ラン光短編集(明るめ)

『あー!』

 頭の上の方で間抜けな声がして、バサバサとけたたましい音が響いた。今まさに眠りに落ちようとしていた意識が一気に現実に引き上げられる。

 ……あいつか。

 私は、静かに鼻を鳴らしながら、声の主を頭に浮かべた。
 決して悪いやつではない。何より、主人同士が近しい間柄なのだから、不仲であるよりはそれなりに親しくしておいた方がいいのはわかっている。しかし、やつはいつも時機が悪いのだ。私が暖かな精霊の森で昼寝を決め込もうとした時に限って……

『わー、久しぶりだね。元気にしてた? 僕はねー昨日、久しぶりに城に行ってきたよ。君にも会えるかなあって思ったけど、いなかったから残念だった。あ、でもね、君のご主人は見かけたよ』
『……』

 私が目を開けると、案の定、森を覆う木の高さほどもある巨大な鳥が、大きな羽をばたつかせながら、ペラペラと楽しげに喋り始めた。
 こいつはとにかくよく喋る。そしていちいち動作が大袈裟だ。やつが興奮気味に羽を振るたびに強い風圧が吹き付けて来る。鬣が乱れて、私は不機嫌に鼻を鳴らした。昼寝の邪魔をされた私の機嫌は目下急降下中だが、彼はそんな私の様子などお構い無しに話を続けている。

『君のご主人ってやっぱり大きくてちょっと怖いよねえ』

 確かに私の主人は一般的な人間に比べて大柄だが、もちろん、目の前で無邪気に喋っているこいつの方が遥かに巨大な身体をしている。何が『大きくてちょっと怖い』だ。しかし、私がうろんな目でやつを見上げても、やつは無邪気に『でも、孤高の人って感じでかっこいい!』とか言っている。
 巨大な翼に、鋭い嘴。
 こいつには、自分が人間から見ればかなり獰猛な精獣に見えるという自覚に欠けている。
 
 こいつがまさかあの導師クレフの精獣だとは。初めて知った時には頭がくらりとしたものだ。確かに戦闘力は高そうだが、こんな頼りない性格をしたやつにこの国最高位の導師の精獣がつとまるのか。

『それでねー昨日はね、あの魔法騎士がきてたんだよ! 僕ねー、久々に三人を背中に乗せたんだ!』

 すごいでしょー!と黄色い目を輝かせるやつを見て、ああ、だからこいつはいつにも増してご機嫌なのかと理由を察した。やつは同じく導師クレフの精獣であるフューラが招喚されるたび、「導師クレフは魔法騎士が来たときはフューラばっかり呼んで僕のことは呼んでくれないんだ……」と精霊の森でグチグチ拗ねているからだ。
 やつの目の輝きに、話が長くなりそうだな……と多少ウンザリしつつ、しかし、魔法騎士が来ていたとなると私も少し興味が沸く。柱制度を終わらせた『伝説の魔法騎士』の存在は精獣の世界でも有名であり、何より、彼女たちが異世界からセフィーロやって来た日は、私の主人の様子が「面白い」からだ。

『どこに行ったんだ?』
『えっとねー……あそこ。あの、ほら、精霊の森の近くに、お花がたくさん咲いてる森があるでしょ』

 やつがキラキラとした目で答えるのを聞きながら、私は、なるほど、だから、こいつが呼ばれたのか。と合点する。 確かにあの森には多くの美しい花が咲いているが、同時に、魔物も多い。恐らく、だから私の主人が彼女たちに同行することになったのだろう。

『張り切って速く飛んだら、君のご主人にそんなに速く飛ばなくていいって怒られちゃった』

 てへへと笑う彼に、そうやって加減ができないから戦闘中以外は導師クレフに招喚されないんだと助言してやりたくなったが、今はそれよりも話の先が気になる。

『その森で何をしたんだ』
『えっとね、三人はお花詰んでた。僕もお花つみたかったんだけど、ちょっと僕には難しくて……』

 僕が摘もうとすると、風でお花が飛んでっちゃうの……と、やつがしゅん、と目線を下げ、しかし、次の瞬間、

『だからねー、ヒカルが僕の代わりにお花を摘んでくれたんだよ!』

 と、嬉しそうに羽をバタバタする。落ち込んだり、喜んだり、忙しないやつだ。

『ヒカルはね、僕のいうこともよく分かってくれるんだよ! 僕がほしいお花もかわりに摘んでくれたから、導師クレフにおみやげで渡したんだ!』
 ヒカルって本当に優しい! 
 あんなに僕たちのこと分かってくれる人間ってなかなかいないよね。

 やつが、興奮したようにヒカルをほめだす。
「ヒカル」という名前には私にも非常に覚えがあるし、この名前の彼女がいるからこそ、魔法騎士がセフィーロにやってきた主人が「面白い」ことを私は知っている。
 確かにヒカルは精獣の心を読むのがうまいし、私の意図も、時には主人以上に上手く汲み取ってくれる。
 だが、主人の感情は肝心な時になかなか汲み取ってもらえないようで……

『僕、好きになっちゃったかも……』

 唐突に、やつの聞き捨てならない言葉が聞こえて来て、私の思考は停止した。

『は?』
『決まった相手とかいるのかなあ?知ってる?』
 
 その質問に、何と答えたものか分からず、私は、目の前の獰猛な精獣をまじまじと見つめる。

『脈ありかなあ~。あ、脈ありっていうのはね、ウミが教えてくれた言葉でね~』



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 というような出来事があった次の日に主人に招喚されたものだから、私は、彼が私に跨ろうとする前に、思わず、主人の顔をじっと眺めてしまった。

「何か言いたいことがあるのか」

 何かを察したらしい主人に言われて、首を振り、低く嘶く。
 言っておくが、別に笑いを隠しているのでもないし、面白がっているのでもない。
 ただ、主人も何かと大変だなと同情を寄せているだけだ。
 私がもう一度小さく嘶くと、主人は怪訝な顔をしたまま私の背に跨がった。
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