Side-C.
ランティスは15歳くらい、ザガートは19,20歳くらいのイメージです。
* * *
ざわめきはどこか空々しく響いた。
小さな町の中心にある広場には、興奮した人々の熱気が充満していた。今日は、この町の全ての住人が仕事を休み、子どもも遊ぶのをやめ、全員がここに集まっている。彼らの目当ては広場の真ん中に設置された舞台だった。今はまだ誰も立っていない舞台の前に群がった人々は、人をかき分け、首を伸ばし、少しでもいい位置を確保しようと必死だ。彼らは一様に興奮に頬を蒸気させ、ただひたすらにその時を待っていた。
ランティスは少し離れたところで、彼らの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。最近急に背が伸びて、大人の男より頭一つは背の高い彼には、人々の様子がよく見渡せた。ある者は顔を寄せて何かを囁き合い、ある者は今か今かと何度も時間を確かめる。背の曲がった老婆は皺が深く刻まれた手を合わせ、何かをぶつぶつと呟いているし、焦れて、どこかへ走り出そうとした子どもは、母親らしき女性が「いい子で待っていないと、会えないわよ」と言い聞かすとすぐに大人しくなった。
男も女も大人も子供も老人も。今日は誰もが待ち望んだ日だ。
ぼんやりと人混みを眺めているのは退屈で、自分もその人混みの一部になっているのかと思うとどうも居心地が悪かった。ランティスは、本当は、町の住民全てが集まっているからと言って、人の流れに従って広場を覗きに行くような性格ではないのだ。町で祭りが催されていても、本が読みたければ家の中で本を読むし、すぐ側で野次馬がはやし立てるケンカがあっても、眠かったら、それを止めることも煽ることもなく昼寝を続ける。いつも自分の思うままに行動をとる彼は、町の変わり者として有名だった。
しかし、今回ばかりはそのような単独行動も許されない。みんな舞台に気を取られているし、ランティスがいないことには気付かないだろうが、万一「あの時、ランティスいなかったよな」などという話しになれば、町中の人々が彼を攻撃し始めるだろう。「お前はなんて奴なんだ」と陰口を叩かれ、文句を言われ、禄に買い物もできなくなる。彼はすぐ隣に森のあるこの町を気に入っていたので、当分ここを出て行くつもりはなかった。
それに、多少なりとも「あの人」に興味がないわけではない。
この世界に住む者の中に「あの人」に興味を持たない人間など一人もいない。「あの人」一人の祈りで、この世界の全てが支えられているのだから。
城の近くに住んでいれば、比較的簡単にセフィーロの柱を見ることができるのだろうが、この町のように城から遠く離れた辺鄙な町では、なかなかその機会は訪れない。しかし、この国に住む人間は誰しも彼女の姿を一目仰ぎ、その声を聞きたいと思っていた。だから、度々、彼女は城から離れた町へも足を運ぶ。その日は、どの町のどんな住民もこぞって家を飛び出し、彼女の訪れを待ち侘びる。
ランティスはまだ彼女の姿を一度も見たことがなかった。噂には金髪のかわいらしいお姫様だとか、青い目が美しいんだとか聞いているが、実際のところ、セフィーロの柱とはどういう人間なのか、ランティスも一度見てみたいと思う気持ちはある。しかし、それ以上に人の群れと熱気は彼をイヤな気分にさせた。
「ランティス、こんなところにいたのか?」
その聞き慣れた声は後ろから聞こえてきた。熱を上げる広場の前の盛り上がりに参加せず、自分に声を掛けてくる人間など一人しか思いつかない。
振り返ると、やはりそこには兄が立っていた。ランティスの返答など最初から期待していないらしいザガートは、そのまま何も言わずにランティスの隣に立つと、同じように人混みへ視線を向けた。彼はランティスより更に背が高いので、彼の目には人々が押し合いへし合い、興奮に身を任せている様子がよく見渡せるはずだ。ザガートはほう、とため息を漏らすと、「こうしてみると、この小さい町にも結構な人数が生活しているんだな」と感心したように呟いた。
ランティスは何となく、ザガートは来ないのではないかと思っていたので、彼が顔を出したことは意外だった。一見、人当たりの良さそうな彼が、その実、人混みや野次馬といった類のものを酷く嫌っていることをランティスはよく知っている。しかし、よく考えれば、ザガートはランティスよりも格段に協調性があるので、ランティスでさえ一応顔を出した場所に彼が出てこないはずがない。
「お前は町の外へでもふらふら散歩しに行っているのではないかと思ったが、さすがに、こういう時は周りに従うんだな」
ザガートはそう言って、物珍しげにランティスを見た。容赦なく人の目を真っ直ぐ覗き込んでくるその紫色の瞳に、ランティスは反射的に目を反らした。特に後ろめたいことがあるわけでもないのだが、何か見られたくないものを見通されているような気がして落ち着かない。この兄とは付き合いが長いが、長い故に彼はランティスの性格を熟知していて、ランティスがふらりとどこかへ出掛けても、気付けば「こんなところにいたのか」と発見されてしまう。その割に、自分はザガートの性格や行動を今一つ把握できていないので、その瞳に見つめられると、何か一方的に見張られているような気分になるのだ。
「……当分、この町を出る気はないから」
言い訳するように呟いた時、ランティスはふっと、「何か大きなもの」がこちらへ吹き付けてくるような感覚に襲われて口を噤んだ。それは強い風に煽られている感覚に似ているが、しかし、強風と表現するには、「それ」は厳しさに欠け、むしろ包み込むような柔らかさがある。
すると、広場の方から「あそこ!」と叫ぶ子どもの声が聞こえてきた。あそことはどこなのかと確認する間もなく、人々が顔を上げ、空のある一点を指差し出したので、ランティスはすぐに「あそこ」に何があるのか確認することができた。それは、飛行する精獣の群れだった。馬に乗った護衛と思しき男に囲まれて、大きな鳥型の精獣がゆったりと羽を羽ばたかせている。その鳥は寸分の汚れもない美しい白色をしており、白い羽は日差しを反射して眩しいほどだった。「何か大きいもの」の感覚は、その鳥の方から流れてきている。ランティスはその鳥をじっと見つめた。その鳥はこちらへ近づくに連れ高度を下げ、その姿は次第に大きくなっていった。
背中に誰かが乗っている。もちろん、それは予想するまでもなく、皆の待ち焦がれる「あの人」に違いなかった。白い鳥の豊かな羽はゆっくりと、優雅に風を切る。気品に満ちたその動作は、あぁ、ついに柱を見る時がやって来るのだと、さほど期待していなかったはずのランティスを緊張させた。最初はざわめいていた大衆も、彼女たちが近づくにつれ徐々に大人しくなり、広場には羽ばたきの音だけが響いた。
その鳥が広場に降りた時、ランティスはその背から降りてくる少女の姿に目を奪われた。金色の艶やかな髪、青くて大きな瞳、透き通るように白い肌。遠目にも美しいその容貌は「姫」という呼び名を少しも裏切らず、誰もが息を呑んでその微笑みに惹き付けられるのが分かった。従者に手を取られるその所作さえも、優雅で、寸分の隙もない。
その少女は美しかった。しかし、その完璧な美しさは、精巧に作り出された人形のようで、ランティスはこの人は本当に血の通う人間なのかといぶかしんだ。
ランティスは、その時、隣でふっ、と兄がもらした、何かを嘲るような笑いをよく覚えている。彼を見ると、彼が引きつったような笑みを浮かべているのが見えた。その笑顔はすぐに消えたが、ランティスには彼が何を嘲笑っているのか分からなかった。
ランティスはザガートに何か声を掛けようとしたが、彼はそれを拒否するように顔を背けた。そして、「俺は帰る」と言って体を翻す。ランティスは引き留めようと手を伸ばしたが、彼はその間をするりとすり抜けて、町の奥へとさっさと歩いていった。
彼の姿が見えなくなった時、ランティスは、引き留め損ねた手で空を掴んだまま、柱を迎える住民たちの歓声を聞いた。
* * *
ザガートの一人称「俺」にしちゃいました。思春期だから。
* * *
ざわめきはどこか空々しく響いた。
小さな町の中心にある広場には、興奮した人々の熱気が充満していた。今日は、この町の全ての住人が仕事を休み、子どもも遊ぶのをやめ、全員がここに集まっている。彼らの目当ては広場の真ん中に設置された舞台だった。今はまだ誰も立っていない舞台の前に群がった人々は、人をかき分け、首を伸ばし、少しでもいい位置を確保しようと必死だ。彼らは一様に興奮に頬を蒸気させ、ただひたすらにその時を待っていた。
ランティスは少し離れたところで、彼らの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。最近急に背が伸びて、大人の男より頭一つは背の高い彼には、人々の様子がよく見渡せた。ある者は顔を寄せて何かを囁き合い、ある者は今か今かと何度も時間を確かめる。背の曲がった老婆は皺が深く刻まれた手を合わせ、何かをぶつぶつと呟いているし、焦れて、どこかへ走り出そうとした子どもは、母親らしき女性が「いい子で待っていないと、会えないわよ」と言い聞かすとすぐに大人しくなった。
男も女も大人も子供も老人も。今日は誰もが待ち望んだ日だ。
ぼんやりと人混みを眺めているのは退屈で、自分もその人混みの一部になっているのかと思うとどうも居心地が悪かった。ランティスは、本当は、町の住民全てが集まっているからと言って、人の流れに従って広場を覗きに行くような性格ではないのだ。町で祭りが催されていても、本が読みたければ家の中で本を読むし、すぐ側で野次馬がはやし立てるケンカがあっても、眠かったら、それを止めることも煽ることもなく昼寝を続ける。いつも自分の思うままに行動をとる彼は、町の変わり者として有名だった。
しかし、今回ばかりはそのような単独行動も許されない。みんな舞台に気を取られているし、ランティスがいないことには気付かないだろうが、万一「あの時、ランティスいなかったよな」などという話しになれば、町中の人々が彼を攻撃し始めるだろう。「お前はなんて奴なんだ」と陰口を叩かれ、文句を言われ、禄に買い物もできなくなる。彼はすぐ隣に森のあるこの町を気に入っていたので、当分ここを出て行くつもりはなかった。
それに、多少なりとも「あの人」に興味がないわけではない。
この世界に住む者の中に「あの人」に興味を持たない人間など一人もいない。「あの人」一人の祈りで、この世界の全てが支えられているのだから。
城の近くに住んでいれば、比較的簡単にセフィーロの柱を見ることができるのだろうが、この町のように城から遠く離れた辺鄙な町では、なかなかその機会は訪れない。しかし、この国に住む人間は誰しも彼女の姿を一目仰ぎ、その声を聞きたいと思っていた。だから、度々、彼女は城から離れた町へも足を運ぶ。その日は、どの町のどんな住民もこぞって家を飛び出し、彼女の訪れを待ち侘びる。
ランティスはまだ彼女の姿を一度も見たことがなかった。噂には金髪のかわいらしいお姫様だとか、青い目が美しいんだとか聞いているが、実際のところ、セフィーロの柱とはどういう人間なのか、ランティスも一度見てみたいと思う気持ちはある。しかし、それ以上に人の群れと熱気は彼をイヤな気分にさせた。
「ランティス、こんなところにいたのか?」
その聞き慣れた声は後ろから聞こえてきた。熱を上げる広場の前の盛り上がりに参加せず、自分に声を掛けてくる人間など一人しか思いつかない。
振り返ると、やはりそこには兄が立っていた。ランティスの返答など最初から期待していないらしいザガートは、そのまま何も言わずにランティスの隣に立つと、同じように人混みへ視線を向けた。彼はランティスより更に背が高いので、彼の目には人々が押し合いへし合い、興奮に身を任せている様子がよく見渡せるはずだ。ザガートはほう、とため息を漏らすと、「こうしてみると、この小さい町にも結構な人数が生活しているんだな」と感心したように呟いた。
ランティスは何となく、ザガートは来ないのではないかと思っていたので、彼が顔を出したことは意外だった。一見、人当たりの良さそうな彼が、その実、人混みや野次馬といった類のものを酷く嫌っていることをランティスはよく知っている。しかし、よく考えれば、ザガートはランティスよりも格段に協調性があるので、ランティスでさえ一応顔を出した場所に彼が出てこないはずがない。
「お前は町の外へでもふらふら散歩しに行っているのではないかと思ったが、さすがに、こういう時は周りに従うんだな」
ザガートはそう言って、物珍しげにランティスを見た。容赦なく人の目を真っ直ぐ覗き込んでくるその紫色の瞳に、ランティスは反射的に目を反らした。特に後ろめたいことがあるわけでもないのだが、何か見られたくないものを見通されているような気がして落ち着かない。この兄とは付き合いが長いが、長い故に彼はランティスの性格を熟知していて、ランティスがふらりとどこかへ出掛けても、気付けば「こんなところにいたのか」と発見されてしまう。その割に、自分はザガートの性格や行動を今一つ把握できていないので、その瞳に見つめられると、何か一方的に見張られているような気分になるのだ。
「……当分、この町を出る気はないから」
言い訳するように呟いた時、ランティスはふっと、「何か大きなもの」がこちらへ吹き付けてくるような感覚に襲われて口を噤んだ。それは強い風に煽られている感覚に似ているが、しかし、強風と表現するには、「それ」は厳しさに欠け、むしろ包み込むような柔らかさがある。
すると、広場の方から「あそこ!」と叫ぶ子どもの声が聞こえてきた。あそことはどこなのかと確認する間もなく、人々が顔を上げ、空のある一点を指差し出したので、ランティスはすぐに「あそこ」に何があるのか確認することができた。それは、飛行する精獣の群れだった。馬に乗った護衛と思しき男に囲まれて、大きな鳥型の精獣がゆったりと羽を羽ばたかせている。その鳥は寸分の汚れもない美しい白色をしており、白い羽は日差しを反射して眩しいほどだった。「何か大きいもの」の感覚は、その鳥の方から流れてきている。ランティスはその鳥をじっと見つめた。その鳥はこちらへ近づくに連れ高度を下げ、その姿は次第に大きくなっていった。
背中に誰かが乗っている。もちろん、それは予想するまでもなく、皆の待ち焦がれる「あの人」に違いなかった。白い鳥の豊かな羽はゆっくりと、優雅に風を切る。気品に満ちたその動作は、あぁ、ついに柱を見る時がやって来るのだと、さほど期待していなかったはずのランティスを緊張させた。最初はざわめいていた大衆も、彼女たちが近づくにつれ徐々に大人しくなり、広場には羽ばたきの音だけが響いた。
その鳥が広場に降りた時、ランティスはその背から降りてくる少女の姿に目を奪われた。金色の艶やかな髪、青くて大きな瞳、透き通るように白い肌。遠目にも美しいその容貌は「姫」という呼び名を少しも裏切らず、誰もが息を呑んでその微笑みに惹き付けられるのが分かった。従者に手を取られるその所作さえも、優雅で、寸分の隙もない。
その少女は美しかった。しかし、その完璧な美しさは、精巧に作り出された人形のようで、ランティスはこの人は本当に血の通う人間なのかといぶかしんだ。
ランティスは、その時、隣でふっ、と兄がもらした、何かを嘲るような笑いをよく覚えている。彼を見ると、彼が引きつったような笑みを浮かべているのが見えた。その笑顔はすぐに消えたが、ランティスには彼が何を嘲笑っているのか分からなかった。
ランティスはザガートに何か声を掛けようとしたが、彼はそれを拒否するように顔を背けた。そして、「俺は帰る」と言って体を翻す。ランティスは引き留めようと手を伸ばしたが、彼はその間をするりとすり抜けて、町の奥へとさっさと歩いていった。
彼の姿が見えなくなった時、ランティスは、引き留め損ねた手で空を掴んだまま、柱を迎える住民たちの歓声を聞いた。
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ザガートの一人称「俺」にしちゃいました。思春期だから。
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