不穏の呼び水
管理ナンバーを見るだけで銃の型まで分かったのは、オートザムで試射をしたことがあるからだ。手の中で鈍く光る鉱物の破片に目を落とすと、レーザー銃の引き金を引いた時のあの硬く冷たい感触が思い出された。
オートザムの兵器は、魔物を射るためではなく、人を殺め、人と戦うために開発されている。プラグを差し込むだけで自分の精神エネルギーを破壊の光線に変えてしまう兵器は、セフィーロの魔法や武器とは明らかに性質が違った。自分の私利のために用いれば身に返って来る魔法も、創師が使い手に合わせて作り上げる武器も、常に己の心のありようを問うてくる。しかし、オートザムという国は、意志の強さやその正しさを問わずとも、誰もが平等に「精神エネルギー」を用いることができるシステムと技術を作り上げた国なのだった。誰かを守るためであろうとも、私欲のためであろうとも、銃に込められた精神エネルギーは同じだけの威力で人体を貫く。
「管理ナンバー」の振られた、 “量産型”の銃がずらりとオートザム軍の武器庫に整列した光景は、多様な武器が秩序なく、無造作に並べられていた創師プレセアの武器庫とは全く異なるものだった。「管理」。それは、意志の強い一人の人間が統べ、平和を維持していたセフィーロにはない思想だった。オートザムでは、統治者の精神の強さや尊さよりも、エネルギーの配分を誰がどう決めるのか。その配分を調整する政治力や駆け引きの力こそが問われるのだ。
それゆえ、オートザムでは時に個人の利益と政治が癒着し、新聞ではしょっちゅう政治家の収賄が取りざたされていた。ランティスがオートザムで出会ったイーグルやジェオが「汚職」に染まることを良しとしない美学や高潔さを持っていたことは僥倖だったのかもしれない。
『あいつのこと、頼む』
管理ナンバーの刻まれた鉄片を眺めていると、ランティスの脳裏に、オートザムに戻るジェオを見送った時の光景が思い出された。つい3日前のことだ。それは、いつも通り……そうとしか言いようのない、何の変哲もない「オートザムの要人のセフィーロ訪問」だった。その日は、オートザムの医学者がイーグルの状態を確かめるためにジェオに随行していたが、それも決して珍しいことではなかった。
しかし、最後だけが少し違っていたのだ。ジェオは随行者たちと共にNSXに乗り込もうとしたその足を止め、わざわざ一人甲板に戻って来た。そして、ランティスに向かってその台詞を言ったのだ。
「あいつ」が誰を指すのかもちろん分かっていた。しかし、イーグルがセフィーロで治療をしているのは何も今に始まったことではないのに、なぜ、改めてそのようなことを言う必要があるのか、ランティスはその意図を計りかねて返事ができなかった。
『あの時、旅してたお前がオートザムに来てくれて本当によかったと思ってる。お前にもセフィーロにも本当に感謝してるよ。なのに、いつまでも面倒掛けてすまない』
それはNSXが飛び立つ前の、ほんの一分にも満たない時間だった。あの時、なぜジェオは敢えて、そんなことを言ったのだろう。別れ際に限って言えば、明らかにジェオの様子はおかしかった。
確かにイーグルからは何も聞いていない。しかし、何も心当たりがないと言えば嘘になるだろう。
「これが軍人だとして、ジェオが何も知らない……ってあると思うか?」
フェリオの質問はもっともだった。ランティスもちょうどそのことを考えていた。オートザム軍の要職にあり、セフィーロとの外交の窓口にもなっているジェオに何も知らされないまま、オートザムの兵士がセフィーロに忍び込む……そのような「作戦」が推し進められることはありうるのか。
「……それは考えにくいだろう」
「普通に考えたらそうだよなあ」
ランティスの答えに、フェリオは深くため息をついて空を仰いだ。口にはしないが、『参ったな』と言わんばかりに眉尻を下げている。セフィーロから一歩も外に出たことがない彼だが、(ランティスよりもはるかに)社交性も交渉能力も高いので、最近ではフェリオとジェオが話をする機会が増えていた。磊落な性格の相性も良いのか、公式な話し合いだけでなく、私的な会話もよくしていたようだ。ジェオだけでなくイーグルやザズとも気が合うようだし、できれば、フェリオとてオートザムの人間を疑うようなことはしたくないだろう。
ジェオの実直な性格はセフィーロの人間もよく知るところだ。そして、ランティスはファイターとしては少々人の好過ぎるきらいのあるその性格が、オートザム軍では時に仇となることも知っていた。彼が親セフィーロ派であることはオートザムでも明らかだろうから、そんなジェオを「出し抜く」形で、オートザムの中で何らかの作戦が進められている可能性はある。"何も知らない"ジェオを隠れ蓑にするからこそ、進めやすくなる計画もあるだろう。
しかし、ジェオは優秀なファイターだ。決して脇の甘い男ではない。彼は、かつて自ら副司令官として「侵攻」した国であり、今ではイーグルの治療を引き受けているセフィーロの復興をとても気にかけている。その彼がオートザムがセフィーロに対して何か「動き」を見せていることに、気付かないということがあるだろうか。
むろん、その「動き」に関与している彼がそれをひた隠しにしてセフィーロの人間に会っているということも考えうる。しかし、先日の「意味深」な別れの言葉は、こうした事態を予測した彼が、ランティスに何かを示唆しようとしていたのではないだろうか。
「だとして、ジェオがイーグルに何も言わないってことあるか?」
3日前に来てるんだぜ? と問うてくるフェリオは恐らく、それは「ない」と思っているし、正直なところ、ランティスも同感だった。長年の友人であり、同僚であり、好敵手であり、時に上司と部下でもあるイーグルとジェオの信頼関係は疑う余地がない。あの日は例の医学者がいたために、ジェオとイーグルが会話をする時間は殆どなかったはずだが、そうだとしても、ジェオが何もイーグルに知らせようとしないとは思えなかった。
「俺たちがまだ気づいてないことにしておいた方がいいか? でも、イーグルに何も聞かないってわけにもいかないよなあ」
フェリオがもう一度溜息を吐く声が聞こえた。確かに、あまり情報がない今の状態では、確かにセフィーロの人間は何も気づかない振りをして「泳がせる」のも一つの手なのかもしれない。
しかし……
フェリオの視線を感じてランティスが目線を上げると、フェリオはランティスの目を見た後、ランティスの手の中で鈍く光る鉱物の欠片に目を落とした。小さなその破片に刻まれたオートザムの文字と数字は、それがどこの国から来た何なのかを明確に示している。オートザムのデータベースと照合すれば、当然、持ち主の名前も分かるのだろう。その人物は、銃の欠片のすぐ隣で、既に顔も性別も分からないほどに踏みつぶされて、無残な肉塊と化しているにもかかわらず。
「コソコソした探りはなしで、正面からイーグルに聞いてみるか。ここは意志の国セフィーロだからな」
フェリオの言葉に異論はなかった。しかし、ランティスが言葉を返す前に彼は続けた。
「俺と導師で聞いてくるよ。こういうのはお前じゃない方がいいんだ。分かるだろ?」
オートザムの兵器は、魔物を射るためではなく、人を殺め、人と戦うために開発されている。プラグを差し込むだけで自分の精神エネルギーを破壊の光線に変えてしまう兵器は、セフィーロの魔法や武器とは明らかに性質が違った。自分の私利のために用いれば身に返って来る魔法も、創師が使い手に合わせて作り上げる武器も、常に己の心のありようを問うてくる。しかし、オートザムという国は、意志の強さやその正しさを問わずとも、誰もが平等に「精神エネルギー」を用いることができるシステムと技術を作り上げた国なのだった。誰かを守るためであろうとも、私欲のためであろうとも、銃に込められた精神エネルギーは同じだけの威力で人体を貫く。
「管理ナンバー」の振られた、 “量産型”の銃がずらりとオートザム軍の武器庫に整列した光景は、多様な武器が秩序なく、無造作に並べられていた創師プレセアの武器庫とは全く異なるものだった。「管理」。それは、意志の強い一人の人間が統べ、平和を維持していたセフィーロにはない思想だった。オートザムでは、統治者の精神の強さや尊さよりも、エネルギーの配分を誰がどう決めるのか。その配分を調整する政治力や駆け引きの力こそが問われるのだ。
それゆえ、オートザムでは時に個人の利益と政治が癒着し、新聞ではしょっちゅう政治家の収賄が取りざたされていた。ランティスがオートザムで出会ったイーグルやジェオが「汚職」に染まることを良しとしない美学や高潔さを持っていたことは僥倖だったのかもしれない。
『あいつのこと、頼む』
管理ナンバーの刻まれた鉄片を眺めていると、ランティスの脳裏に、オートザムに戻るジェオを見送った時の光景が思い出された。つい3日前のことだ。それは、いつも通り……そうとしか言いようのない、何の変哲もない「オートザムの要人のセフィーロ訪問」だった。その日は、オートザムの医学者がイーグルの状態を確かめるためにジェオに随行していたが、それも決して珍しいことではなかった。
しかし、最後だけが少し違っていたのだ。ジェオは随行者たちと共にNSXに乗り込もうとしたその足を止め、わざわざ一人甲板に戻って来た。そして、ランティスに向かってその台詞を言ったのだ。
「あいつ」が誰を指すのかもちろん分かっていた。しかし、イーグルがセフィーロで治療をしているのは何も今に始まったことではないのに、なぜ、改めてそのようなことを言う必要があるのか、ランティスはその意図を計りかねて返事ができなかった。
『あの時、旅してたお前がオートザムに来てくれて本当によかったと思ってる。お前にもセフィーロにも本当に感謝してるよ。なのに、いつまでも面倒掛けてすまない』
それはNSXが飛び立つ前の、ほんの一分にも満たない時間だった。あの時、なぜジェオは敢えて、そんなことを言ったのだろう。別れ際に限って言えば、明らかにジェオの様子はおかしかった。
確かにイーグルからは何も聞いていない。しかし、何も心当たりがないと言えば嘘になるだろう。
「これが軍人だとして、ジェオが何も知らない……ってあると思うか?」
フェリオの質問はもっともだった。ランティスもちょうどそのことを考えていた。オートザム軍の要職にあり、セフィーロとの外交の窓口にもなっているジェオに何も知らされないまま、オートザムの兵士がセフィーロに忍び込む……そのような「作戦」が推し進められることはありうるのか。
「……それは考えにくいだろう」
「普通に考えたらそうだよなあ」
ランティスの答えに、フェリオは深くため息をついて空を仰いだ。口にはしないが、『参ったな』と言わんばかりに眉尻を下げている。セフィーロから一歩も外に出たことがない彼だが、(ランティスよりもはるかに)社交性も交渉能力も高いので、最近ではフェリオとジェオが話をする機会が増えていた。磊落な性格の相性も良いのか、公式な話し合いだけでなく、私的な会話もよくしていたようだ。ジェオだけでなくイーグルやザズとも気が合うようだし、できれば、フェリオとてオートザムの人間を疑うようなことはしたくないだろう。
ジェオの実直な性格はセフィーロの人間もよく知るところだ。そして、ランティスはファイターとしては少々人の好過ぎるきらいのあるその性格が、オートザム軍では時に仇となることも知っていた。彼が親セフィーロ派であることはオートザムでも明らかだろうから、そんなジェオを「出し抜く」形で、オートザムの中で何らかの作戦が進められている可能性はある。"何も知らない"ジェオを隠れ蓑にするからこそ、進めやすくなる計画もあるだろう。
しかし、ジェオは優秀なファイターだ。決して脇の甘い男ではない。彼は、かつて自ら副司令官として「侵攻」した国であり、今ではイーグルの治療を引き受けているセフィーロの復興をとても気にかけている。その彼がオートザムがセフィーロに対して何か「動き」を見せていることに、気付かないということがあるだろうか。
むろん、その「動き」に関与している彼がそれをひた隠しにしてセフィーロの人間に会っているということも考えうる。しかし、先日の「意味深」な別れの言葉は、こうした事態を予測した彼が、ランティスに何かを示唆しようとしていたのではないだろうか。
「だとして、ジェオがイーグルに何も言わないってことあるか?」
3日前に来てるんだぜ? と問うてくるフェリオは恐らく、それは「ない」と思っているし、正直なところ、ランティスも同感だった。長年の友人であり、同僚であり、好敵手であり、時に上司と部下でもあるイーグルとジェオの信頼関係は疑う余地がない。あの日は例の医学者がいたために、ジェオとイーグルが会話をする時間は殆どなかったはずだが、そうだとしても、ジェオが何もイーグルに知らせようとしないとは思えなかった。
「俺たちがまだ気づいてないことにしておいた方がいいか? でも、イーグルに何も聞かないってわけにもいかないよなあ」
フェリオがもう一度溜息を吐く声が聞こえた。確かに、あまり情報がない今の状態では、確かにセフィーロの人間は何も気づかない振りをして「泳がせる」のも一つの手なのかもしれない。
しかし……
フェリオの視線を感じてランティスが目線を上げると、フェリオはランティスの目を見た後、ランティスの手の中で鈍く光る鉱物の欠片に目を落とした。小さなその破片に刻まれたオートザムの文字と数字は、それがどこの国から来た何なのかを明確に示している。オートザムのデータベースと照合すれば、当然、持ち主の名前も分かるのだろう。その人物は、銃の欠片のすぐ隣で、既に顔も性別も分からないほどに踏みつぶされて、無残な肉塊と化しているにもかかわらず。
「コソコソした探りはなしで、正面からイーグルに聞いてみるか。ここは意志の国セフィーロだからな」
フェリオの言葉に異論はなかった。しかし、ランティスが言葉を返す前に彼は続けた。
「俺と導師で聞いてくるよ。こういうのはお前じゃない方がいいんだ。分かるだろ?」