年上の人(村田十三)
「まーたこんなとこでタバコ吸ってる。
学校で吸うなって言ってるでしょ?」
昼下がりの穏やかに晴れた空の下。
その声は、屋上の開け放たれたドアの方からで。
「アンタに言われなくねーよ」
近づいてくる影に、オレは視線も合わせず答える。
「よっ」
隣にしゃがみ込んだのはオレの担任で。
「いい天気だね」
そう言いながら、ジャケットからタバコを取り出した。
丁寧にマニキュアが塗られた指、
金の細いライターが上品な音を立て開く。
ゆっくりと口を付け先端の火を小さく燃やすと、彼女は心持ち顔を上げた。
フーッ
柔らかに吹く風が彼女の頬にかかる髪を撫で、作り出したばかりの白い煙を空に溶かす。
「生徒の前で堂々と吸うなよ」
「アンタに生徒って自覚があるとは思わなかったわ」
いたずらっぽく笑う顔はガキのようだ。
そう言えば、と、指で軽く灰を落とす。
「この間、一年生かわいがったんだって?」
「ああ、元気なガキだったぜ」
オレの言葉に満足したかのように
「どうやらそのコ、気に入ったみたいね」
彼女は短くなったタバコをコンクリに押し当てた。
薄く口紅が付いたフィルターは彼女自身のようで、オレは思わず見とれてしまう。
「ベル鳴るわよ」
立ち上がり屋上を去ろうとする彼女の背に向かって、
気持ちを吐いた。
「待ってろよ」
彼女はおかしそうに振り返る。
「何を?」
「奪いにいってやるから」
―アンタの心を。
そんな気持ちは見透かされていて。
「気が向いたら」
そう、余裕綽々の微笑みで近づくと
彼女は、オレに口づけた。
「待ってるわ、十三」
(想っても想っても、今はまだ、届かないひと。)
End.