降臨あるいは逃避
変な夢を見た。
びくりと夢の残滓で体が跳ねて、それで目を覚ます。
目覚ましがわりにしている起きっぱなしの古いガラケーを手探りでつかんで見れば、丁度鳴る5分前を表示している。
二度寝するには何とも中途半端な時間で、けれど起きる踏ん切りもつかず、ぬくぬくとしたベットの中でスマホをいじる。
寝ている間に届いたアプリだとかメールだとかの通知を目を通すことなく削除して、嵌まっているゲームアプリでログインボーナスをいただきSNSのアプリを開く。
……おかしい。やけにリプライが来ている。
リアルタイムで増えていく通知に昨日呟いた内容を思い返してみても、特に不特定多数の琴線に触れるようなーー俗に言うバズるような事を呟いた記憶はない。
桁違いに増えていき、ついには万を越えたそれから目をそらし指をスライドさせてトレンドに目を通す。
「……物騒だな」
思わず声が出た。
世界崩壊、天変地異、氷河期到来ーーまだ夢でも見ているのだろうか。
1から20までそんな文言で埋め尽くされ、芸能人や政治家の名前はおろかゲームやアニメ関連のワードさえ入っていないおかしなトレンド。
首を捻りながら、暖かなベッドの上にスマホをおいてベットを出た。
ぺたぺたと裸足でフローリングを歩き、トースターにパンをセットし洗面所で顔を洗う。
鏡を見ながらワックスで髪型を整えつつ、出社後の段取りを考える。
まず事務所の掃除をしてメールを片付けて朝礼の司会をして、それから得意先回りをしてーー今日は木曜、あと二日の辛抱だとカレンダーを横目に自分を奮い立たせたところでトースターが鳴った。
ズボンをはいてベルトを閉めて、バターを塗っただけのパンに噛りつきながらテレビをつける。
先月ボーナスで新調したばかりのテレビに映るのは最近可愛いと思っている女子アナーーではなかった。
「なんだ、これ」
テレビが流すのは朝の情報番組ではなかった。この国の総理大臣が、額に玉のような汗を浮かべながら必死に手元の原稿を読み上げている。
自然災害があるわけでも、選挙中でもないのに画面をL字の字幕がおおっていた。
左側には「世界崩壊に関する総理緊急会見」、下の帯には「7人目の救世主発見」のテロップ。
チャンネルを適当にザッピングしても、どこの局も同じ会見ばかり写している。
ただ唯一、国営の放送局だけが総理以外を写していた。
「えー、繰り返します。さきほど見つかった7人目の救世主はイギリス人のトーマス・マーティンさん。イギリスメディアによると先ほど、政府に身柄を保護された模様です。会見は現地時間午後11時から始まりーー」
ベテランのアナウンサーが同じ文面を何度も繰り返す。
テレビはダメだ。まずは情報収集しようとスマホをベットから取ろうと腰をあげたところで、カメラの外からディレクターの腕が伸びて一枚の紙を置く。アナウンサーはそれに目を通すと、やや興奮ぎみに口を開いた。
「速報です。ただいま、8人目の救世主が保護された模様です。繰り返します、ただいま8人目の救世主が保護された模様です」
まず救世主とは一体なんだ。テレビを横目にスマホの画面をつけると、おびただしい量の通知が来ていた。
SNSの通知はもちろん、メールや電話が何本も。
「保護されたのは日本人です。ただいま唯一の日本人の救世主です。名前はーー」
まず実家に電話を返そうか、と思ったところでインターホンのおとが響いた。
「ーー
玄関を開けた俺の背後で、淡々としたアナウンサーの声が室内に響き渡った。
****
昔の話をしよう。俺は中学時代、俗に言う厨二病を患っていた。
自分が全知全能の存在であると思い込み、その設定を常に持ち歩くノートに書き出すーー俗に言う邪気眼。
不幸中の幸いは、クールキャラを気取っていたことでその設定を口外しなかったこと。
地球では制限されているが本来の俺はーーとか周りに話していたらもう俺は再起不能だ。
しかも通っていたのはエスカレーター式の男子校、手の付けようがない。
閑話休題、ともかく黒歴史確定であったであろう妄想の話はしかし、俺にとっては現実だった。
初めてそこに足を踏み入れたのはーーそう確か、小学校高学年の頃。
その日学校の敷地内にある神社で友人と遊んでいた俺は、ふと気がつくと広大な平原にぽつんと立っていた。
周囲には人影はおろか建物もなく、泣きじゃくりながら平原を彷徨った俺は来たときと同じく気がつくと神社の敷地内に立っていた。
中天にあった太陽が沈むまで平原にいたのに、戻るとかくれんぼの鬼さえ変わっていない。
すわ噂に聞く神隠しと言うやつか。
ぞっとした俺はしばらく神社にさえ寄り付かずーー中学二年でまた足を踏み入れた。
学校では一握りしかなることができないと言う生徒会に選出され、他人に好き勝手に追いかけ回されて根拠もない噂を流され。
学校生活に疲れきった俺は煩わしい他人がいない世界に逃げ込み、思う存分に満喫した。
そしてしばらくして話し相手が欲しくなり、その世界で初めてとなる人を作り上げた。
そうーー人を作った。
俺は全知全能だった。本当に、その世界では何でも出来た。欲しいものは望めば有機物無機物問わず出てきたし、天候や地形を操る事も、漫画やアニメの魔法や超能力を使うことも出来た。
不思議と俺の手ずから作り上げた人形は俺に及ばずとも同じ類いの力を有していたので、しばらくそれと遊んだ後、俺は世界を任せて神社に戻った。
あちらの世界とこちらの世界は時間の流れが違うようで、長いことあちらにいても進んだ時間はごくごく僅かだった。ーーいや、10年ぐらいあちらにいた時はさすがに副会長に怒られたが、それでも半日ほどしか経っていなかった。
作り出した人形にまた自分を似せて人形を作らせ、その人形が子を産み、集落を作り、町を作り、国を作っていくのを観察するのはなかなかに楽しかった。
俺は中学から高校にかけてあちらとこちらを行き来する生活を続けーー
自分の銅像が神殿に掲げられ、人々がそれに向かって朝晩拝礼するのを見て、我に帰った。
長ったらしい祈りの言葉のそこかしこに入る俺の名前、至るところに祀られたキメ顔の自分の石像。魔法の詠唱は厨二感が漂う日本語で、手ずから作り上げた人形ーー神々は例外なくオッドアイ。
既に高校生活も半ば。よりにもよって生徒会長に選ばれ現実世界でも多忙を極め、精神的にも追い込まれていた俺はその光景に耐えきれなかった。偶像崇拝の禁止、俺の名前を書くこと口に出すことを禁じてあちらに行くことをすっぱりとやめた。
あれから早7年。もうそんな過去は断ち切り、俺は社会の歯車として立派に生きていたーーのだが。
「確かに、真野さんはぼくたちとは違いました。なんというか……格が違うと言うか!」
テレビの中でそう語る
1/1ページ