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鯰骨

事は洗濯物を干すときに起きた。
昨夜は俺の家に泊まりに来ていた骨喰に、洗濯が終わった衣類を俺が朝食を作っている間に干しておいてと頼んだのが始まりだった。
さほど量があったわけではない。
朝食の用意ができるまでには干し終えるだろう、そう思っていた。
皿をテーブルに並べながらチラリと庭を見たときに俺が見たのは、可愛らしいフリルがついた自身の下着を干そうとする骨喰。
余談だが、その下着は前に俺が雑誌を持ち寄りながら「こんな感じの、骨喰に似合いそうだよね」と言ったところ似たようなフリルがついた下着を用意して履いてくれるようになったものだ。
一見色気には無頓着に見える骨喰がこんな可愛らしい下着を履いていることになんともいえないぐらいに堪らないと男である自分が叫ぶ。
だが今重要なのはそこではない。
「待って骨喰、そこに干しちゃダメ!」
洗濯挟みで下着を挟もうとする骨喰を止める。
「? ダメなのか?」
俺の言い放った言葉に疑問を浮かべる骨喰。
骨喰の干し方は特にこれといって問題はない。
ある一点を除いて。
「いーい? 骨喰の下着はこうやって外側から見えないように干すの」
骨喰からフリルのついた下着を受けとると、靴下やハンカチやミニタオル、それと俺の下着に隠れるように骨喰の下着を洗濯挟みで止める。
「こういうふうに干してね」
「どうしてそうする必要があるんだ?」
俺をからかっているのかと思われる台詞なのだが、もうずっと前からの付き合いだからわかる、本気で言っているのだ。
「どうしてって…骨喰は女の子なんだから」
「女だと何があるんだ」
「あーだからー…」
一体どんなプレイなのか、俺の口から説明させるのか。
「女の子の下着を狙う奴とかいるんだよ…」
「下着泥棒というやつか」
ここまで言わせてようやく理解できたらしい。
目の前の骨喰は「なるほど」といったジェスチャーをする。
彼氏としてはもう少しこういったことに危機感を持ってもらいたいのだが。
「だが理解できないことがある」
「…今度はなーに?」
経験上、こういうときに骨喰はどうでもいいことにやたら疑問を持ったりすることが多い。
もう毎度のことなので聞き流す程度に聞いてみることにした。
「女物の下着が欲しいのであれば買えばいい。何故わざわざ使用済みを盗む必要がある?」
えぇと、これは突っ込み待ちであろうか?
鈍いにも程があると突っ込みたいのを我慢する。
骨喰を顔を直視せず、顔を背けてとりあえず疑問には適当に答えることにした。
「お、男が女の子の下着の店に入るわけにはいかないだろ?」
「今は通販があるだろう? それに使用済みは衛生的にも問題がある」
頼むからその綺麗で可愛らしい口から何度も“使用済み”という言葉を出さないでほしい。
なんだか骨喰を汚している気分になる…。
「世の中にはその“使用済み”に拘る輩がいるの! 女の子にはわからないかもしれないけど!」
顔から上半身すべての熱が放たれるような感じがする。
もういい加減わかってほしい。
女の子が履いた下着が男にとってどれほどのものなのかを…。
干したばかりの骨喰の下着が視界に入り、思わず視線を逸らす。
「なら…」
俺の叫びを聞いた骨喰が口を開く。
「鯰尾もその“使用済み”が欲しくなったりするのか…?」
「――えっ」
思いもしない質問が骨喰から発せられ、俺はつい声を漏らす。
顔を骨喰に向き直すと、そこには邪な考えなど無いといえるような、純粋に疑問だけを求める顔。
骨喰の今の質問を頭のなかで繰り返す。
―骨喰の使用済みの下着が欲しいか?
…正直に言おう、力と骨喰の下着どちらが欲しいかと言われれば迷うことなく骨喰の下着が欲しい。
それこそ喉から手が出るほどに。
しかしわかってる、そんなこと本人に言えるわけがない。
だが骨喰の下着と考えると、下着泥棒の気持ちも少しだけ…本当にほんの少しだけわかってしまうのが悔しい。
…俺はもしかして無自覚な所謂変態というものだったのだろうか?
「ほ、欲しいかはさておき、骨喰の下着は他の誰にも渡したくないから!」
半分自棄が入りながら答えを返す。
我ながら無難な返しかと思ったのだが…、そう言った直後に数秒間固まった骨喰を見て、もう一度自分が言い放った言葉を思い返して、やってしまったと反省する。
何だ、“誰にも渡したくない”って…。
まるで自分の所有物みたいな。
骨喰に気持ち悪がられる…。
そんなこと思った。
けれど当の本人は洗濯が終わってこれから干すであろう俺のシャツを両手で持ったまま、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「誰にも…渡したくないのか」
「う、うん…」
どう返事していいかわからず、とりあえず肯定だけしておく。
引かれたかな。
「俺の…下着、欲しいか?」
「えっ、あ…な、なにいってるの!?」
本当に何を言っているのだ。
どうして骨喰はそんなことを聞くのか。
頭の中で「下着」と「欲しい」の文字がぐるぐる回る。
「そ、そんなこと言っちゃ…っ」
「鯰尾」
決して大きな声でも制する声でも無かったのだが、静かにポツリと発せられた声に混乱していた俺の時間が一瞬止まる。
やがて骨喰が俺の方をきちんとみつめながら、改めて質問する。
その顔は顔が朱に染まり、口元はキュッと結ばれていた。
そしてその固く閉じられていた口が開く…。
「欲しいか…?」
「あ、えと、その……欲しい…です……」
真面目なトーンの骨喰につれられ、つい正直に返してしまう。
最後の方はもう骨喰のほうなんて見ていられなかった。
体が縮こまると共に瞳だけ地面に向けていた。
そんな様子を見ていたであろう骨喰は「そうか」とだけ言う。
どうしていいかわからない空気が続く。
しかしそれを打破したのは骨喰だった。
「だが今は使用中でもうひとつも干してあるからダメだ」
「あ、うん、そうだね…」
「だから欲しいのなら夜まで待って欲しい」
「ん、そうだね……え!?」
どういうことだ?
骨喰は何を言っているのだ…!?
夜が…なんだって?
「骨喰! それどういう…」
俺の言葉が終わらないうちに空腹時に聞き慣れた音が聞こえた。
「早く干し終えて朝食にしよう」
「あ、あああの骨喰ぃ!」
「目玉焼きは頼んだ通り半熟にしてくれたか?」
「したけど…したけどさ!」
口をパクパクさせたままの俺を見て、骨喰は僅かに笑みを浮かべる。
「ようやく鯰尾から一本取った」
「…!! 骨喰!」
やられた。
骨喰は俺から使用済みの下着の価値について知ると否や、俺をからかっていたのだ。
一見純粋でうぶな態度かと思えば、俺はずっと掌で踊らされていたのか…。
完全にやられた…と言いたいのだが、テキパキと洗濯物を干す骨喰の横顔はどこか照れているようにみえる。
これはもしや最初はからかうつもりは無かったが、俺が都合よく転がされたのを見てうまいこと利用した…といったところか?
あの骨喰がここまで思い通りに器用に人を操作できるとは、本人には悪いがとても思えない。
けれどあの嬉しそうな顔を見たらどうも水を差す気にもなれないから、今回は骨喰にやられたということにしておいてあげよう。
「それ干したら戻ってきてね。ご飯用意してるから」
「わかった」
さて、今夜どのように“お返し”してあげようか…。
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