このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

【ヤマ太(光)】頓痴気乱癡気遭逢



「……………迷った…。」

ヤマトははぁ、と深いため息を吐くと辺りを見回した。鬱蒼と茂る暗い森の中で一人、何とも言えぬ恐ろしさに身震いしながらヤマトは立ち尽くしていた。

「やっぱり近道に山道を使うのは無謀だったか…。」

ヤマトは頭を抱えながら数十分前の自分の軽率な行動に後悔していた。山の周りを回って行くより山道を突っ切って行った方が早いだろう、ちゃんと人が通るための道もあるし、だなんて曖昧で軽率なことを考えたのがダメだった。どこで道を間違えたのか、いつしか人の通るような道ではない獣道を進み、気がついたら祠のある小さな空間へとたどり着いてしまった。

ヤマトは抱える頭を上げて祠を見つめる。
この空間は不思議だった。先程まであれほど荒れていた草花がここにはない。ぽっかりと穴が空いたように円の形で平たっている。まるで人の手が行き渡っているようなその光景にヤマトが首を傾げていたその時。

「あれぇ?ヒトの子じゃん。」

祠の方から突然聞こえてきた声にヤマトは思わず後ずさる。先程まで祠の方を見ていたはずなのに、全く姿も見えなければ音もなかった。なのに、どうして。目をまん丸に開けて固まるヤマトを見て、その少年は思わずというようにけたけたと笑った。同い年だろうか、栗川色のぼさっとした髪型に鳶色のくりんとした大きな目、服装はワイシャツにズボンとヤマトが着ている格好と同じ制服姿だった。自分が把握してないだけでもしかしたら同じ学校の子なのだろうか、いやでもこんな顔見た事ない……、ヤマトは目を細めてその少年を凝視した。少年はそんなヤマトの視線に気づいて困ったように笑うと肩を竦めた。

「なぁ、そんな睨むなって。別に取って食おうって思ってるわけじゃないんだからさ。」

「はぁ…………。」

未だ警戒心をとくことの無いヤマトにその少年は苦笑しながらぽてぽてと近付いてくる。

「お前どうしたの?こんな山奥に一人で。まだ日が昇ってるとはいえヒトの子一人じゃあ危ない場所だよ?」

「それは……、お前だって一人じゃないか。」

「オレはいいの、慣れてるから。」

そういってにかっと笑う少年に、ヤマトは自然と全身に入っていた力が抜けていくのを感じた。

「なんでこんな所に着いちゃったのかな。神隠し?天狗に気にいられた?夜逃げかな?それにしては荷物が少ないな。」

頭に「?」マークを浮かべながら少年はヤマトの周りをぴょこぴょこと駆け回り様子を見る。忙しないやつだなと次はヤマトが苦笑すると、「迷ったんだ。」と答えた。

「迷ったの?一体どんな道通ったんだよ…。」

「いや、ちゃんと人が通るための作られた道を通って歩いてたんだ。そしたらいつの間にか迷ってしまってだな。」

「……ふぅん、なーるほどね。…わかった!」

納得したように少年は頷くとヤマトの手を取った。少しだけひんやりとしていたが心地いい冷たさで、ヤマトは思わず握り返す。

「オレが麓まで案内してやるよ。」

「あぁ、それは助かる。」

ヤマトはほっと胸を撫で下ろす。まだ日は昇っているのはいえここの森は鬱蒼としていて陽の光が少ない。この祠の周りだけぽっかりと隙間が空いていて陽が入るが、それ以外は夜かと思うほどに暗かった。そんな場所を一人でアテもなく歩くのは危険すぎる。少年はヤマトの手を再びぎゅっ、と強く握ると、「手、離しちゃダメだぞ?」と笑った。何故かその言葉に逆らえず素直に頷けば「はは、いい子だな。」と笑った。

「じゃ、行こっか。」

その少年の言葉を合図に、二人は薄暗い森の中へと歩き始めた。





ガサガサと草をかき分けながら何の躊躇いも迷いもなくその少年は進む。手を離しちゃダメだという警告通りヤマトは力強くその手を握っていた。目の前を歩く少年の表情は見えないが、少しずつ聞こえてくる車の音や人の声にヤマトは麓に近付いているのだと感じていた。

「……お前はさ、気がついたらあそこにいたの?」

「……ん?あ、あぁ、そうだ。」

「ふぅん、そっか。」

突然話しかけられて歯切れの悪い返事をしてしまったが、少年はそれ以降は何も喋らなかった。出会った時は騒がしく動きもうるさいヤツだと思っていたがどうしたんだろうか、ヤマトが不安そうにその背中を見つめていると、途端に視界が眩しくなって目を細めた。目がじん、と痛むほどの光に慣れ、ヤマトはゆっくりと目を開ける。視界に広がるのは淡い光を背にこちらを見て微笑む少年の姿だった。ヤマトはほんの少し、その姿に見蕩れていた。ヒトなのにヒトならざる雰囲気に息を飲む。少年はゆっくりと繋いでいた手を引っ張りヤマトを薄暗い森から陽の当たる場所へと連れ出した。

「ほら、この階段を降りたら戻れるはずだよ。」

「あ、あぁ。すまん、とても助かった。」

そう言って微笑むと、その少年も嬉しそうに笑った。ゆっくりと手が離されていく。なんだかその冷たさが離れがたくて少しだけ指を絡ませてから離した。

「さ、行きな。もう暗くなってきたし。」

「あぁ、ありがとう。」

「いいよ別に。あと、……この階段を降りる時は決して後ろを振り返っちゃいけないよ。」

「……?どうしてだ?」

「……この森にはね、こわぁい妖怪や霊がいっぱいいるんだよ。山に迷い込んだヒトの子に取り憑いちゃうんだ。だから未練を残さぬよう、心を囚われぬよう、………振り返っちゃいけないよ。」

目を細めて彼は言った。そんな迷信なんて、と言葉に出そうになったが、何故かその言葉を信じてしまう。素直に頷けば彼は満足そうに笑った。本当にころころと表情が変わるヤツだ。
ヤマトはふと、何かを思い出したかのように「あ、」と声を出し再度少年の顔を見つめる。少年はきょとんとした顔で首を傾げた。その仕草が何だか幼くて思わず笑みをこぼしてしまう。

「名前、聞いてなかった。俺はヤマト、石田ヤマトだ。」

名を名乗れば彼は更にその目を見開き固まった。その表情にヤマトは顔をしかめると、ぷっ、と吹き出して彼は笑った。

「え!?な、俺なんか変なこと言ったか!?」

「あは、あはは!!いやぁ、ごめ、ひひっ、!うん、そうだなぁ、ふふっ、名乗ってなかったなぁ。」

少年はひぃひぃと声を上げながら目元に涙をためて笑った。そんなにツボにハマるようなこと言っただろうか。ヤマトはわけも分からずぽかんと突っ立っていた。

「はは、あ、落ち込むなって!いやぁいきなり出会ったやつに名前教えるなんて不用心だなぁと。」

「う"……、もしかして名前教えるの嫌だったか?」

「そんなことないよ。そうかヤマトって言うんだな。オレはお前の名前知れて嬉しいよ。……オレは八神進長男、八神太一だ。」

「そうか、太一か。」

何度かその名前を噛み締めるようにヤマトは呟く。

「じゃあな、太一。もし機会があればまた。」

「あぁ、またな、ヤマト。」

ひらひらと手を振る少年──太一を横目にヤマトは階段を降り始めた。もう降り終わるまで振り返ることは出来ない。言葉での制止しかされていないはずなのに、何故かその言葉だけが頭にこびりついて逆らうことが出来なかった。



もう、これで暫くは振り返らないだろう。

太一は階段に足をかけるヤマトを見て目を細めた。途端、ふわりと空気が舞い、足元の草花がかさかさと小さな音を立てた。ヤマトとほとんど同じ格好をしていたその姿は瞬きひとつ、一瞬の間に蜜柑色の簡単な着物へと変わる。背中には金色に輝く四本の狐の尻尾。瞳は柑子色へと変わり左目には太陽を模した『紋章』が輝きを放っていた。

世はこの姿を『天狐』と呼ぶ。

姿を変えた太一は左手の親指と人差し指で輪っかを作ると、紋章の輝く左目へと翳した。すっ、と息を吸ってひとつ瞬きをすれば視界に移るのは階段をおりていくヤマトの姿と、その肩に乗っかる黒いモヤ。

「……あんれまぁ、めんどくさいのに取り憑かれちゃって。」

太一は小さくつぶやくとその手を口元へと移した。


「その子はダメだよ。オレのお気に入りの『ヤマト』なんだからな。」


太一はその指で作った輪っかに通すようにふぅ、と息をふきかけた。その瞬間ヤマトの肩に乗っていた黒いモヤは「ギィッ」と醜い声を上げて風に攫われるように消えていった。もう一度左目で見ればもう彼の姿に黒いモヤはない。太一は満足そうに笑うと音も立てずに後ろへと後ずさる。

「じゃあね、ヤマト。また会えたらいいなぁ。」

ヤマトが階段を降り終わり振り返るごろには、もうそこには誰もいなかった。





「…………太一さん。」

「あ、光子郎じゃん。」

元いた祠へ戻ればそこにいたのは顰めっ面な一人の少年。赤茶色の短い髪に若紫色の簡易な着物を着ている。見た目は高校生のヤマトよりも少し小さめなヒトと変わらないが、顔以外の全身に白い包帯を巻き付けていた、顔にはヒトと同じ二つの目のほかに、額や頬にいくつかの目がある。

彼は百目鬼であった。
名前の通り身体中に百個の目がある。その目はどんなものも見渡すことが出来るが、その力を使うのは疲れるからと、彼は普段は包帯でその力を休めている。
太一は光子郎を見るとにへらと笑い手を振った。光子郎は眉を下げて困ったようにため息をつく。

「太一さん、またあなたはヒトの子と接触などして……」

「なんだよーいいじゃん!灰色の日常に一服の清涼剤としてだな」

「はいはい、ようは退屈だったんでしょう?天狐である太一さんがわざわざそんな事しなくても、僕達みたいな下っ端を使えばいいのに…。」

光子郎は苦笑いをする。太一は天狐だ。千年をこの地で生き強力な神通力をその身に宿している。その力でこの森一帯を治めていた。そんな偉大なる妖がまだ齢十七のちっぽけなヒトの子のためにその身を化かし妖まで払ってやるとは。

よほど気に入ったんだな。光子郎はめんどくさい事が起きそうだと頭を抱えた。

「はぁ……お願いですから面倒事だけはやめてくださいよ。」

「わーってるって。」

太一は祠の前へ寝転ぶと空を見上げた。太陽は沈み何とも言えぬ闇と星の光が広がっている。隣に光子郎が座る音が聞こえた。

「それにしてもこんな所に迷い込むなんて、あいつ実はすんごい妖力持ってんのかもね。」

「それは僕も思いましたよ。ヒトが本来来られぬよう結界まで張っていたというのにどうやって入ってきたんでしょう。」

「きっと変な妖怪に取り憑かれて無意識に引き寄せられてきたのさ。オレに助けを求めてね。」

面白いやつだ、と太一は呟く。

ヤマト、また会いたいなぁ。
太一の言葉は口にはせず、心に留めた。

「…………なぁ光子郎。」

「はい。」

「今日は一緒に飯食おうぜ」

「………太一さん。僕みたいな下っ端が太一さんと同じ席で食事をするなど貴方が許しても周りの目がすごいんですよ。」

困ったように苦笑して光子郎がそういえば、太一はむぅ、と頬をふくらませて抗議する。こんなにも幼く見える彼がこの山一帯を統べる主だと誰が思うだろうか。太一は勢い良く立ち上がるとびしっ!と効果音が聞こえそうなほど真っ直ぐ光子郎に人差し指を向けた。

「ではこうしよう……光子郎!オレと食事を共にせい!名誉な御役目と心得よ!」

ふふん、と得意げに笑う彼に、光子郎は降参を示すように両手を軽く上げた。

「………泉光子郎、心得ました。」

その言葉に太一は歯を見せてニカッと笑った。

あぁ、この人には本当に敵わない。
光子郎はにやけそうになる口元に力を入れ、嬉しさからかぴょんぴょこと跳ねる太一の背を追いかけた。


1/1ページ
    スキ