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母国からイギリスに亡命して十数年。この街は少しの間で随分と変わった。豊かな市民が増え、街は活気に溢れている。
ひたすら絵に没頭していた私はあまり人通りの多い場所が好きではなかったが、その日はあまり筆が進まなかったから、気晴らしにと久しぶりに街へ出た。
喫茶店のテラスで紅茶を片手に噂話に花を咲かせる人や、路上で通行人に新聞を配る青年を通り過ぎて、特に目的もなくただただ歩いていた時。ふと目に入った路地裏に、壁に身体を預けるようにして俯いている人影があった。その身体付きは遠くから見ても分かるくらいにとても小さい。まだ子供じゃないか。いくら中産階級が増えたからと言っても、まだこんな貧困に喘ぐ子供がいるのがこの街の現状らしい。
嗚呼、可哀想だな。
私が感じたのはこれだけだった。私はこの子を助けてあげたい、何とかしてあげたいなんて思えるような優しく余裕のある大人ではなかった。だから何事も無かったかのように通り過ぎようとしたのに、思い出したくもないけれど、確かに聞き覚えのある声が耳に届いた。
「はっ…はぁ…っ」
思わず足が止まった。げほげほと何度も咳を繰り返し肩を上下させる苦しそうな息遣いに、今でも夢に見る、あの頃の記憶が思い出された。
嗚呼、クロード。どうして私を置いていってしまったのか。なぜ私でなくクロードだったのだ。ずっとこれからも一緒に生きていくと、信じて疑わなかったのに。
この子もクロードと同じ未来を辿ってしまうのだろうか。まだ生きているこの子も。あの頃の私がクロードのためにできたことなんて、必死に生きようともがく彼の手を握って、大丈夫だよなんて確証のない言葉をかけることだけだった。
でも今の私は違う。この子を救うことができる。クロードの面影を重ねて、ただ罪滅ぼしをしたかっただけなのかもしれない。けれど私は、気づけば小さな身体で生きようとするその子の前に膝をついていた。
「君、名前は?」
「…はぁ…っ誰…」
「…!」
俯いていた顔をあげ、初めて目が合って驚いた。その子は女だった。警戒心を剥き出しにして、苦しそうな表情で私から離れようと身体を動かしている。
「大丈夫、怖がらないでくれ。私は君を助けたい。一緒に来てくれないか」
私がそう言えば、彼女は目を見開いた。信じられないと言いたげに大きな瞳で私を見つめる。
「なんで…」
「何でだろうね。理由は特にないけど、それじゃだめかな?」
いつの間に平気な顔で嘘をつくようになったのかと自嘲しながら、君を見て死んだ兄弟を思い出したから、なんて言葉は胸の内に閉まっておいた。
「…私のこと、売るの…?」
怯えた表情で私に恐る恐る尋ねてくる。一体この子はどんな人生を歩んできたのか。まだこんなにも小さくか弱いのに、きっと私が想像もできないような辛いことをたくさん経験してきたのだろう。胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
「そんなこと、するわけないだろう…」
誰かのためにここまで感情的になっている自分に驚いた。悲しみなんてとうの昔に忘れてしまったと思っていたのに。
「…ナマエ…」
「え…?」
私を見つめていた彼女が突然口を開いた。
「私の名前…」
そう呟くと、再び彼女は苦しそうにげほげほと咳き込んだ。
「そうか、ナマエというんだね。いい名前だ」
私が微笑んで言えば、はあはあと荒い息を繰り返しながらも、少しだけ嬉しそうな表情を見せた。
「お兄さんは…?」
「私はジョゼフ」
「ジョゼフさん…?」
「そうだよ。…辛いだろう、そろそろ行こうか」
こくん、と緊張した面持ちで頷く彼女に自分の外套を羽織らせて、その小さな身体を抱き上げた。
そのまま薄暗い路地裏を通って屋敷を目指す。きっと怖がってしまうだろうから、大通りには出なかった。
ちゃんと回復するだろうかとか、もし元気になったらその後はどうしたらいいのかとか、今から考えることはたくさんあったけど、きっとこの子となら上手くやっていける。
確証はないけれど私はその時強く、そう思ったのだ。