は休日で、確かグラウンドの整備の関係で太一さんの部活も休みになっていたはずだと思いながら、朝ごはんもそこそこに家を飛び出した。
無我夢中で走り、もう何度も見た部屋番号と表札を確認する。上がる息を何とか整えながらインターホンを押すと、はーい、と太一の母の声が聞こえてきた。玄関の扉を開けて光子郎の姿を見ると少し驚いたように目をぱちぱちさせたけれど、すぐに「太一、今寝てるのよ。起こすからちょっと待ってね。」と笑った。「だ、大丈夫です!僕が起こしますから!いきなり約束もなしに来てしまったのは僕ですし…すみません。」と慌てて謝れば、太一の母は「大丈夫よ、じゃあお願いするわね。」と家の中へ招いてくれた。挨拶も程々にして光子郎は焦る気持ちを抑えながら太一の部屋へ入った。ベッドの上ですやすやと眠る太一の隣にしゃがみ優しく揺すり起こそうとする。それでも太一は目を覚まさない。
「っ、太一さん、起きてください。お願いです、太一さんっ、」
光子郎は必死になって太一を揺らす。目元がかぁ、と熱くなるのを感じ、じわりじわりと視界が歪んでいく。いつもだったらこんな自分を見たら、きっと太一さんは苦笑いをしながら頭を撫でてくれるはずだ。でも彼は起きない。太一に縋り付くように光子郎は太一の胸元に額を当てた。ぽろぽろとこぼれ落ちる雫が太一の寝間着を濡らし滲ませる。光子郎はそのまま目を瞑り、夢の中へ連れて行ってくれと願った。
海だ。
ざぁ、と押し寄せる波を見つめながら、光子郎は顔を上げた。いつもの夢に出てくる海だ。けれどその視界の先にいつも見る背中はない。光子郎は靴を脱ぎ捨て海に歩み入った。もう何度も歩いたこの海の中、どのぐらい歩けば太一の背中に届くのか覚えていた。ある程度海に入ると光子郎は足を止めた。いつもここで目が覚めるのだ。だから、あと2.3歩進めば太一が海に"落ちた"場所に辿り着く。光子郎はすぅっと息を大きく吸って、意を決して歩き出した。予想通り、3歩ほど歩くとどぼんと体が海の中へ吸い込まれた。ごぼごぼと耳元で響く泡の音を聞きながら、光子郎はゆっくりと目を開けた。上から差し込む光以外にこの海の中に光はない。光の届かぬ奥の方は黒く塗りつぶしたように真っ暗だった。その中に人影が見えた。
「た、いちさん、」
光子郎は喉の奥から絞り出すように呟いた。海の中は息が出来なくなるわけではなかったが、喉奥で何かつっかえたような息苦しさと、暗闇に沈んでいく不安で胸の内がざわついていた。必死に手を伸ばして太一の手を握る。何度名前を呼ぼうと太一の目は固く閉じられ、繋いだ手をいつものように握り返してはくれない。光子郎はゆらゆらと不安定に揺れる太一を抱き寄せてぎゅぅ、と強く抱き締めた。
「太一さん、一緒に帰りましょう。」
光子郎はそう呟くと太一の顔を両手で優しく包み込み、まるで海の中で酸素を分け与えるようにキスをした。どちらの息かもわからぬ泡がぽこぽことお互いの口から漏れだし、光のある方へと登っていく。ゆっくりと口を離すと、目を閉ざしていた太一が、少しだけ微笑んだ気がした。
〇
ゆっくりと視界が眩しく輝いていく。どうやら自分は寝ていたようだ、と光子郎は徐々に意識を覚醒させていく。そしてじわじわと思い出される夢の内容と共に光子郎はすぐに太一の名前を呼んだ。
「太一さん。」
ついさっきまであれほど揺らしても起きなかった太一が、その一言でゆっくりと目を開けた。光子郎を視界に入れると、寝起きのふわふわとした意識のままへにゃりと笑うと、「こーしろー…おはよぉ……」とまだ寝ぼけた声でそう呟いた。光子郎は安堵の息を漏らすと、堪えていた涙がぽろぽろとこぼれ始めた。太一は驚いたように「どーした…?」と声をかけると、頭をぽんぽんとその大きな手で撫でてくれた。
「大丈夫だよ、こーしろー。」
光子郎はふっと笑みをこぼすと頭に乗せられた太一の手を優しく握り下ろす。今度は太一もその手を握り返してくれた。
「こーしろー、おれね、なんか長い夢を見ていた気がするよ。」
「……僕もです、太一さん。」
光子郎は時計を見た。まだ自分がここに来てから30分も経っていない。けれどあの夢は酷く長く感じた。ふと、太一がゆっくりと体を起こして光子郎を見つめる。「どうしたんですか?」と光子郎が返すと、太一は笑いながら光子郎に近寄った。
ちゅ。
「…お返し。」
太一はまだ起き切れてない寝ぼけ顔で笑っていた。光子郎は少しだけ顔を赤くすると「……どうも。」とだけ言った。その言葉に太一はまた笑う。
「もうお昼だな。昼飯一緒に食おうぜ。」
太一はベッドから下りると軽く着替えた。
「僕、太一さんのオムライス食べたいです。」
「よし、決まりだな!」
太一はまってろよー!と大きな声で意気込むと、キッチンへ向かっていった。その姿を見つめながら、光子郎は太一のベッドへと手を伸ばした。
まだ温かい。太一さんは、ちゃんとここにいる。
じわりじわりと香ってくるチキンライスの香りにつられて、光子郎も部屋を出た。
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