雨、幸せの音(村田将五)

喫茶 ブライアンの窓越しに、シトシトと降り続く雨をぼ―っと見ていた。

「なに考えてんだ?」

ふと前を見ると、向かい合って座る将五がじっと私を見ている。

「いや、去年の今ごろだったなぁと思って」

照れを隠して、窓の外に視線を戻すと

「そういやそうだな」

と、少し笑って将五も同じように視線を外に向けた。


カラン、とグラスの中の氷が溶け落ちる音が聞こえた。



去年の6月…―


梅雨時期にも関わらず傘を持たずに外出した私は、見事に降られてしまい、酒屋の軒下で雨宿りをしていた。
土砂降りというまではないが、濡れながら帰るには距離がある。
近くにコンビニもなく、どうしたものかと空を睨んだ。
暗く重たい雲は空一面に広がっていて当分やみそうもない。


「あーあ」とため息混じりに呟きながら、
色とりどりの傘たちが目の前をすいすいと通りすぎて行くのを眺めていた。

ふと、その中から一つの傘が近づいてきた。
透明なビニ―ル傘、さしているのは、男の人。



「傘、ないんだろ?」

そう言ってその人は私に傘を差し出した。
こめかみから頬に走る痛々しいキズ。
でも、それに似合わない、優しい微笑みと一緒に…





「あの時、一目惚れだったんだよね。
一目惚れなんてあり得ないと思っていたのに…」

思い出して、幸せな気持ちになりながらそう言った。


将五は、そうか、と笑っただけで、「そろそろ行くぞ」と立ち上がる。


後について傘立ての傘に手をかけた時、
思い直して手を放した。


店を出ると将五はすでに傘をさして待っている。

「傘は?」

そう尋ねる将五の傘に飛び込んで「忘れることにした」と笑った。

だからあの時みたいに相合い傘しよう。

呆れながらも、濡れるぞ、と肩を抱いてくれた将五にそっとよりそい、

「そういえばあの時どうして声をかけたの?」

と、聞いてみた。

ああ、そう笑った将五は

「一目惚れだ。お前より早くな」

そう言って私の顔を見た。
あの日と同じ優しい顔。




右半分に感じる将五の体温、
ぽたぽたと二人の頭上を叩く雨の音は“幸せの音”だなと思った。

―将五といるときに傘を持つのは止めよう、
そう決めた。




End.
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