じっと少女の膝を見た恋歌は、近くに立っている女騎士に≪綺麗な水持ってきて≫と書いたメモを見せた。

「…貴様、自分の立場をわかっているのか」

こめかみに青筋を浮かべた女騎士は、剣の柄に手をかけるが、ふい、と視線をそらした恋歌は、ぱたんと本を閉じた。

「水を持ってこなければ、ここで作業をやめるということか」

女騎士の言葉に頷けば、怯えている少女と平然としている恋歌を何度か見てから小さくため息をついた。

「わたしはお前から離れる事は許されていない

頼んできてやるから作業は続けろ」

扉の外にいる別の中頼もうと、くるりと踵を返した女騎士だったが、くい、っと手を引かれて自分より低い位置にある恋歌の顔を見下ろした。

≪綺麗な布も≫

「…わかった」

ふんわりと笑う恋歌に、眉間に皺を寄せた女騎士は、今度はすぐに返事をして軽く扉を開け、扉の外を警護している別の女騎士に伝言をした。

「あ、あの…」

女騎士が先ほどと同じように壁に寄りかかっているのをちらっと気にしながら、連れてこられた少女が恋歌のスカートの裾を軽く引いた。

『？』

おどおどしている少女の腕にはいくつも注射痕があり、何度も血を抜かれているのだとわかってしまった。

『(何度も血を抜かれていても痩せたりしていないのは、ここの食事のせいか…

おそらく何度も血を抜けるように、連れ去った子には豪華な食事を与えているんだよね…)』

目の前の少女は痩せ細っていたりはせず、見た目的には健康体に見える。

実際恋歌も豪華な食事を出され、手荒な真似はされていない。

「あ、あまりあの人の事…怒らせない方が…」

『(ああ、たしかに怒らせたら…殺されちゃうかも、だしね…)』

女王の言葉に首を振った時に侍女を殺したのは今傍にいる女騎士ではないが、おそらく命令されればあの女騎士も同じことをするのだろう。

それを危惧しているのだろうとは思うが、なぜか恋歌はここにいる女騎士は大丈夫だという確信があった。

≪大丈夫だよ

そんなことよりあなたのお名前は？≫

にこっと笑って紙に字を書いて見せると、わずかに頬を染めた少女がゆっくりと口を開いた。

「わたしは…フィーリ

あなたは？」

≪わたしは恋歌

よろしく≫

「うん…こちらこそ」

お互いに名前を教え合い、少しだけ笑ってくれたフィーリに恋歌も笑顔を向けると、フィーリはぱっと視線を逸らした。

「恋歌って…綺麗、だよね」

≪ありがとう

フィーリも綺麗だよ≫

同性ではあるが恋歌の笑顔になぜか照れてしまったらしく、また顔を赤くして両頬を押さえている。

だが、フィーリも綺麗な青い髪が肩口で切り揃えられ、目鼻立ちははっきりしており、恋歌より少し年齢が上だろうフィーリは可愛いより綺麗という言葉が似合う。

「あ、ありがと…

でも恋歌はこう…別の綺麗さで…」

『？』

身振り手振りで何かを説明しようとしているフィーリだが、恋歌には伝わらず首を傾げている。

２人で話している間に恋歌が頼んだものが到着したらしく、いつのまにか女騎士が傍に立っていた。

「おい、これでいいんだろ」

ぽん、と恋歌の前に綺麗な水の入った桶を置き、真っ白な布を恋歌の手に乗せた。

ありがとう、という意味を込めて女騎士に微笑むと、なぜか女騎士はぐっと言葉に詰まったような顔をして、ふいと視線を逸らした。

その顔が心なしか少し赤いような気がしないでもない。

「(まさかこの人も…)」

フィーリはそのことに気づいたようだが、びりびりと綺麗な布を半分に裂いている恋歌は気づいていない。

とんとん、と怪我をしていない場所の足を恋歌に叩かれ、意味を理解したフィーリは恋歌に傷が見えるようにスカートの裾を上げて傷を診せた。

綺麗な水を含ませて硬く絞った布でフィーリの傷の血と汚れを軽くふき取っていく。

半分に引き裂いた布を包帯代わりに、綺麗にした傷の上にくるくると布を巻いて手当てをした。

「あ、ありがとう」

ぴっちりと巻かれた包帯に、感心しながらお礼を言えば、恋歌はにこっと笑って、閉じた本をもう一度開いた。