ラン光短編集(明るめ)
光がランティスと一緒に城の庭を散歩していると、どこからか、「あー、しまった!」と叫ぶ声が聞こえた。続けて、同じ声が「いや、ちょっと待て、待ってくれ。まだだ、まだ行ける」とやけに往生際の悪いことを言う。
「どうしたんだろう?」
ランティスを仰ぎ見ると、ランティスも「さあ」というように首を振る。何があったのかはさっぱり見当がつかないが、この声の主には十分心当たりがある。光はそのまま、ランティスを連れて、声のした方へ歩いて行った。
その声は、庭の中につくられた四阿の中から聞こえてきたもののようだった。中をのぞくと、案の定、あの特徴的な碧色の髪の毛が見えた。その向かいで微笑む親友の姿も。
すっかりセフィーロ城内公認カップルとなったフェリオと風は、今、小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。罰が悪そうにガシガシと髪をかきむしっているフェリオと、それをにこにこと見つめている風は実に対照的だ。
「何してるんだ?」
声をかけると、フェリオがくるりとこちらを見て、「大苦戦中なんだ」といって小さく両手を上げる。
テーブルの上を覗きこむ。正方形に切られた木の板が見えた。碁盤の目が引かれており、その上に、チェスの駒のようなものが並べられている。「のようなもの」というよりも、人や精獣を象った小さな人形が碁盤の目の上に並べられているその様は、まさしくチェスに見えた。
「……チェス?」
「セフィーロ版チェスといったところでしょうか……相手の駒を奪って使えるので、ルールとしては、むしろ将棋に近いようですが」
「フウ、俺は少し考えてるから、ヒカルに遊び方を教えてやってくれ」
そう言ってフェリオは顎に手を当ててうんうんと唸りだした。盤面からはどういう局面なのかよく分からないが、どうやらフェリオが劣勢らしい。光は将棋もチェスもルールくらいしか知らないが、風は得意にしていると聞いたことがある。小学生の時点ですでに大学生や大人を負かせていたというから、多少ルールが違っても、こういうボードゲームはお手の物なのだろう。
風のいうことには、これはセフィーロの「レガシー」というゲームで、互いに17個ずつ、計34個の駒を使って争う。それぞれ前にしか動けなかったり、斜め前にしか進めなかったり、動き方に決まりがある。相手の駒と同じマスに駒を進めれば相手の駒を奪い、自分の持ち駒として使えるのだという。確かに将棋によく似たゲームだ。しかも、将棋でいう「王将」にあたる、「柱」という駒を取った方が勝ちらしい。その駒の名前に一瞬複雑な気持ちになったが……まあ、文化とは概ねそういうものなのだろう。
「ランティスもやったことある?」
後ろで黙りこんでいるランティスに水を向けてみると、「……多少は」と答えが返って来た。
その答えは光にとって少し意外だった。彼はどちらかというと、部屋の中で頭脳戦を展開しているより、森の中を散歩する方を好みそうだ。ランティスも昔からセフィーロに住んでいるのだから誰かと対戦したことがあっても不思議ではないが、碁盤を前に考え込んでいるランティスはあまり想像がつかない。
しかし、口数が少ないから、もしかしたら、こういう静かなゲームは案外好きなのかもしれない。
「得意?」と更に聞いてみる。
「いや……この手の遊びは俺よりも導師が得意だ」
「……なるほど」
光と風は同時に呟いた。確かにクレフがお茶を片手に盤を前にしている姿は容易に想像がつく。ここに海がいたら、「お年寄りが好むものってどの世界でも一緒なのね」と、クレフが目を吊り上げそうな台詞を吐いていたに違いない。
「ところで、フェリオ。どうなさいますか?」
風の問いかけに、フェリオが「うっ」と声を上げ、にっこり笑った風の柔らかな金髪がふわりと揺れる。その微笑みはいかにも上品で花も恥じらうほどに甘くかわいらしい。しかし、この美少女の差し手は、その想い人にも一切容赦がないようだ。フェリオはまたぐしゃぐしゃと自分の髪をかきまぜ、悔しげなうめき声をあげる。
「ちょっと待ってくれ、俺は最後の最後まで足掻きたいんだ……ランティス、何かいい手ないか?」
フェリオに助けを求められて、ランティスがひょいと盤を覗きこむ。
「その『魔導師』を前に出せば、当面は『柱』を取られずに済むが」
「……あ、本当だ」
ぽん、と手を打ったフェリオは、しかし、結局、その後五手目で投了した。
「よくできたゲームですわ。将棋だと「成る」場所が決まっていますが、『レガシー』だと駒によって成れる場所が違っておりますし……『招喚士』に『幻惑士』の駒は取れない、『幻惑士』に『剣闘師』は取れない、『剣闘師』に『魔導師』は取れない、というように、細かい制約があるのも面白いですわね。
何というか……相手の駒を追い込んで行く面白さがあります」
風は対戦がよほど楽しかったらしく、眼鏡を輝かせながら、うっとりと感想を語っている。その向かいでフェリオは「フウが強すぎて俺では相手にならない」と凹んでいた。
「もう一戦いかがですか?」
「いや、少し休憩させてくれ。……フウはよく頭が疲れないなあ」
フェリオがはあ、とため息をつく。フェリオもこうした頭脳戦が得意そうなイメージがあるが、風の方が上手のようだ。
「ヒカル、やってみないか?」
「いや、私はちょっと……ルールが複雑すぎてよく分からないや」
将棋やチェスですらあまり良く分からないのに、それより複雑な『レガシー』を今すぐに打てる気はしなかった。ぶんぶんと首を振って、光はランティスを見上げる。
「ランティス、どう?」
「いや、俺はこの手の遊びは……」
即座に断ろうとするランティスを遮って、
「昔、よく、導師の相手をさせられてたじゃないか」
にやりと笑ったフェリオがランティスを巻き込みにかかる。
「そうなのか?」
「確かにそうだが……」
光にきょとんと見つめられて言いよどみながらも、ランティスはいかにも「面倒だ」というオーラを出している。しかし、フェリオはそれに構わずに、「俺も大人げないランティスにこてんぱんに負かされて大泣きした記憶があるしな」と更に言い募った。
「……お前が子どもの頃の話だろう」
あまりいい思い出ではないのか、仮にもこの国の王子であるフェリオをお前呼ばわりして、ランティスは思い切り眉を顰めた。早々にこの話を切り上げたいという空気が漂っている。
しかし。
「私、ランティスが『レガシー』差してるところ見たいな」
光にキラキラと眼差しでそう言われて、ランティスが黙り込む。
フェリオが敢えて光からランティスに水を差し向けさせることで、断り辛くするというテクニックを駆使していることを、光は知らない。
「ランティスさんがよろしければ是非、お手合わせ願いたいですわ」
ダメ押しのように風がそう言うと、フェリオが「よし、決まりだ」と笑った。
「じゃあ、俺はお茶でも入れてくるな」
意気揚々と立ち上がったフェリオが城の中に向かって歩き去ると、ランティスは渋々と言った体で、風の向かいの席に着いた。
**
風とランティスが向かい合って座り、それぞれが自分の陣地に駒を並べている。
光は盤を横から覗き込めるような位置に椅子を移動させながら、二人を交互に見比べた。
楽しそうに微笑む風。相変わらず無表情なランティス。
光にとっては二人ともとても近しく、親しい関係だが、この二人の取り合わせは珍しい。
「ランティスさんがどんな手を差されるのか、とても楽しみですわ」
風の言葉に、ランティスがちらりと目線を上げる。
「このようなゲームの差し手にはよく性格が表れますもの」
「フェリオはどうだったの?」
光の言葉に、風は「そうですわね……」とひと時考え込み、
「勝ち負けよりにこだわるというよりも、局面局面で駆け引きを楽しむタイプに見えましたわ」
「風ちゃんは?」
「さあ……どうでしょう」
にっこり。
風は満面の笑みを光に差し向けてから、ランティスに向き直り、
「それは差してみてからのお楽しみですわ。それでは始めましょうか」
と言った。
暖かな四阿の中に、二人が駒を動かす音だけが響く。風とランティスはじっとゲームに集中しており、光は、二人の隣で盤の上をじっと見つめていた。ランティスは堅実な手を好むのか、自分の陣地で柱の周りに駒を置き、地道に守りを固めているが、風が案外(?)攻撃的で、どんどん駒を前にだし、奪った駒を積極的に相手の陣地に進めて行っている。途中で、風が「見ているだけで退屈ではありませんか?」と気遣ってくれたが、ランティスの剣士らしい大きな手が守りを固め、風の白くて華奢な手がどんどん駒を相手の陣地に進めている……その様子が何だかおかしくて、ルールが分からなくても、駒の動きを見ているだけで何だか楽しかった。
しかし、形勢についてはさっぱり分からない。風は終始にこにこしているし、ランティスは無表情だしで、実際のところ、二人の表情からはどちらが有利にゲームを進めているのか、読み取ることはできなかった。
「よっ、調子はどうだ?」
風とランティスが幾つか互いの駒を取り合ったところで、フェリオが戻って来た。
盤を覗き込み「いい勝負じゃないか」と言ってにやりと笑う。
「勝負はこれからですわ」
にっこり。
そう言って風が微笑むと、フェリオがフウのその笑顔を見て、「フウのその笑顔は怖いんだよなあ」とぼやいた。そして、ランティスを見て、真剣な顔で「ランティス、気を付けた方がいいぞ」と言う。
しかし、ランティスは少し視線を動かしただけで、何も言わなかった。
「ところで、ヒカル。うっかりしてたんだが、さすがに一人で四人分のお茶は運べなかった……ちょっと手伝ってくれないか」
「あ、ごめんね。気づかなくて」
光はフェリオに言われて、あわてて立ち上がると、フェリオと共に四阿を後にした。
***
フェリオと一緒にお茶を運びながら、フェリオに勝負の展望を聞くと「うーん、さっきの感じだと、風が攻めに徹してて、ランティスが守りに徹してるからなあ。勝負はこれからって感じじゃないか」という返事が返って来た。
「風ちゃんが、フェリオは勝ち負けにこだわるより、勝負を楽しむタイプだって言ってたよ」
「あっは、そうか。まあ、そういわれるとそうかもな」
往生際は悪かったけど、と言ってフェリオが笑う。
「風ちゃんはどんな手を差すタイプだった?」
「フウは勝負も楽しんでたが、勝ち負けにもかなりこだわってたと思うぞ」
……というような会話を経て、二人がティーポットと四人分のカップを抱えて四阿に戻ったところ。
「このちょっとの間に何があったんだ?」
とフェリオが目を丸くするほど、形勢が変わっていた。
フェリオ曰く、聞けば、さっきまでは五分五分だったのに、今は、風の方が七割がた有利らしい。
確かに、光の目から見ても、風の持ち駒が増え、ランティスの守りが一部崩されているように見える。
「いや、まだ、ランティスにも勝機はあると思うけど……」
フェリオとお茶を並べながら、ランティスを見ると、ランティスは相変わらず無表情で、風も、やはり、先刻までも同じく、にこにことしている。
先ほどまでと二人の様子はまったく変わらないのに、形勢だけが動いている……それは何だか不思議な光景だった。
「……何があったんだ?」
「ランティスさんと少しお話ししただけですわ」
ね? と、風がランティスに微笑みかける。
しかし、ランティスは表情一つ動かさず、ただ盤をじっと見つめいるだけだった。
結局、ランティスと風の勝負も、風の勝ちに終わった。
「やっぱり、フウは強いなあ……」
フェリオが半ば呆れたようにつぶやく。
盤を片付け、お茶を飲みながら、光が風に、「ランティスの差し手はどうだった?」と聞くと、風は、「そうですね……」と間を置いて、意味ありげにランティスを見る。
「とても素直な方だと思いますわ」
そして、光を見ると、あの「にっこり」という笑顔をする。
光が、そうなの? と首を傾げながらランティスを見つめると、ランティスは少し気まり悪げに視線をそらした。
***
あとがき
この話の後のフェリオと風ちゃんの会話:
「なあ、俺とヒカルがいない間に何があったんだ?」
「ランティスさんに、光さんのことを少し伺っただけですわ」
「……なるほど」
*
ということで、えーっと……何か言葉足らずのまま終わってすみません。
光ちゃんとフェリオがお茶を入れに行っている間に、風ちゃんがランティスに光ちゃんについての質問(「光さんのことをどう思ってらっしゃるんですか?」的な)をぶつけてランティスを動揺させて、形勢を有利に持ち込んでた……っていう話……のつもりでした。
……風ちゃんとランティスの会話入れるべきでしたかね……。
フェ風のリクエストに応えようと思って書き始めたんですが、出来上がったらフェ風じゃなくなってたのでここに笑
本当は、途中でクレフが入って来て、横からランティスの打ち手にいちいち文句つけ始めて(笑)、うんざりしたランティスがクレフと打ち手を変わるんだけど結局風ちゃんに負ける……っていう話にするつもりだったんですけど、こっちの方が何か面白い(ランティスが)と思ってこういう展開にしてみました。
後、この話のテーマの一つは、「お茶の準備をするフェリオ」です。
フェリオって、風ちゃんと結婚しても、家事育児も当たり前のようにやってくれそうじゃないですか?
「どうしたんだろう?」
ランティスを仰ぎ見ると、ランティスも「さあ」というように首を振る。何があったのかはさっぱり見当がつかないが、この声の主には十分心当たりがある。光はそのまま、ランティスを連れて、声のした方へ歩いて行った。
その声は、庭の中につくられた四阿の中から聞こえてきたもののようだった。中をのぞくと、案の定、あの特徴的な碧色の髪の毛が見えた。その向かいで微笑む親友の姿も。
すっかりセフィーロ城内公認カップルとなったフェリオと風は、今、小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。罰が悪そうにガシガシと髪をかきむしっているフェリオと、それをにこにこと見つめている風は実に対照的だ。
「何してるんだ?」
声をかけると、フェリオがくるりとこちらを見て、「大苦戦中なんだ」といって小さく両手を上げる。
テーブルの上を覗きこむ。正方形に切られた木の板が見えた。碁盤の目が引かれており、その上に、チェスの駒のようなものが並べられている。「のようなもの」というよりも、人や精獣を象った小さな人形が碁盤の目の上に並べられているその様は、まさしくチェスに見えた。
「……チェス?」
「セフィーロ版チェスといったところでしょうか……相手の駒を奪って使えるので、ルールとしては、むしろ将棋に近いようですが」
「フウ、俺は少し考えてるから、ヒカルに遊び方を教えてやってくれ」
そう言ってフェリオは顎に手を当ててうんうんと唸りだした。盤面からはどういう局面なのかよく分からないが、どうやらフェリオが劣勢らしい。光は将棋もチェスもルールくらいしか知らないが、風は得意にしていると聞いたことがある。小学生の時点ですでに大学生や大人を負かせていたというから、多少ルールが違っても、こういうボードゲームはお手の物なのだろう。
風のいうことには、これはセフィーロの「レガシー」というゲームで、互いに17個ずつ、計34個の駒を使って争う。それぞれ前にしか動けなかったり、斜め前にしか進めなかったり、動き方に決まりがある。相手の駒と同じマスに駒を進めれば相手の駒を奪い、自分の持ち駒として使えるのだという。確かに将棋によく似たゲームだ。しかも、将棋でいう「王将」にあたる、「柱」という駒を取った方が勝ちらしい。その駒の名前に一瞬複雑な気持ちになったが……まあ、文化とは概ねそういうものなのだろう。
「ランティスもやったことある?」
後ろで黙りこんでいるランティスに水を向けてみると、「……多少は」と答えが返って来た。
その答えは光にとって少し意外だった。彼はどちらかというと、部屋の中で頭脳戦を展開しているより、森の中を散歩する方を好みそうだ。ランティスも昔からセフィーロに住んでいるのだから誰かと対戦したことがあっても不思議ではないが、碁盤を前に考え込んでいるランティスはあまり想像がつかない。
しかし、口数が少ないから、もしかしたら、こういう静かなゲームは案外好きなのかもしれない。
「得意?」と更に聞いてみる。
「いや……この手の遊びは俺よりも導師が得意だ」
「……なるほど」
光と風は同時に呟いた。確かにクレフがお茶を片手に盤を前にしている姿は容易に想像がつく。ここに海がいたら、「お年寄りが好むものってどの世界でも一緒なのね」と、クレフが目を吊り上げそうな台詞を吐いていたに違いない。
「ところで、フェリオ。どうなさいますか?」
風の問いかけに、フェリオが「うっ」と声を上げ、にっこり笑った風の柔らかな金髪がふわりと揺れる。その微笑みはいかにも上品で花も恥じらうほどに甘くかわいらしい。しかし、この美少女の差し手は、その想い人にも一切容赦がないようだ。フェリオはまたぐしゃぐしゃと自分の髪をかきまぜ、悔しげなうめき声をあげる。
「ちょっと待ってくれ、俺は最後の最後まで足掻きたいんだ……ランティス、何かいい手ないか?」
フェリオに助けを求められて、ランティスがひょいと盤を覗きこむ。
「その『魔導師』を前に出せば、当面は『柱』を取られずに済むが」
「……あ、本当だ」
ぽん、と手を打ったフェリオは、しかし、結局、その後五手目で投了した。
「よくできたゲームですわ。将棋だと「成る」場所が決まっていますが、『レガシー』だと駒によって成れる場所が違っておりますし……『招喚士』に『幻惑士』の駒は取れない、『幻惑士』に『剣闘師』は取れない、『剣闘師』に『魔導師』は取れない、というように、細かい制約があるのも面白いですわね。
何というか……相手の駒を追い込んで行く面白さがあります」
風は対戦がよほど楽しかったらしく、眼鏡を輝かせながら、うっとりと感想を語っている。その向かいでフェリオは「フウが強すぎて俺では相手にならない」と凹んでいた。
「もう一戦いかがですか?」
「いや、少し休憩させてくれ。……フウはよく頭が疲れないなあ」
フェリオがはあ、とため息をつく。フェリオもこうした頭脳戦が得意そうなイメージがあるが、風の方が上手のようだ。
「ヒカル、やってみないか?」
「いや、私はちょっと……ルールが複雑すぎてよく分からないや」
将棋やチェスですらあまり良く分からないのに、それより複雑な『レガシー』を今すぐに打てる気はしなかった。ぶんぶんと首を振って、光はランティスを見上げる。
「ランティス、どう?」
「いや、俺はこの手の遊びは……」
即座に断ろうとするランティスを遮って、
「昔、よく、導師の相手をさせられてたじゃないか」
にやりと笑ったフェリオがランティスを巻き込みにかかる。
「そうなのか?」
「確かにそうだが……」
光にきょとんと見つめられて言いよどみながらも、ランティスはいかにも「面倒だ」というオーラを出している。しかし、フェリオはそれに構わずに、「俺も大人げないランティスにこてんぱんに負かされて大泣きした記憶があるしな」と更に言い募った。
「……お前が子どもの頃の話だろう」
あまりいい思い出ではないのか、仮にもこの国の王子であるフェリオをお前呼ばわりして、ランティスは思い切り眉を顰めた。早々にこの話を切り上げたいという空気が漂っている。
しかし。
「私、ランティスが『レガシー』差してるところ見たいな」
光にキラキラと眼差しでそう言われて、ランティスが黙り込む。
フェリオが敢えて光からランティスに水を差し向けさせることで、断り辛くするというテクニックを駆使していることを、光は知らない。
「ランティスさんがよろしければ是非、お手合わせ願いたいですわ」
ダメ押しのように風がそう言うと、フェリオが「よし、決まりだ」と笑った。
「じゃあ、俺はお茶でも入れてくるな」
意気揚々と立ち上がったフェリオが城の中に向かって歩き去ると、ランティスは渋々と言った体で、風の向かいの席に着いた。
**
風とランティスが向かい合って座り、それぞれが自分の陣地に駒を並べている。
光は盤を横から覗き込めるような位置に椅子を移動させながら、二人を交互に見比べた。
楽しそうに微笑む風。相変わらず無表情なランティス。
光にとっては二人ともとても近しく、親しい関係だが、この二人の取り合わせは珍しい。
「ランティスさんがどんな手を差されるのか、とても楽しみですわ」
風の言葉に、ランティスがちらりと目線を上げる。
「このようなゲームの差し手にはよく性格が表れますもの」
「フェリオはどうだったの?」
光の言葉に、風は「そうですわね……」とひと時考え込み、
「勝ち負けよりにこだわるというよりも、局面局面で駆け引きを楽しむタイプに見えましたわ」
「風ちゃんは?」
「さあ……どうでしょう」
にっこり。
風は満面の笑みを光に差し向けてから、ランティスに向き直り、
「それは差してみてからのお楽しみですわ。それでは始めましょうか」
と言った。
暖かな四阿の中に、二人が駒を動かす音だけが響く。風とランティスはじっとゲームに集中しており、光は、二人の隣で盤の上をじっと見つめていた。ランティスは堅実な手を好むのか、自分の陣地で柱の周りに駒を置き、地道に守りを固めているが、風が案外(?)攻撃的で、どんどん駒を前にだし、奪った駒を積極的に相手の陣地に進めて行っている。途中で、風が「見ているだけで退屈ではありませんか?」と気遣ってくれたが、ランティスの剣士らしい大きな手が守りを固め、風の白くて華奢な手がどんどん駒を相手の陣地に進めている……その様子が何だかおかしくて、ルールが分からなくても、駒の動きを見ているだけで何だか楽しかった。
しかし、形勢についてはさっぱり分からない。風は終始にこにこしているし、ランティスは無表情だしで、実際のところ、二人の表情からはどちらが有利にゲームを進めているのか、読み取ることはできなかった。
「よっ、調子はどうだ?」
風とランティスが幾つか互いの駒を取り合ったところで、フェリオが戻って来た。
盤を覗き込み「いい勝負じゃないか」と言ってにやりと笑う。
「勝負はこれからですわ」
にっこり。
そう言って風が微笑むと、フェリオがフウのその笑顔を見て、「フウのその笑顔は怖いんだよなあ」とぼやいた。そして、ランティスを見て、真剣な顔で「ランティス、気を付けた方がいいぞ」と言う。
しかし、ランティスは少し視線を動かしただけで、何も言わなかった。
「ところで、ヒカル。うっかりしてたんだが、さすがに一人で四人分のお茶は運べなかった……ちょっと手伝ってくれないか」
「あ、ごめんね。気づかなくて」
光はフェリオに言われて、あわてて立ち上がると、フェリオと共に四阿を後にした。
***
フェリオと一緒にお茶を運びながら、フェリオに勝負の展望を聞くと「うーん、さっきの感じだと、風が攻めに徹してて、ランティスが守りに徹してるからなあ。勝負はこれからって感じじゃないか」という返事が返って来た。
「風ちゃんが、フェリオは勝ち負けにこだわるより、勝負を楽しむタイプだって言ってたよ」
「あっは、そうか。まあ、そういわれるとそうかもな」
往生際は悪かったけど、と言ってフェリオが笑う。
「風ちゃんはどんな手を差すタイプだった?」
「フウは勝負も楽しんでたが、勝ち負けにもかなりこだわってたと思うぞ」
……というような会話を経て、二人がティーポットと四人分のカップを抱えて四阿に戻ったところ。
「このちょっとの間に何があったんだ?」
とフェリオが目を丸くするほど、形勢が変わっていた。
フェリオ曰く、聞けば、さっきまでは五分五分だったのに、今は、風の方が七割がた有利らしい。
確かに、光の目から見ても、風の持ち駒が増え、ランティスの守りが一部崩されているように見える。
「いや、まだ、ランティスにも勝機はあると思うけど……」
フェリオとお茶を並べながら、ランティスを見ると、ランティスは相変わらず無表情で、風も、やはり、先刻までも同じく、にこにことしている。
先ほどまでと二人の様子はまったく変わらないのに、形勢だけが動いている……それは何だか不思議な光景だった。
「……何があったんだ?」
「ランティスさんと少しお話ししただけですわ」
ね? と、風がランティスに微笑みかける。
しかし、ランティスは表情一つ動かさず、ただ盤をじっと見つめいるだけだった。
結局、ランティスと風の勝負も、風の勝ちに終わった。
「やっぱり、フウは強いなあ……」
フェリオが半ば呆れたようにつぶやく。
盤を片付け、お茶を飲みながら、光が風に、「ランティスの差し手はどうだった?」と聞くと、風は、「そうですね……」と間を置いて、意味ありげにランティスを見る。
「とても素直な方だと思いますわ」
そして、光を見ると、あの「にっこり」という笑顔をする。
光が、そうなの? と首を傾げながらランティスを見つめると、ランティスは少し気まり悪げに視線をそらした。
***
あとがき
この話の後のフェリオと風ちゃんの会話:
「なあ、俺とヒカルがいない間に何があったんだ?」
「ランティスさんに、光さんのことを少し伺っただけですわ」
「……なるほど」
*
ということで、えーっと……何か言葉足らずのまま終わってすみません。
光ちゃんとフェリオがお茶を入れに行っている間に、風ちゃんがランティスに光ちゃんについての質問(「光さんのことをどう思ってらっしゃるんですか?」的な)をぶつけてランティスを動揺させて、形勢を有利に持ち込んでた……っていう話……のつもりでした。
……風ちゃんとランティスの会話入れるべきでしたかね……。
フェ風のリクエストに応えようと思って書き始めたんですが、出来上がったらフェ風じゃなくなってたのでここに笑
本当は、途中でクレフが入って来て、横からランティスの打ち手にいちいち文句つけ始めて(笑)、うんざりしたランティスがクレフと打ち手を変わるんだけど結局風ちゃんに負ける……っていう話にするつもりだったんですけど、こっちの方が何か面白い(ランティスが)と思ってこういう展開にしてみました。
後、この話のテーマの一つは、「お茶の準備をするフェリオ」です。
フェリオって、風ちゃんと結婚しても、家事育児も当たり前のようにやってくれそうじゃないですか?