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【ヤマ太←光】そんな顔をしていいのは



小さな部屋にすぅすぅ、と小さな寝息が響く。光子郎は音を立てぬようにベッドに腰を下ろした。眉をしかめながら眠る太一の目元のクマを指で撫でながら、光子郎は眉を下げる。

太一は、ヤマトと喧嘩するといつも光子郎のところへ来る。

光子郎が、そうなるように仕向けたのだ。
光子郎はできるだけ、自分の生活について太一に話すようにしていた。この日はオフィスに居て、この日は家にいるのだ、と。最近は家によく帰るようになったのだ、と。そうして光子郎の居所を遠回しに教えれば、太一はその場へ足を運んで逃げ込んでくる。光子郎はそれを偶然を装い受け入れるのだ。

光子郎はまた、太一の眠りについてもよく知っていた。
DWでの生活のせいか、太一は眠りが浅かった。眠ろうと目をつむっても眠れぬことが多く、少しの物音でも目を覚ましてしまう。それは特に緊張していたり感情が昂っている時は尚更だった。だからヤマトと喧嘩したその日は太一は朝になるまで眠ることが出来ない。その眠い目をこすりながらベッドを抜け出し、日が上ってきた頃にこっそりと抜け出し、ふらふらと光子郎の元へ向かうのだ。





光子郎は机の上にコップをふたつ置いてゆっくりとベッドに足を乗せる。ぐっすり眠っている太一の姿を確認しながら布団をほんの少し上げた。ふと、首元の緩いTシャツを着ているからか、鎖骨の部分が見えてしまう。思わず光子郎は息を呑んだ。そこに見える紅い痕に光子郎はカッと頭に血が上るのを感じた。ぎり、と歯をかみ締め、布団を握る手が震える。

太一さんがこんなに悩んでいるのに、あの人はこんなもので優越感に浸って、手に入れた気になって、太一さんを縛り付けているのか。

震える身体を自分の腕で抱きしめながら一度深呼吸をする。どくどくと煩いほど鳴り響く自身の胸を抑えながら光子郎は起こさぬようにとベッドに横になった。太一の体温を感じながら目をつむる。太一は体温が高い。特に寝ている時は自身も暑い暑いと寝起きに騒ぐほど体温が高かった。それが体温が低めな光子郎には心地よい。
こんな風に毎日貴方の体温を感じて眠ることが出来たら、僕ももっとぐっすりと眠れるのかもしれない。
光子郎はそんなことを思いながら眠りへと落ちていった。





ピンポーン

控えめなチャイムの音が光子郎の鼓膜を震わせる。ゆっくりと目を開けて太一を確認すると、その目が開くことも身動ぎすることもない。その事にほっとしながら光子郎は静かに布団から出ると、まだ覚醒し切れていない頭をぽりぽりとかきながら軽く身だしなみを整える。時計を見れば朝の九時すぎ。太一がこの家に来て眠りについてから二時間ほど経っていた。大体この時間の訪問など誰か予想がつく。光子郎がゆっくりと玄関の重い扉を開ければ、そこに立っていたのは予想通りの人物で。

「……おはようございます、ヤマトさん。」

「あぁ、おはよう、光子郎。」

玄関前に立っているのは肩を上下させて息をするヤマトだった。時折汗を拭いながら焦ったように扉に手をつく。

「はぁ、……すまん、太一はっ、」

その言葉に光子郎は「少し待ってください」とだけ言って一度自室へ戻る。太一は目覚める様子はない。光子郎は再度玄関へ戻るとはっきりと「まだ太一さんは返せません」と言い放った。

「……光子郎、俺は」

「太一さんはまだ寝ています。このまま起こすのも可哀想ですし、彼は目が覚めればきっとヤマトさんの所へ戻りますよ。だから、今はお引き取りください。」

できるだけヤマトの顔を見ないように目を逸らしながら光子郎はそう言った。太一が寝ているから、という理由ももちろんだが何よりまだ目の下のクマが消えていない。光子郎はできるだけ冷静な声でヤマトに返した。ヤマトはそんな強い言葉に一瞬揺らぐが、それでも踵を返すことはしない。

「……いや、やっぱり連れて帰る。光子郎に迷惑をかける訳にはいかないし、」

「迷惑だなんて思っていませんよ。」

「だけど、…」

早く帰って欲しいのに。光子郎は心の中でそう文句を垂れながらヤマトを睨みつける。それでもヤマトは引かずに玄関の扉に手をかけるのでさすがに閉めることが出来ない。光子郎は心の中に溜まる鬱憤を抑えることが出来ずに思わず「っ、帰ってください…!」と強めの口調が出てしまった。予想外だったのか。ヤマトはびくりと身体を震わせて悲しそうに眉を下げた。そんな表情が視界に入り、光子郎は思わず拳を握りしめる。

なんで貴方が、そんな表情をするんですか。

そんな顔をしていいのは、そんな権利があるのは。

光子郎はぐっ、と何かに耐えるように喉を鳴らして俯く。それでも抑えきれない黒いモヤが全身にまとわりついて離れない。目の前の男が憎たらしくて仕方なかった。もう扉を閉めてしまおうとドアノブを持つ手に力を入れるが、光子郎はそれでも耐えきれなかった。

「……太一さんの寝顔、本当に可愛らしいですよね。」

ヤマトを嘲笑うかのようにほんの少し口角を上げ、光子郎はそう言い放った。一瞬だけ固まったヤマトが、途端に怒りの表情に変わるのを光子郎は冷静に眺めていた。

「っ、光子郎てめぇッ…!」

吐き捨てるかのような言葉と共に胸元を思い切り掴まれた。思わず痛みに呻くが、それ以上にその傷付いたと言わんばかりの目に腹が立って仕方なかった。胸元を掴むその手を強く握りしめながら光子郎もまたヤマトを睨みつける。

「っ、ヤマトさんが、あなたがなぜそんな顔をするんですか…!…太一さんが安心できるような場所さえも作ってあげられないくせに…!そんな顔をしていいのは、太一さんだけだっ…!ヤマトさんが、あなたがそんな顔をするなっ…!!!」

ぎりっ、とヤマトの手に爪を立てればヤマトは痛みに一瞬顔をしかめる。ヤマトは仕返しとばかりに胸元を掴む手の力を強めて右手に拳を作ると思い切り振りかぶった。それを視界の隅に収めながら光子郎はぐっ、と目をつむる。

ぱしっ。

頬に来る衝撃の前に、ぐいっ、と後ろに体が引かれた。ゆっくりと目を開けると、視界に入るのは驚いた表情のヤマトとその拳を受け止める手。光子郎の体を引いた手が肩に置いてあることに気がついてがばっ、と勢いよく隣に顔を向ける。その人物はまだ眠いのかいつもよりも細まった目でヤマトを睨みつけながら「ヤマト、やめろ。」とだけ呟いた。

「た、いち、…さん。」

自分で思ったよりも掠れた声が響く。太一はそんな光子郎の様子に苦笑しながら「大丈夫か?」と問うた。光子郎が何度も縦に首を振れば安心したように息を吐いてその手を離す。驚いて固まるヤマトにひとつ、触れるだけのキスを落として太一は靴を履き出した。

「ヤマト、お前ん家帰ろう。仲直り、しよう。」

太一はそう言って笑う。ヤマトに有無を言わさぬその笑みは、逆らうなという意味も込められているように感じた。光子郎ははっ、と意識を戻すと太一の手首を掴む。

「太一さん、まだ、まだ貴方は、」

縋るようにその手を掴んで、太一の目の下を優しく指で撫でる。

だってまだ、そのクマが消えていないじゃないですか。

そう言いたいのに、喉が酷く乾いて声が出ない。起きた時に一度水を飲んでいればよかったなんて考えながら光子郎はその手を必死に掴む。太一は安心させるように微笑むとやんわりとその手から離れて光子郎の頭をぽんぽんと撫でた。

「光子郎、おれはもう大丈夫だよ。ごめんな。ありがとう。」

そう言われてしまえば、光子郎にはもう止められない。悔しそうに唇をかみ締めながら、震える自身の手を離す。偉いね、と言いたげにもう一度頭を撫でられて光子郎は太一を見ることが出来なかった。

「光子郎、またな。」

影が離れていくのがわかる。太一はヤマトの手を取りそのまま玄関をするりと飛び出して行った。それを影だけで確認しながら光子郎はその場にずるずるとしゃがみ込む。先程までのことが頭の中を一瞬で駆け巡り、光子郎は悔しそうに「くそっ…!」と吐き出して拳を地面に叩きつけた。

馬鹿は僕だ。

あのまま何も言わずに扉を閉めていれば、掴みかかってきた彼を宥めて帰していれば。少なくとも太一さんを起こすことはなかったのに。頭の中で何度も太一のクマの残った笑みが流れる。

傷付いた顔をしていいのは、ヤマトさんでも、僕でもないのに。

光子郎は、去っていくヤマトと太一の背を見ることは出来なかった。


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