Side-C.

02.の1-2年後くらいのイメージです。

* * *

「ねえねえ、見た?」
「何の話?」
「とぼけないでよ。ほら、あの導師クレフの……」
「ああ! 見たわよ。両方」
 導師クレフに武器を届けた帰り、プレセアが城の廊下を歩いていると、こそこそと囁き合う女官たちの声が聞こえてきた。
「兄弟なんでしょ」
「そう、長髪の方がお兄さんで……」
「お兄さんの方がかっこいいわよね。この前、少し話しかけたら、快く答えてくれたわ」
「えーいいな。うらやましい」
「すごく優しい方だったわよ」
 声の聞こえる方へ足を向けてみると、掃除の手を止めて話に夢中になっている女官数人の姿が見えた。彼女たちは、おしゃべりに夢中で、プレセアが近づいて来ることに気付かない。
 導師クレフの下にザガートとランティスの兄弟がやってきてしばらく経つ。彼らは他の魔導師や剣闘師の卵たちとともに、城内の一角に暮らしているが、何と言っても、最高位の導師の弟子だ。導師が弟子を取ったという噂は瞬く間に城内に広がり、今や、彼らの顔を知らない者は城内にいない。
 新しくやってきた将来ある若い男性2人は、城内で働く女性たちの噂話の格好の種だった。
「弟の方はどんな感じなの?」
「うーん。なんか、あんまり……」
「あんまり?」
「声は兄上にそっくりなんだけど、どうも暗くて近寄り難いのよねー」
「神秘的って言うと聞こえは良いんだけどね」
 くすくすと笑い声を漏らす彼女たちは実に楽しそうだ。女性同士の噂話は楽しい。それはプレセアにもよく分かる。延々とおしゃべりができて、盛り上がれば、話の内容なんて何でもいいのだ。導師クレフの弟子だなんて、こんな格好の旬の話題を逃す手はない。
 しかし、今は勤務中のはず。
「こらこら、手がお留守になってるわよ」
 プレセアが注意すると、彼女たちは罰が悪そうに下を向き、すみません、と謝って慌てて手を動かす。プレセアは苦笑して、その場を後にした。
 困ったものね、と呟きながら出口へ向かって更に廊下を進みながら、女官たちに「暗い」の一言で片づけられてしまった彼の無表情を思い出す。あの導師クレフの弟子なのだから、彼の兄のように少しは、世の女性の憧れであって欲しいものだが、彼の性格を考えるとそれも無理のような気がする。プレセアもこの国最高位の創師だ。会う人は大抵、愛想笑いの一つもしてくるものなのだが、彼は驚くほどに愛想がなかった。背は高いが顔立ちにも幼さが十分に残っている少年だ。なのに、若さ、とか、気概、とか、そのようなものを感じさせないほどにあまりに無表情なので、昔、よっぽど辛い経験をしたのかと勘ぐってしまったほどだ(兄にこっそり確認したところ、「あれは元からの性格ですね」と説明された)。表情も乏しければ口数も少ない。プレセアが彼に出会ったのは、彼が城にやって来てすぐの頃で、その後も幾度か彼と顔を合わせているが、彼と交わした言葉など片手で数えるほどしかないと思う。それでも、導師クレフ曰く、「あいつにしては喋っている方」なのだという。
 対して、彼の兄はそれを補うように非常に物腰が柔らかく、人当たりも良かった。城内の評判も上々だ。上々どころか、クレフの弟子になって間もないうちに、他の研修者たちの魔法力をあっという間に追い抜いてしまったその才能と、それを鼻にかけることなく研鑽を続ける謙虚な姿勢は、すでに城内の魔導師や剣闘師たちに一目置かれている。
それだけに弟の不愛想が引き立つわけで、ザガートとランティスの兄弟は色々な意味で注目の的だった。

 ふと、視界の先に見覚えのある後ろ姿が見えて、プレセアは足を止めた。
 後ろ姿だが、あの背の高さと、長く伸ばされた黒い髪は間違いない。件の「兄の方」、ザガートだ。
 城をぐるりと貫く廊下には、壁伝いに丸い窓がいくつも設置されている。彼はそのうちの一つに前に立ち止まり、外を眺めていた。あまりに熱心に見ているので、プレセアが近づくのにも全く気付いていない。
 確か、あの窓の向こうには中庭があったはずだ。ここは二階だから、中庭全体を見渡せるだろう。このまま通り過ぎても気付かなさそうだが、渦中の彼が何をそんなに熱心に眺めているのか気になった。
「何を見ているの?」
 突然声を掛けられて、ザガートは驚いたような表情をしてプレセアを振り返った。
 改めて彼の顔をまじまじと眺める。すっきりとした顔立ちに、切れ長の紫色の瞳が気品を感じさせる。長く伸ばされた黒い髪は艶やかで、端正な彼の顔によく似合っていた。確かに、彼は絵に描いたように「かっこいい」。女官たちが騒ぐのも無理はない。
「これは……ぼうっとしていて、気付きませんでした。申し訳ありません」
 ザガートは申し訳なさそうに眉尻を下げた。続けて小さく頭を下げると、その動作に合わせて、長く伸びた黒髪が揺れる。彼の所作は一つひとつが丁寧でかつ無駄がなくて、優雅という表現がとてもよく似合う。城に来るまでは小さな町で暮らしていたと聞くが、外見と言い、立ち居振る舞いと言い、彼には幼い頃から城で暮らしていた者のような品がある。
「こちらこそごめんなさい。突然声をかけて」
 彼の横に立って中庭を覗く。そこでは子どもたちがエメロード姫を囲んで遊んでいるところだった。いつもと変わらない、平穏な光景である。ザガートは何を見ていたのだろう。首を傾げて背の高い彼の顔を見上げると、彼はじっと中庭に視線を向けていた。
「さっきまで、子どもたちの中に王子も混ざっていたんですが……気付けばいなくなっていて」
「あら、どこへ行ったのかしら」
 プレセアは駆け回る子どもたちの中に幼い王子の緑色の髪の毛を探したが、確かにどこにも見当たらなかった。
「最初は、エメロード姫と王子二人で何かを話していたんです。ところが、途中で子どもたちがやって来て……最初は他の子どもと遊んでいたんですが、しばらくしたら、いなくなっていました」
「なるほどね」
 窓からは、きゃあきゃあという甲高い子どもたちの歓声が漏れ聞こえていた。エメロード姫は、笑顔でそれを眺めている。一人の女の子が何かをねだるようにエメロード姫に近づくと、他の子どもが「ずるい!」という形に口を動かして、我も我もと姫の周りに群がった。
「王子は頭がいいから……きっと、こういう風になるのが分かっていたのね」
「こういう風?」
 プレセアは窓の外でエメロード姫を奪い合うようにしている子どもたちを指さした。
「子どもは誰だってエメロード姫に自分だけを見てもらって、二人で遊びたいのよね。それは王子も同じよ。でも、自分が「僕と遊んで!」ってねだったら、エメロード姫が困ってしまうことを王子はよく知ってる。姫だって、普段はお忙しくてなかなか王子とは会えないから、王子と二人で遊んであげたい気持ちでいっぱいだと思うわ。でも、だめなのよ。他に姫と遊んでもらいたい子がいっぱいいるのに、王子とだけ遊んでいるわけには行かないから」
 だから、自分が「遊んで!」って言ってしまう前に、自分から姿を消すのよね……。プレセアが付け足すと、ザガートは「そうですか……」と呟き、目を伏せた。
 日がいっぱいに差し込む中庭の中で、子どもたちはとても楽しそうにはしゃいでいる。あのかわいらしい王子は聞き分けがいいから、姉上を困らせてしまうことは決してしない。しかし、もっと遊んで欲しいだろうに、もっと一緒にいて欲しいだろうに、と思うと、時にその姿がいじらしくなる。
「ねぇ、あなたもあの子くらいの年齢の頃は、ランティスと遊んであげていたの?」
 ふと、あの無表情な少年と、この優美な兄の幼い頃の様子とは一体どんなものだったのか気になり、プレセアは何の考えもなしにそう尋ねてみた。予想外だったのか、一瞬、ザガートは惚けたように口を少し開いて表情を止めた。しかし、それは本当に一瞬のことで、すぐに元の余裕を感じさせる微笑みを取り戻した。
「いえ、ランティスは昔から、変わり者で……みんな家の中で遊んでいるのに、気付いたら一人で森へ行ったりしてしまって。一緒に遊ぶと言うよりは、いつもいなくなった彼を捜している……といった感じでしたね」
「昔からあんな感じだったのねぇ」 
 想像つくわ、と肩をすくめる。みんなと仲睦まじく遊んでいるランティスの姿など、まったくもって思い浮かばない。
「導師もランティスには手を焼いてるってよく愚痴を聞くわ」
「創師にもご迷惑をおかけしていると導師に伺いましたが……」
「迷惑と言うか……まあ、そうね。さっきも、彼の剣を預かったわ」
 プレセアは左手をかざすと、の から、一本の剣を取り出した。無駄な飾りのない簡素な剣だが、ずっしりと重く、刀身は長い……はずなのだが、残念ながら、刀身が真ん中からぱっくりと折れてしまって、短剣ほどの長さになってしまっている。
ザガートはそれだけで何かを察したようで、また、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ああ……本当に何度も申し訳ありません」
「あなたが謝ることじゃないわ」
 そう言ってぱたぱたと手を振りながら、「まあ、こう何度も折れちゃうとさすがに、創師としての自信なくしちゃうけどね」と、ボロボロになった刀身を撫でながらため息をつくと、ザガートの眉尻が更に下がった。



*** 


フェリオとランティスってどれくらい年離れてるんだろう。

ひそかに(?)フェリオ好きなんです。
セフィーロに王族はいなさそうなのに何故、彼が王子と呼ばれているのかがとても謎なんですが、あのフェ風っぷりは正しく王子ですよね。あんなに気障なのにあんなに嫌味じゃないのはすごい。
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