男に言われたのは自分の妻である女の手伝いをすること。

しかも売上が落ちている原因まで解消しろという無茶ぶりつき。

だが、それがローに医学を教える条件だと言われれば、恋歌に断る理由はなかった。

しかし声を出す事はローから許可が下りず、話せない、ということで突き通し、話せなくともいいという女の一声で恋歌は２階でローが医学の勉強をしている間、１階で喫茶店で手伝いをすることになった。

「あら、やっぱりよく似合うわ！」

『(これはちょっと…可愛い、かも)』

女、ランと名乗る喫茶店の店主は、制服があると言いキッチンの裏にある更衣室で着せ替えタイム。

ランが渡してきた制服に着替えると、ランは似合っていると喜んでいる。

恋歌も意外と可愛い制服に、何度か鏡の前でくるくると回っている。

渡された制服は所謂メイド服に似た作りで、黒の膝丈のワンピースにフリルのついた白の腰エプロンを後ろで蝶々結びにしており、タイツは黒。

最後に可愛いエナメルの黒い靴に履きかえると、すぽん、とまだかぶっていた帽子を取られた。

「…綺麗な髪ね」

恋歌のさらさらの髪に指を通し、邪魔にならないようにまとめてやり、ヘッドドレスをつけてやれば完成だとランが嬉しそうに笑う。

「さ、あの人の言う事は気にしなくていいわ

一緒に働いてくれるだけで嬉しいから」

男の要望は客足が遠のいた理由までを探る事だったが、ランは一緒に働ける事が嬉しいようで、さぁさぁと背中を押す。

がちゃりと更衣室の扉を開けてキッチンに戻れば、まだカウンターに座っていたローが恋歌を見てぽかんと口を開けたまま固まった。

「意外と似合ってんじゃねぇか

その眼鏡もとっちまった方がいいんじゃねぇ？」

「それはだめよ

ね、海賊さん？」

「…あ、ああ」

目が見えないほどの厚い眼鏡はとった方がいいのでは、と男が提案するとそれを拒絶したのはランだった。

≪どこか変？≫

「いや…似合ってる」

固まっているローに不安そうな顔で聞けば、帽子を目深にかぶって首を横に振った。

「ふふ、可愛いわよね

似合ってないなんて言おうものなら帰ってもらうところよ」

「(これで接客…)」

まさかこんな格好で接客をさせるつもりだったとは思わず、可愛い恋歌が接客をするという事に嫌な予感しかしないが、本人が本気で嫌がっていないのであれば今のところやめさせることはしない。

「じゃあ小僧は上に来い」

がたん、と椅子から立ち上った男に続くように立ち上がったローだったが、階段を上っていく男をすぐに追う事はせず、カウンター越しに恋歌を手招きで呼んだ。

「巻き込んで悪い…」

女手が必要と言われ、簡単な手伝い程度かと思っていたが、こんな長期間の滞在になるとは思っていなかった。

それでもローにも譲れない事があり、恋歌も拒否をしなかった。

≪いいんだよ

ローの役に立てるなら嬉しい≫

気にしていないといつもの様に笑う恋歌に、どこか心が軽くなったローは恋歌の頬に手を添え、すり、と軽く撫でる。

「何かあれば言え」

今は接客と客足が遠のいた理由を探れと言われているだけだが、恋歌を危険に曝してまで医学の勉強を優先するつもりはない。

恋歌が頷いたのを確認して、男の背を追うように２階へ続く階段を上っていった。

「そんな危険な事なんてないわ

それにね、あの人には言ってないけど…お客さんがここから離れた理由には心当たりがあるの」

困ったように笑うリンに首を傾げていれば、そろそろ開店の時間だと言われ、開店の準備を教えてもらいながら今日も営業を開始した。