恋歌がちらりとシリウスを見れば、このままでも平気だと前足を振ったのが見えた。

≪シリウスと遊んであげて

その代わりあまり遠くへ行かないでね≫

「え！？いいの！？」

”ありがとう”と満面の笑みを浮かべながら恋歌に抱き着き、シリウスを抱えて少し離れたところにあるベンチに走っていった。

「ふぅ、ごめんなさいね」

困ったように頬に手を当てて謝ってくるが、気にしていないと恋歌は首を横に振る。

「お嬢さん、おれにも紅茶をくれるかい？」

娘の後を追うように母親が恋歌から離れた瞬間、１人の男がぬっと目の前に現れ、照れたように顔を赤くしながら注文をしてくる。

急に現れた男に驚いた恋歌だったが、すぐに頷いてベポの方に向かう。

「ありがとな」

恋歌から紅茶を受け取った男はお金を渡したが、立ち去る様子はなくなぜかもじもじとしている。

「あ、あんた！その…！「おれにも紅茶くれ！！」」

「おれにも！！」

『！！』

最初に紅茶を受け取った男が何かを言おうとした瞬間、どどどっ、と周りで見ているだけだった男たちが押し寄せてきて、最初の男は押しつぶされた。

恋歌は一瞬驚いたように固まってしまったが、慌ててベポの方に戻る。

「(さすが恋歌)」

望んでいた状況になったとシャチがにやりと笑った事に誰も気づかなかったが、話のできない恋歌を助ける為にシャチもベポの元へ。

「はいはい、並んで並んで！

これは恋歌が渡してな」

おそらく話しかけにくい恋歌に誰が一番最初に話しかけるかを牽制し合い、男が１人話しかけそれにもにこやかに対応した恋歌に、今だと傍観していた男たちが押し寄せてきた。

この格好で外に出た事ですらローの機嫌を損ねているのに、街の男たちがもし恋歌に触れようものなら自分たちの命が危ない。

「あ、あの…名前を…「はーい、商品受け取ったらすぐに退いてくださーい」」

「どこに住んで…「次の人どうぞー」」

商品は恋歌から受け取れるが、それを受け取る時に何かを必死に話しかけようとしている。

しかしそれはシャチとベポに阻止され、順調に商品はなくなっていく。

恋歌に話しかける事が容易ではないと気づいた男たちは、恋歌が持っている看板に書かれている店の名前を心に刻み、どこにその名前の店があっただろうかと考え始めている。

「(よしよし、計画通り)」

息を飲むほどの美少女である恋歌に関心がない男などいない。

しかも容易に話す事も近づくこともできないとなれば、働いている店に行くしか方法はない。

「(元の素材がいいのもあるけど、おれが可愛くしてんだ

無視なんてできるわけないよな)」

元々化粧などしなくとも可愛い恋歌を、男心を理解しているシャチが化粧も髪型もセットしている。

これも計画通りだと内心自分の技術が認められているようで嬉しい気持ちがある。

「あ、売切れちゃった」

「おー、なかなか早かったな」

持ってきた商品がすべて売れ、恋歌と嬉しそうに笑い合っている。

「(宣伝はこれで十分なはず

後は…)

よし、じゃあ帰ろうか」

「アイアイ！！」

一瞬気になる場所に視線を向けて、今日のところは何もなさそうだと、待っている２人の背中を追いかけた。