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【ヤマ(→)太←光】無自覚のメランコリー



「ヤマトさんって好きな人いないんですか?」


7月後半、夏特有のじわじわと内側から燃えるような蒸し暑さに、ヤマトは日陰のベンチに座りながら項垂れていた。横にはカタカタと止まることのないキーボードを響かせる光子郎が座っている。

特に理由も目的もない、ただ太一とヤマト、光子郎の三人がばったり公園の前で出会っただけ。ヤマトはちょっとした買い物の帰りに、光子郎は図書館へ本を返して家へ戻るときに、そして太一は学校の運動場で友達とサッカーをして走り回った帰りだった。せっかくだし公園寄ろうぜ、と声をかけたのは太一だ。二人は特に断る理由もなく、三人揃って誰もいない公園に入り、日陰のベンチへと移った。





そして冒頭の光子郎の言葉に戻る。
ヤマトはゆっくりと項垂れていた顔を上げて訝しげに光子郎を見る。当の本人はそんな目線も気にせずパソコンに向かっていた。

「………突然だな。」

「だってヤマトさん、隣に座っているのに何も話しかけてくれないじゃないですか。気まずくて。」

「……嘘つくなよ、もうそんなこと気にするような仲じゃないだろ。」

呆れたようにそう言えば、「そうですね。」と言葉を返しながらやっと光子郎はヤマトの方を見た。

「じゃあ素直に言います。純粋に気になった、ただそれだけです。」

光子郎はそう言うとにこりと笑った。ヤマトはその胡散臭い笑顔にはぁ、とため息をつく。

「………好きな奴とかいないよ。気になるやつもいない。」

「へぇ、そうなんですか。」

「逆に聞くけど、光子郎はいないのか?」

「……当ててみてください。」

じとりと、光子郎の目線がヤマトにまとわりつく。何かを見定めるように、心の奥の無意識な部分を見透かすように侵入してくる光子郎の目にヤマトは思わず目を逸らした。



目を逸らした先にいるのは一人の少年。

ヤマトや光子郎はこの暑さにバテて日陰のベンチでぐったりしているというのに、その少年は暑さをものともせず日向でサッカーボールを蹴り上げる。ボールはまるで羽が生えたかのようにぽーんぽーんと少年の足によって上げられ、吸い込まれるように少年の胸に落ちてくる。それを受け止め流れるように上げた膝へ誘導すれば、またぽーんと持ち上げて次は頭で受け止めた。
その少年―――太一は陽の光で輝く汗を散らしながらボールと戯れている。


ふと、そんな太一の姿を見てヤマトは光子郎のことを思い出す。光子郎はいつも太一をまるで神様を見つめるように目を細めてその姿を追う。うっとりと頬をほんのり赤く染め、決してその手は伸ばさず、けれど決して離れていくことを許さないような、そんな、目を、して、







ここでヤマトははっ、と意識を戻す。
喉まで出た言葉を飲み込むか迷ったが、そのまま口にした。

「………太一か…?」

なにか確信を得たようにヤマトが顔を上げて光子郎を真っ直ぐ見つめる。光子郎は一瞬ぱちくりと驚いたように目を見開いたが、すぐににこりと笑った。

「あぁすごい、ヤマトさんには分かっちゃうんですね。」

その言葉とともに、光子郎もまた太一を見つめる。今にも手を伸ばしそうなほど気持ちの全てを太一に向けているのがヤマトにも分かった。ぞわりと溢れる物言えぬ気持ちにヤマトは変な汗が流れる。

「……太一さんのこと大好きなんです。愛おしくて愛おしくて仕方ないんです。男同士とかそんなもの関係ありません。………僕はもう太一さんなしには生きられませんから。」

「っ、光子郎、……お前は」

「おーーーーーい!!!光子郎ーーー!!!!」

突然の大声にヤマトはびくりと体を大きく震わせた。光子郎はずっと太一を見ていたからだろうか、びっくりすることもなく返事をした。

「光子郎!横に置いてるバッグからタオルと水取ってくれよー!あちー!」

「自分で取ってくださいよ。」

「んだよー!けちー!光子郎のけちんぼ!」

「……はいはい、分かりましたよ。」

光子郎はぱたんとパソコンを閉じるとよっ、と重い腰を持ち上げカバンからタオルと水を取り出す。太一の大声に驚いたせいだろうか、それとも別の理由があるのか、ヤマトはどくんどくんと鳴り響く自分の心臓を宥めるように胸に手を当てる。光子郎はそんなヤマトを見つめて、一言呟いた。



「………ヤマトさんは、どうですか?」



その言葉にどくんっと一層大きい拍動が体を駆け巡った。唖然として固まるヤマトに微笑みかけて、光子郎は太一の元へと駆け出す。ヤマトはそんな光子郎の姿を睨むように目を細めた。




今の言葉は忠告だったのだろうか。僕の太一さんに手を出すな、という…………それとも………。




「……馬鹿馬鹿しい…っ!」


吐き捨てるようにヤマトはそう呟いた。うるさくて仕方ない自分の鼓動から気を逸らすように顔を空へ向けた。遠くから聞こえるはずの太一と光子郎の笑い声が耳の奥に残り、夏の煩い蝉のように鳴り響いていた。


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