カウンターに座った母親はふぅ、と息をはいて、目の前に注文をしていない紅茶が置かれ、驚いたように顔をあげるとランが微笑んでいた。

「久しぶりね、ローゼ」

「ええ

久しぶりにあなたの紅茶を飲むとだめね

…優しい味がして…心が、弱くなる」

かちゃ、と軽く音をたててカップを手に取り、ローゼと呼ばれた女の子の母親は一口紅茶を飲むと、口元に笑みを浮かべた。

「やっぱりあなたの紅茶は…止められないわね」

「ふふっ、そうでしょ」

ローゼの言葉に嬉しそうに笑うランは、カップの縁を指でなぞっているローゼに、それ以上話しかける事はなく仕事に戻った。

「(何かわけありか…？)」

「(さぁ…)」

話しかけにくい雰囲気を纏ったローゼに、ペンギンとシャチも話しかける事は出来ず、まだ続いている行列を捌くことに専念する。

「あ、そうだ

これはメアリちゃんと食べて」

「…ありがとう」

先ほどシリウスと出ていった女の子、メアリ用にと渡した包みの中には、ランお手製のクッキーが入っている。

手触りでそれがわかったのか、大事そうにその包みを受け取った。

「…あまり来れなくて、ごめんね」

「いいのよ、元気そうな姿が見れただけで嬉しいわ

メアリちゃんも元気そうだしね」

「…うん」

他の島の住人もローゼと呼ばれた女性の事を知っているのか、2人の会話を邪魔する事はしない。

「随分と、可愛い従業員さんたちが入ったのね」

「ふふ、そうでしょ」

恋歌やベポ、シャチ、ペンギンを見て賑やかな店内を微笑ましそうにしばらく見つめたローゼは、ランと談笑をしながら店内で紅茶を１杯飲み干し、テイクアウトで紅茶の茶葉を買って帰った。

「…さっきの女、随分と顔色が悪いみたいだったが、あんたが診てんのか？」

一言も言葉を交わす事はなかったが、店から出るときにローゼはウィリアムにぺこりと頭を下げてから帰った。

その時に初めてローゼの顔をまじまじと見たローは、化粧で多少誤魔化してはいるが顔色が悪い事に気づいた。

「…ああ、あの人はランの友人でな

外科のおれの分野ではないがおれがたまに診察してる」

「へぇ…」

ローも見ただけで寝不足と栄養が不足しているというのはすぐにわかった。

おそらく本来であれば外科ではなく、カウンセリングなどを受けるのがいいのだろうが、ランの友人という事もありウィリアムが診ているのだろう。

「あの人は…数年前に旦那を亡くしてな

そのショックでそれ以来寝不足が続いて食欲も無い

ラン特製の料理と紅茶で栄養面と精神面をケアしてたんだが、最近はこの店にも来ていなかった」

「…なぜだ」

どう見ても完治、とはいえない顔色に何か理由があって診察に来なくなったのかと興味本位で聞けば、ウィリアムはちらりとランの方に視線を向けた。

「…厄介な事になっているらしい」

「…？」

ウィリアムの視線に気づいたランがにっこりと笑って軽く手を振り、近くにいた恋歌に紅茶のおかわりの入ったポットを渡しているのが見える。

「あの人がここに通い始めたなら、そのうちわかるだろうさ」

ウィリアムが空になったカップを突き出してきたのでそれを受け取り、紅茶を注いで返すとそれ以上に何も言う事なく医学書に視線を戻した。

≪何の話？≫

「さぁな…

(面倒な事にならなければいいが…)」

ローもこれ以上聞くことを諦め、恋歌に空になったカップを渡した。