喫茶店から出発した時刻はおやつの時間の少し前。

街の人たちはお昼休憩から仕事に戻り、各々の仕事を始めている時間。

だが、昨日ペンギンとシャチが見張っていた時にあった活気が今は静まり返っている。

「(星を魅了する容姿、か

もうこれは納得だわ)」

今まで別の魔女に出会った事がなかったので、声の事はともかく恋歌の容姿の美しさは特別な事ではないと思っていた。

魔女ではなくとも美しいといわれる女性はたくさんいる。

しかし今の周りの視線を独り占めにしている恋歌は、星を魅了する容姿と言われて納得せざるをえない。

「恋歌」

『？』

シャチが前を歩いている恋歌に声をかけると、足を止めて首を傾げている。

「おれかベポから離れるなよ」

変装はとっても声は出さないようにしている恋歌はシャチの言葉に笑顔で頷く。

老若男女、子ども以外のすべての視線を集めている恋歌は、その視線を気にしていないようにベポと楽しそうに歩いている。

「(これはこれで大物だな)」

これだけの視線を受けて堂々と歩いている恋歌の後ろを歩きながらあたりを警戒し、街の一番目立つ場所に辿り着いた。

「じゃあこの辺で始めようか」

「そうだね

じゃあ恋歌これ持って」

ベポに渡された薄い木の板で作られた喫茶店の名前が書かれた看板を恋歌が持ち、ベポが売り物を持ち、シャチがメガホンを構えた。

「さぁさぁ、この街で一番美味しい紅茶だよ！」

大きな声で紅茶の成分・効能、軽食の種類を言いはじめ、恋歌に集まっていた視線がシャチに集まる。

シャチのうまい言い回しと、興味を惹かれる内容に、ぱらぱらと客が集まりはじめた。

「白クマが売り子…」

「可愛い…」

「子犬もいる…」

美少女、子犬、白クマ、陽気な男という不思議な組み合わせに、おそるおそる近寄ってくるがにこにこと笑っている恋歌とベポに、子ども達から警戒心がどんどんと薄れ、子ども達用に準備していたジュースやお菓子を渡すと、嬉しそうに家族の元へ帰っていく。

「おねーさん、その子…触ってもいい？」

恋歌の肩に乗っているシリウスを触りたいと、女の子がスカートを引いてきたので笑顔で頷いて膝をついてしゃがみ、シリウスを女の子の手に乗せてあげると瞳をきらきらと輝かせた。

元は手のひらサイズのシリウスだが、子どもの手では両手で持ってちょうどいいサイズ。

「この子のお名前は？」

≪シリウスだよ≫

「…？」

メモにシリウスの名前を書いて見せれば、女の子は不思議そうに首を傾げた。

「おねーちゃん…お声、出ないの？

どうして？」

「こら！やめなさい！」

女の子の質問に答えようとして紙に字を書こうとしたが、女の子の母親らしき人物が現れ女の子に注意をした。

「ごめんなさいね…」

申し訳なさそうに謝ってくる母親に笑って大丈夫だと手を振ると、なぜか母親の頬が赤く染まり口をぽかんと開けたまま固まった。

「あ、えっと…お詫びと言ってはなんだけど、紅茶をいただこうかしら」

『！！』

思いがけず紅茶が欲しいと言われ驚いたが、すぐに立ち上がってベポの元に急ぐ。

≪紅茶一つもらっていい？≫

「はーい」

ベポに紅茶を一つ渡され、待っていてくれる母娘の元へ戻った。

「ありがとう

これお代ね」

ちゃりん、と恋歌の手にお金を渡すと、大事そうにそのお金を握り締めてぺこりと頭を下げた。

「ほら、この子はお姉ちゃんに返しなさい」

「やだ！」

紅茶を貰って立ち去ろうとした母親だったが、娘がシリウスを抱えたままという事に気づき、シリウスを離すように言うが胸に抱え込んで嫌だと首を振っている。