語りまとめ
連載から20年。
大人になって改めて、『レイアース』を読むと、「それって、いったい、どういうことなの」って、興味を抱いたり、疑問を抱いたりすることがいくつも出て来て、どんどん妄想が進んで行ってしまう……そんなことって、きっと、このブログにアクセスして下さっている皆さんなら、多々あることと思います(笑)。
私にとって、そんな「それってどういうことなの」の一つに、レイアース2の最後、クレフによる創造主の心理解説の一節、
「もしセフィーロに変化を望まないのなら、側に別の摂理形態を持つ国など置かない」
があります。
クレフいわく、モコナは密かにセフィーロ「柱制度」の変化を望んでいたからこそ、周りにオートザム・チゼータ・ファーレンみたいな違う制度を持つ国を置いて、魔法騎士をわざわざ「異世界」から招喚されるような仕組みにしてたんじゃないかと。
この台詞を読むと、
……ということは、オートザムもチゼータもファーレンもあらかじめ、モコナがそれぞれの国の制度とかあらかじめ決めた上で作ったってことなのか?
それぞれの国が独自に文化を発展させて、歴史を積み重ねた上で、今の制度ができあがった……とかじゃなくて、あらかじめ、オートザムは大統領制、チゼータは王制……って決めた上で作られたってことなのか??
みたいな。
そんな疑問が浮かんできます(「摂理」と「制度」は違うので、解釈が難しいところではあるんですが)。
例えば、オートザムは、大統領がいるからには、民主制の国だと思うんですけど。
地球生まれ地球育ちで、世界史の受験勉強とかしてた私からするとですね……民主制って、民衆が王をぶち倒して、「権利は王様だけのものじゃない!みんなのものだ!」って宣言して生まれてくるもんだっていう感覚が強いわけですよ。
民主主義みたいなものが生まれて来るまでには、ある程度の歴史が必要であるというイメージが強い。
でも、クレフの台詞を見ていると、オートザムってもしかしたら、最初から民主制でスタートしてるのかもしれません。
地球だと、帝政だって、王政だって、誰かが権力を握るまでの歴史の上に成り立っているわけですが……もしかしたら、ファーレンは最初からアスカ様の一族が覇権を握っていたのかもしれない。
そう考えると、何か、レイアースって、本当に、地球とはまったく違う形で世界が成り立ってるんだなあ~という感じがします。
確かに、モコナがセフィーロを創った経緯を考えると、セフィーロとかオートザムが存在している世界って、比較的新しいはずなんですよね。
地球に民主制が生まれたり、環境破壊が始まったり、世界大戦が勃発したりした後に世界を作っているはずなので……。
創造主なので、時空なんていくらでも操作できそうですけど。
クレフの台詞を読むと、モコナは、地球の歴史がある程度進んだ時点で、地球の中にある幾つかの制度(君主制とか、民主制とか)をピックアップして、セフィーロの周りの国に当てはめながら世界を作って行った……みたいなイメージが沸いてきます(私は)。
となるとですよ。
オートザム・チゼータ・ファーレンといった国々が持っている歴史や文化って、それぞれの国が培ったものというよりは、モコナがセフィーロとの差別化を図るために、それぞれの国に「当てはめた」ものなんじゃないかっていう予想が成り立つ気がします。
モコナが全部、歴史書とか書き上げてる、みたいな。
もしそうだとすると、完全に、あの異世界って「セフィーロありき」の世界で、モコナは最初にセフィーロを創って、その後に、そのセフィーロに変化をもたらす可能性のある場所として、オートザムとかチゼータとか作って行ってることになる。
仮にそうすると、あの異世界って、完全にモコナの箱庭というか……。
"『柱』がいる世界を作って、周りに違う制度のある国を創って、異世界から人間とか来る設定にしたら、いつ、どうやって『柱』っていなくなるのかなー。"
っていうのを試すための、実験場所。みたいな側面があると思うんですよ(いやまあ、地球もそうなのかもしれないですけど)。
そして、そんな箱庭みたいな世界で、最終的にセフィーロからは柱がいなくなり、他の国との交流も始まる。
よかったね、モコナ、目論見達成されてってなるんですけど……。
いや、セフィーロから柱制度がなくなって、モコナの望みが達成されたら、あの異世界の存在意義そのものがなくなっちゃうじゃん。
とか思わなくもないんです。
……みたいなことを考えた結果、レイアース2の後、あの異世界は根本的な存在意義を失い、突然、セフィーロもオートザムもチゼータもファーレンも、同時に消滅し始めるっていう超鬱ストーリーを書き始めました。
……みたいな痕跡が私のPCの中から発見されました。(前置き長いわ)
自分で自分に、「こんな妄想、誰も幸せになんねーよ」って突っ込んでしまいました。
でも、↑みたいな考えは、ずっと頭の片隅にはありまして……。
昨日の日記で、書いた「ザガートには、セフィーロの制度を鼻で笑う天才であってほしい」みたいな発想は、箱庭の内側で、創造主の想定外みたいな人間が生まれて来てたら面白いのに……。的発想の上に成り立ってます。
個人的には、あの異世界の成り立ちにすごく興味あるんですよね。
このブログにちまちま書いてる(更新停止中のorz)『登場人物観』の目的には、一人ひとりを見て行くことで、あの異世界の構造を把握したいっていうところがあります(だから、モコナは最後の最後まで書けない……)。
もちろん、第一の目的は「萌え語りしたい」なんですが(笑)。
まあ、でも、こういう↑のも、レイアースの「世界」への萌え語りみたいなもんですよね。
レイアースは、本当に、人から世界まで、広範囲の萌え語りをさせてくれるので、本当に面白いし大好きです。
大人になって改めて、『レイアース』を読むと、「それって、いったい、どういうことなの」って、興味を抱いたり、疑問を抱いたりすることがいくつも出て来て、どんどん妄想が進んで行ってしまう……そんなことって、きっと、このブログにアクセスして下さっている皆さんなら、多々あることと思います(笑)。
私にとって、そんな「それってどういうことなの」の一つに、レイアース2の最後、クレフによる創造主の心理解説の一節、
「もしセフィーロに変化を望まないのなら、側に別の摂理形態を持つ国など置かない」
があります。
クレフいわく、モコナは密かにセフィーロ「柱制度」の変化を望んでいたからこそ、周りにオートザム・チゼータ・ファーレンみたいな違う制度を持つ国を置いて、魔法騎士をわざわざ「異世界」から招喚されるような仕組みにしてたんじゃないかと。
この台詞を読むと、
……ということは、オートザムもチゼータもファーレンもあらかじめ、モコナがそれぞれの国の制度とかあらかじめ決めた上で作ったってことなのか?
それぞれの国が独自に文化を発展させて、歴史を積み重ねた上で、今の制度ができあがった……とかじゃなくて、あらかじめ、オートザムは大統領制、チゼータは王制……って決めた上で作られたってことなのか??
みたいな。
そんな疑問が浮かんできます(「摂理」と「制度」は違うので、解釈が難しいところではあるんですが)。
例えば、オートザムは、大統領がいるからには、民主制の国だと思うんですけど。
地球生まれ地球育ちで、世界史の受験勉強とかしてた私からするとですね……民主制って、民衆が王をぶち倒して、「権利は王様だけのものじゃない!みんなのものだ!」って宣言して生まれてくるもんだっていう感覚が強いわけですよ。
民主主義みたいなものが生まれて来るまでには、ある程度の歴史が必要であるというイメージが強い。
でも、クレフの台詞を見ていると、オートザムってもしかしたら、最初から民主制でスタートしてるのかもしれません。
地球だと、帝政だって、王政だって、誰かが権力を握るまでの歴史の上に成り立っているわけですが……もしかしたら、ファーレンは最初からアスカ様の一族が覇権を握っていたのかもしれない。
そう考えると、何か、レイアースって、本当に、地球とはまったく違う形で世界が成り立ってるんだなあ~という感じがします。
確かに、モコナがセフィーロを創った経緯を考えると、セフィーロとかオートザムが存在している世界って、比較的新しいはずなんですよね。
地球に民主制が生まれたり、環境破壊が始まったり、世界大戦が勃発したりした後に世界を作っているはずなので……。
創造主なので、時空なんていくらでも操作できそうですけど。
クレフの台詞を読むと、モコナは、地球の歴史がある程度進んだ時点で、地球の中にある幾つかの制度(君主制とか、民主制とか)をピックアップして、セフィーロの周りの国に当てはめながら世界を作って行った……みたいなイメージが沸いてきます(私は)。
となるとですよ。
オートザム・チゼータ・ファーレンといった国々が持っている歴史や文化って、それぞれの国が培ったものというよりは、モコナがセフィーロとの差別化を図るために、それぞれの国に「当てはめた」ものなんじゃないかっていう予想が成り立つ気がします。
モコナが全部、歴史書とか書き上げてる、みたいな。
もしそうだとすると、完全に、あの異世界って「セフィーロありき」の世界で、モコナは最初にセフィーロを創って、その後に、そのセフィーロに変化をもたらす可能性のある場所として、オートザムとかチゼータとか作って行ってることになる。
仮にそうすると、あの異世界って、完全にモコナの箱庭というか……。
"『柱』がいる世界を作って、周りに違う制度のある国を創って、異世界から人間とか来る設定にしたら、いつ、どうやって『柱』っていなくなるのかなー。"
っていうのを試すための、実験場所。みたいな側面があると思うんですよ(いやまあ、地球もそうなのかもしれないですけど)。
そして、そんな箱庭みたいな世界で、最終的にセフィーロからは柱がいなくなり、他の国との交流も始まる。
よかったね、モコナ、目論見達成されてってなるんですけど……。
いや、セフィーロから柱制度がなくなって、モコナの望みが達成されたら、あの異世界の存在意義そのものがなくなっちゃうじゃん。
とか思わなくもないんです。
……みたいなことを考えた結果、レイアース2の後、あの異世界は根本的な存在意義を失い、突然、セフィーロもオートザムもチゼータもファーレンも、同時に消滅し始めるっていう超鬱ストーリーを書き始めました。
……みたいな痕跡が私のPCの中から発見されました。(前置き長いわ)
自分で自分に、「こんな妄想、誰も幸せになんねーよ」って突っ込んでしまいました。
でも、↑みたいな考えは、ずっと頭の片隅にはありまして……。
昨日の日記で、書いた「ザガートには、セフィーロの制度を鼻で笑う天才であってほしい」みたいな発想は、箱庭の内側で、創造主の想定外みたいな人間が生まれて来てたら面白いのに……。的発想の上に成り立ってます。
個人的には、あの異世界の成り立ちにすごく興味あるんですよね。
このブログにちまちま書いてる(更新停止中のorz)『登場人物観』の目的には、一人ひとりを見て行くことで、あの異世界の構造を把握したいっていうところがあります(だから、モコナは最後の最後まで書けない……)。
もちろん、第一の目的は「萌え語りしたい」なんですが(笑)。
まあ、でも、こういう↑のも、レイアースの「世界」への萌え語りみたいなもんですよね。
レイアースは、本当に、人から世界まで、広範囲の萌え語りをさせてくれるので、本当に面白いし大好きです。