こつこつと靴音を鳴らしながら恋歌に貸している部屋に向かってなるべく振動を与えないように歩いていく。

通い慣れた魔王の私室の前を通り過ぎ、隣の部屋の扉を体で押し開ける。

メイドによって綺麗に整えられたシーツの上にそっと恋歌を横たえて布団をかけてやる。

村「（重くはないけどやっぱりちょっと危なかったかな）」

恋歌の体重は決して重くなかった。

むしろ軽すぎるくらいではあったが、普段鍛えていない村田が長時間人1人を抱えるのは少し辛かったようだ。

村「（でもね、僕は君を他の人に渡したくなかったんだ

たとえ君がもう誰かのものだとしても）」

ベッドの上に腰掛けすうすうと寝息を立てる恋歌の髪をさらさらと撫でる。

止まることなく指の間をすり抜けていく髪はとても触り心地がよかった。

村「（君が今こうして触っても起きないのは僕を信じてくれてるから？

それともただ本当に疲れてるだけ？

あー、僕に襲われても勝てる自信もあるからかな？）」

あれだけの強さを持ちながら村田に触られてもぴくりとも反応しない恋歌。

どれが正解なのかわからないが眠っている恋歌を見れたことは嬉しく思えた。

村「（今なら何をしてもわからないのかな…）」

髪をすいていた手を恋歌の頬にあて、ぐっと顔を近づける。

反応は…ない。

おそらく今なら…

村「（きす…したってわからないよね…）」

お互いの顔の距離はあと数センチ。

少し動くだけで唇は触れ合う。

ぎゅっと恋歌の頬に当てていない方の手でシーツを握りしめる。

いろいろな想いが村田の頭を駆け巡る。

村「（恋歌さんが悪いんだからね…

僕だって…男なんだ）」

ふっ、と笑った村田は唇を恋歌に寄せた。







一瞬微かに触れただけで村田は体を起こして立ち上がる。

村「（男だから卑怯な真似はしないよ

渋谷の受け売りかもしれないけどね）」

村田の唇が触れたのは恋歌の前髪。

無防備な状態の恋歌に口付けるなど卑怯でしかないと考えたからだ。

村「おやすみ恋歌さん

良い夢を…」

そっと音を立てないように村田は部屋から出て行った。








『……良い夢を、か…』

完全に扉が閉まってから恋歌は体を起こさず目だけを開ける。

実は村田がベッドに腰掛けた時に意識ははっきりしていた。

世界最強と言われる恋歌が近くの人の気配に敏感にならないわけがない。

最初は本当に眠っていた。

だが、睡眠が一番の体力回復方法である恋歌は門から部屋まで深い眠りについていたため村田が近くに座る気配に気付いたのだ。