恋歌たちが街でランの紅茶と軽食を売っている頃、喫茶店では一部不穏な空気が流れていた。

「料理上手ね」

「大体の食事はおれが作ってんだよ

けど恋歌もベポもシャチも料理はできるぜ」

「そうなのね

みんなの料理も食べてみたいわ」

楽しそうな雰囲気で料理を作っているペンギンとランは、ウィリアムが睨んでいる事に気づいているが、それを無視して作業を進めている。

「…おい、お前の仲間、ランに近寄り過ぎだ」

「…ああ？」

いらいらとした雰囲気を隠しもせずローに話しかけたウィリアムだったが、それ以上にいらいらとした雰囲気を隠せていないローがぎろりと睨みつけてきた。

「…あのお嬢さんが心配か」

「……」

ここまで不機嫌そうな顔をされて、思い当たり理由としてはただ一つ。

少し前に出て行った恋歌の事だけだった。

「星の魔女には初めて会ったが…ランに聞いていた噂通りだった」

「…噂？」

「ああ

星の魔女は魔女の中で最も美しく、世界で最も美しい声を持った魔女だとな」

「へぇ…」

恋歌はまだ16歳。

今は発展途上の”美少女”だが、あと数年後には今とは比べ物にならないほどの”美女”になることはわかっている。

だが、その美しさが魔女の中でも特別なものだという事は知らなかった。

そしてあの特殊な声も”世界で最も美しい”と言われるほどのものという事も知らなかった。

「きっと、苦労するぞ」

「あ？」

「…ただでさえ魔女は、狙われやすい

それに加えてあれだけの美しさを持っていれば、ありとあらゆる者たちが狙うはずだ

海賊のお前たちがどうなろうと知った事じゃないが、ランと同じ種族のあの子が不幸な目に遭うのは…」

キッチンの中で楽しそうに笑っているランを見て、少し悲しそうな表情を浮かべるウィリアムは、魔女であるランと一緒になるまでどれほどの障害があったのか。

それは今聞くことはしないが、過去に狙われ続ける種族とずっと一緒にいたいとウィリアムが願った心は、ローが恋歌に抱いている気持ちと同じ。

「そんなもん…あいつを海賊に誘った時から覚悟してる

不幸になんかさせねぇ

あいつには”自由”に生きる権利があるんだからな」

「…そうか」

ローの真っ直ぐな目を見てこれ以上は言うまいと口を噤んだ。

「ところで…」

ふっと笑ったローに何か嫌な感じがしたウィリアムだったが、そのまま続きを促す。

「明日からはここでやるのか？」

「……」

今恋歌たちが客引きをやっているからには、早くて明日からこの店は客が来るはず。

それも客が来ればいつもより美しいランが相手をする。

今日も何かあった時の為に喫茶店のソファ席で医学書を広げている。

ウィリアムが自分自身が魔女である事、ウィリアムに迷惑をかけたくない事、ウィリアムと一緒にいたいと願った事で、自分の夢をあきらめたランの事を応援しないわけがない。

それでも心配なものは心配で今日は目の届く範囲で医学書を広げていた。

「そういうお前もあのお嬢さんの事が心配なんだろ

おれの都合みたいに言うんじゃねぇ」

ランに淹れてもらった紅茶を飲みながら今度はウィリアムがローににやりと笑いかけると、不機嫌そうに視線を逸らして恋歌たちが向かった街の方角に視線を向けた。