雨の日も悪くない(美藤竜也)

雨の駅で、秀幸に会った。


「アンタ傘は?」
「んなもん、ねーよ」
「じゃあ入っていきなさいよ」


私はグレーな空に向けて、愛用のピンクの傘を広げた。


「いいよ」
「いーから、どうせアンタん家行くんだから」


「いいって!」


嫌がる秀幸の、シャツの裾を引き、私は無理矢理自分の傘に入れた。


「さあ、行くよ?」

通い慣れた美藤家へ。



秀幸がチラリと私を見て、諦めたように

「…かせよ」

と、私から傘を奪った。




細かい雨は音もなく天から降り注ぎ、
時々、並木に溜まった大粒の水滴だけが傘を鳴らす。


二人で差すには小さいピンクの傘。


秀幸の肩が濡れているのに気づき、“兄弟だなぁ”と思わず笑った。






「それにしてもよく降るね」


ふと、秀幸の足が止まった。


「どうしたの?」
「おい、やべーぞ」



秀幸の視線の先を見れば



「あ」

真っ黒な傘を差した竜也が立っていて



無言で歩み寄ってきたかと思うと


「迎えに来た」

私は瞬時に、竜也の傘にさらわれた。




「じゃあな秀」


その言い方で、
竜也が妬いてるのが分かって。


「じゃあね、秀幸」


さらりと私も秀幸に手を振る。




「なぁ、せめて傘取り替えてくんねーか?」


ピンクの傘を見上げて秀幸がぼやいたけど


私たちは聞こえないフリをした。








「ねぇ、妬いたでしょ?」

「…」



「秀幸だよ?」

クスクス笑うと

返事の変わりに、


「濡れるぞ」


竜也の大きな手が私を引き寄せた。



滅多にない、彼のヤキモチ。




雨の日も悪くない。

End.
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