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【ヤマ太】海



「なぁヤマト、お前、今おれが何色に見えてる?」

しとしととしずくが落ちていく外を眺めながら、太一はそう言った。湯気を立てるココアとコーヒーが入ったマグカップを手に持ったヤマトは、その言葉に不思議そうに首を傾げた。

「なんだ?その質問。」

「いいから。」

「…普通に、いつも通りだろ。茶色の髪に、青と白の部屋着。」

ヤマトはその質問に答えながら、机にマグカップを置いた。夏に近づいてるといっても、一日中太陽が雲に隠れていれば流石に少し肌寒い。太一は「さんきゅ。」と呟いてそのマグカップを手に取ると、ふぅ、と息をかけた。湯気が太一をつつみ、輪郭が揺れる。

「じゃあさ、今何が聞こえる?」

「何なんださっきから。」

「いいから答えて。」

「……雨の音だな。テレビもつけていないから。」

さっきよりも雨音が強くなった気がする。ざぁ、と降りしきる雨が声色さえも消してしまいそうだった。

「じゃあさ、ヤマト。」

「なんだ?まだ質問か?」

「うん。」

こくん、と素直に頷くその仕草が可愛らしいと思いながら、いつもは見せない哀愁にヤマトは何となく体に力が入ってしまった。コトッ、とコーヒーの入ったマグカップを机に置いて、ヤマトは次の質問を待つ。

「ヤマトにはさ、」

ずずっ、と甘いココアを啜りながら、太一は涙が出そうだった。

「おれのこと、ちゃんと見えてる?」

今にも泣き出しそうに笑う太一にヤマトは一瞬目を見開くと、何も言わずにそのまま太一を抱き締めた。ごとん、とココアが入っていたマグカップが落ちてフローリングを汚す。それさえ構わないと、ヤマトは太一を強く抱き締めたまま離しはしなかった。

「ヤマト。」

呼びかけても返事はない。太一はヤマトの肩に顔を埋めると背中に手を回した。ぎゅっ、とシャツを握れば、ヤマトはさらに抱きしめる力を強めてきた。

「見えてるよ、太一。聞こえてるし、触れるよ。」

ヤマトのくぐもった声が聞こえた。ほんのちょっとだけ嗚咽が混じったその声に、あぁこいつは泣きそうなのかと太一は理解した。

「……あのねヤマト。最近色が分からないんだ。白と黒と灰色だけ。お前のその金髪も、空みたいに綺麗な目の色もわかんないんだ。」

太一のその言葉に、すん、とヤマトが鼻を啜った。泣くなよ、そう言いたかったけど何故か言葉に出ない。

「音もね、雨の音なんか聞こえないんだ。ヤマトの声は聞こえる気がするのに、それを遮るように波の音が聞こえるんだよ。ざぁ、ざぁ、って。」

今も、頭の中で響いているこの音が雨の音なのか波の音なのか分からない。混ざりに混ざった音が頭の中を反響し、聴覚を狂わせていく。それでも微かに聞こえるヤマトの声だけが最近の唯一の心の拠り所だった。

「最近ね、視界が突然変わる時があるんだ。外を見ていたはずなのに、いつの間に暗い海の世界になってたり、そう思ったらまた視界が元に戻ったり。……変な感じなんだよ。」

まるで自分がどこにいるのかも分からない。ちゃんとこの世界にいて、今もこうしてヤマトに抱き締めてもらっているのかさえ自信が無い。どれが幻覚で、どれが現実なのか分からない。全てが現実かもしれないし全てが夢かもしれない。不安定な世界を生きるのは正直しんどい。

「ヤマト、おれ今どこにいる?」

「っ、…ここだ…!ここにいるよ太一…。俺の腕の中にいるんだお前は…だから、どこにも行かないでくれ…!」

ぐっ、ぐっ、とヤマトが頭を押し付けてくるのが分かる。あぁよかった、ちゃんとおれはヤマトのそばにいるんだ。ふと、自分の手のひらに目を向ける。ジジッ、と実体が揺らいだ。波の音が強くなり、視界がほんの少しだけ暗く変わった。

あぁ、お前は待ってくれないのか。

でも今だけは。ヤマトのそばにいさせてよ。

太一はこぼれる涙も構わずにヤマトの肩に再び顔を乗せた。波の音がまたほんの少し強くなった気がした。


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