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私がいきなり見知らぬ子供を抱えて帰ってきて、使用人たちは大層驚いていた。あまり外にも出ず必要最低限の使用人しか雇わず、絵ばかり描いているような男だから、無理もない。
普段は滅多に使うことのない客人用の部屋に向かって、ナマエをベッドに降ろしてやった。落ち着かないようで不安げに部屋の中をきょろきょろと見回している。
「大丈夫、何もしないよ。心配いらない。まずは医者に診てもらおう」
優しく諭すように語りかけると、私の目を見つめながら小さくこく、と頷いた。
それから使用人に医者を呼ぶように指示を出した。何かこの子が着られそうな服がないか、あれば着替えさせてやってくれとも頼んでおいた。女の子なのにあんなボロ切れのような服ではさすがに可哀想だろう。
私が一旦部屋をあとにしようとした時、ナマエが私の服を小さな手でぎゅっと掴んだ。
「やだ…行かないでっ」
一緒にいて、と縋るように私を見つめる瞳と目が合う。
「…少ししたらすぐ戻ってくるから。大丈夫だよ。今からこの人たちが君を着替えさせてくれるから、私がいちゃだめだろう?」
「…だめ」
ナマエの返事に思わずふふ、と笑みが零れた。子供なんて煩いだけだと思っていたけれど、素直で可愛いところもあるのだなと思った。
安心させるように優しく頭を撫でてやってから、あとは頼むと使用人たちに告げて部屋を出た。
医者は案外すぐに到着した。ナマエはまた人を怖がってなかなか答えようとしなかったけど、私が大丈夫、と促してやると渋々重たい口を開いた。
問診は医者だけでなく私もナマエについて知る機会となった。その華奢な見た目から十代前半くらいかと思っていたが、ナマエは十六だった。普通なら学校に通っている年齢だ。結婚について考えてもいい時期でもある。それから医者が家族歴について尋ねようと私に向き直った。
「…その子は養子です。血の繋がりはありません」
私がそう言うと、医者はそれは失礼しましたと慌てて返事をしていた。養子にするなんて決めたわけではなかったけれど、ナマエの前でなぜか他人ですとは言いたくなかった。
ナマエから症状を聞いた医者は、呼吸器系の病気かもしれないと言う。聴診器を取り出して背中を見せてくれますかと尋ねられる。
「ナマエ、できるかい?ちょっとだけ後ろを向いて」
私が視線を送ると、ナマエは急にひどく怯えた表情になった。身体ががたがた震えている。
「ナマエ…?どうしたんだ、大丈夫だよ。何も痛くない、見せるだけでいいんだ」
「やだ…っ怖い…」
怖い、怖いと何度も呟く。ナマエが嫌がることはしたくないけど、聴診には必要不可欠だ。
「少しだけだから、ね?すぐに終わるよ。大丈夫、私が傍にいるから」
私がしっかり目を見て伝えてやると、まだ身体は震えているもののようやく分かった、と口を開いて、くるりと後ろを向いて座り直した。年頃の娘だ。恥ずかしいと思うのも仕方がない。
「ちょっとだけ捲るよ?」
「うん…」
ナマエの返事を聞いてから先程着替えたばかりのシャツに手をかけて少しだけ上に捲りあげる。
「……っ!」
ナマエの背中を見て、思わず息を呑んだ。
白い肌にくっきりと残る痛々しい数字の烙印の跡。
嗚呼、だから初めて会った時に私を売るのかと、聞いてきたのか。昔から人身売買というものがあることは知ってはいたが、自分には関係ないものだとばかり思っていた。まさかまだこんな少女が商品として売り飛ばされていたなんて。悔しさや腹立たしさ、悲しみが混ざりあった形容し難い感情が私を支配して、ぎりっと唇を噛み締める。この子が一体何をしたというのか。
医者もそれを見て目を見張っていた。続けてください、と小さな声で促す。
「ひ…っ!」
聴診器を押し当てられた冷たい感触にナマエが身体を強ばらせた。
「ナマエ…ごめんね、あともう少しだから。大丈夫、痛くないよ。深呼吸してごらん」
少しでも安心させようとナマエの肩を撫でて優しく声をかけてやると、私の腕をぐっと掴んでから大きく息を吸った。こんなに小さいのに、本当に強い子だと思った。
もういいですよ、と医者が言ってすぐにナマエの服を整え頭を撫でてやると、私にぎゅっと勢いよく抱きついてきた。
「…よく頑張ったね。ナマエは本当に偉い子だ」
私がそう言うと堪えていた涙が抑えられなくなったのか、ぐずぐずと泣き出してしまった。背中をぽんぽんと子供をあやす様にしてやると、私の胸に擦り寄ってくる。
この子を守ってやりたい。確かに私はその時そう思った。この気持ちは決して、可哀想な境遇を知ってしまったからなんて理由から来たものではない。
医者からは喘息だと診断されたが、きちんと薬を飲んで安静にしていれば一週間ほどで良くなるそうだ。その説明にほっと胸を撫で下ろした。治らない病気だと言われたらどうしたらいいのかと不安だった。もうこれ以上人が死ぬところなんて見たくない。
「ナマエ。元気になったら、ナマエはどうしたい?」
夜眠る前に再びナマエが寝ている部屋を訪れて、薬を飲ませた後に聞いてみた。そんなこと考えたこともなかったという風に目を丸くして私を見つめている。
「すまない、まだこんなこと考えられる状況じゃなかったね」
今の話は忘れてくれと言い、おやすみと部屋を出ようとした私の手をナマエが掴んだ。
「…私は、ジョゼフさんといたい、です」
申し訳なさそうな、恥ずかしがっているような顔をして私を見上げるナマエを見て、私は決めた。この子を家族として迎え入れよう。もう二度と悲しい思いはさせない。私がナマエを世界で一番幸せにしてやりたいと。
「私もだよ。…私たち、家族になろうか」
「家族…?」
「そう。家族。私がナマエのお義父さんになったら、嫌かな?」
父親といえるほど歳が離れているわけでもなかったけれど、今のナマエには親の温もりが必要なんじゃないかと思った。
私の言葉を頭の中で何度も繰り返しているみたいに黙り込んでしまったナマエを見て、やっぱり父親は嫌か…?兄の方が良かったかな、なんて考えていたら、みるみるうちに目に涙を浮かべ始めた。
「ナマエ!?どうしたんだっ、すまない、お義父さんなんて要らなかった…?」
急に泣き出したナマエを泣き止ませようとごめん、と何度も謝っていると、違うの、と震えているけど嬉しそうな声が返ってきた。
「違うの…っ嬉しくて泣いてるの…!家族なんて、いたことなかったから…」
そう言ってナマエは嬉しそうな笑顔を見せた。笑っているところ、初めて見たな。子供らしく可愛い表情に、こちらまで頬が緩む。
「そうか。なら良かったよ」
「うん、お義父さん…私のお義父さん…」
新しい単語を初めて覚えた子供みたいに何度もおとうさん、と呟くナマエが愛しくて、そのままベッドに横になるナマエの額にちゅっ、とキスを落とした。
「…今のは何?どういう意味?」
「おやすみ、のキスだよ。家族はこうするんだ」
私がそう言うとナマエはまた嬉しそうに微笑んだ。
幼い頃はいつも母がこうして眠る前に私とクロードに愛してるわ、とキスをしてくれたな、と思い出す。親になるとこんなにも愛しさを覚えるものなのか。一生私がこんな感情を知ることはないと思っていた。
「…おやすみ、ナマエ。今日はぐっすり眠るんだよ」
「はい、お義父さん。…おやすみなさい」
最後にもう一度キスをしてあげて、明かりを消して部屋を出た。
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