そろそろ商品がなくなりかけたとき、疑問に思ったシャチが一人の男に話しかけた。

「なぁ、あんたらなんで買いに来てくれたんだ？

おれが言うのもなんだけど、買いにくいだろ？」

権力者に逆らう事がどれだけ恐ろしいか、それをシャチは知っている。

安全に生きていくためには大人しく従っている方がいいという事も。

たとえそれが自分の納得いかないことだったとしても。

「ははっ、さっきわざわざウィリアムさんがうちに来たんだよ」

「ウィリアムが…？」

ここで出ると思っていなかった人物の名前が上がり、シャチは驚きで目を見開いた。

「ああ…

ランさんの為に頭を下げにな

おれたちの方がいつも世話になってるってのに、あの人は妻の夢を叶えてやりたいって…

それを聞いて買いに行かないなんて男が廃るってもんだ」

困ったように笑う男にシャチの口元も自然に笑みを浮かぶ。

「元々ランさんの料理が絶品ってのはこの街の人間なら誰でも知ってることだ

美味い物には金を払う

ランさんの商品にはその価値がある

そりゃあんな美人で料理上手な奥さんがいたらあの堅物のウィリアムさんも動くってもんだよな」

「ははっ、そうだな」

立ち去る男の背中を見送り、最後のもうひと踏ん張りだと自分に気合いを入れた。





「完売だ！！」

「わーい！！」

「お店行くの？」

「うん」

初日よりかなり時間がかかったが、持ってきた商品はすべて完売した。

店に一緒に戻るために最後までいてくれたローゼとメアリも片づけを手伝ってくれた。

「さてと、じゃあ戻って報告を…「待て」」

荷物を全て持って帰ろうとしているところに聞き覚えのある声が聞こえ、嫌な予感がしたが渋々声がした方に視線を向けると、昨日ランにちょっかいをかけてきていたレヴルが腕を組んで立っていた。

「…なんか用か？

おれたちもう帰るんだけど」

店までついてこられると面倒だと思ったシャチが嫌々声をかけると、また髪をかきあげながら声をかけてきたシャチを無視して恋歌に視線を向けた。

「今日は君に話があって来たんだ」

『？』

目の前に立たれた恋歌は、自分に何の話があるのだろうと首を傾げると、どこに持っていたのかわからない花束を恋歌に手渡した。

「ランも美しいがお前もなかなかだ

おれの第2夫人に迎えてやろうと思ってな」

『(え…？)』

反射的に受け取ってしまった花束と、自信満々で見つめてくるレヴルを交互に見つめ、どうしたらいいのかわからず嫌だと首を横に振る事しかできない。

「第2夫人の椅子が不服か？

だがそれは仕方のないことだ

ランを第1夫人に迎えるということは決まっている」

「…何言ってんだお前」

「えいっ」

「ぶっ…！」

固まっている恋歌が可哀想になり、持たされていた花束をベポがレヴルの顔に押し付けて返した。

「残念だけど恋歌は恋人がいる

諦めな」

こんな場面をローが見てしまえば寒い北の海の気温がさらに下がってしまうのは間違いない。

「ふっ、恋人など別れさせればいいだけの話だろ」

さっさと諦めてもらおうとしたが、そういえばレヴルは既婚者であるランに求婚していたのだと、その断り方は無意味だったとめんどくさくなりため息をついた。