for your happiness! for your happiness!
「あなたは、ザガート様とエメロード姫が、一番、支えを必要としている時に、セフィーロにいなかったのに」
想像以上に冷静に彼の言葉を聞くことができたのは、光をその背中の後ろに隠すランティスの手が震えているのに気付いたからかもしれない。
*
光を背中の後ろに押し隠そうとランティスの手が光の肩に触れた時、彼の大きな手が小刻みに震えているのに気が付いた。ランティスは突然現れた彼の言葉が、光を傷つけるのではないかと心配しているように見えたが、光はそれよりもランティスの方が心配だった。ランティスは今、どんな顔をしているんだろう。背中の後ろからでは、彼の表情を伺うことはできない。
急にランティスに話しかけて来たのは、真っ白な髪に黄色い瞳が印象的な、若い男の人だった。ランティスは彼のことを知らないように見えたが、彼はランティスのことをよく知っているようだった。彼は端正な顔立ちを歪ませて、ランティスを傷つける言葉を投げつける。その言葉から、彼がザガートとエメロード姫の「精獣」だったということが分かった。彼がエメロード姫とザガートのために、ずっと人間になりたがっていたのだということも。
違う。ランティスは柱制度を終わらせようとしていた、ランティスは悪くない。悪いのは……。
そう言って彼の言葉を否定したいのに、できないのは、彼が本当に二人を慕っていて、二人がいなくなってしまったことをどうしても受け入れられないのだということが伝わって来たからだ。
彼を見ていると、昔、父が家からいなくなってしまった時、毎日のように寂しそうな鳴声を上げていた閃光の姿が思い出された。セフィーロが生まれ変わっても、精獣から人間になっても、彼の主人はずっとザガートとエメロード姫なのだ。二人のために人間になりたくて、ようやく人間になったばかりの彼に、二人がいなくなったことを受け入れろというのはあまりに酷であるような気がした。
しかし、彼がランティスがセフィーロを出て行ったことを詰るたび、かたく強張っていくランティスの背中はとても痛々しくて、そんなランティスも見ていられなかった。どうすればいいのか。自分の取るべき行動が分からない。
光も、ランティスがセフィーロを出て行った時のことを詳細に聞いたことがあるわけでもない。聞くのが躊躇われて、今までその会話を避けてきた。
昔のセフィーロのこと、エメロード姫のこと、そして、ザガートのこと。
聞きたいことはたくさんあるのに、彼らの名前を出すと、ランティスと一緒にいる時間が壊れてしまいそうで、聞くのが怖かった。ランティスは、昔はどんな子どもだったんだろう、どんな人と、どんな風に育ってきたんだろう。ランティスについて知りたいことは増えるのに、それを聞けないもどかしさ。それ以上のうしろめたさ。光は自分が彼から大切な人を奪ってしまったのだという事実を未だに受け止めきれていない。
しかし、そもそも受け止めることなんてできるのだろうか。
私がランティスの兄様を殺したのに。
本当は、ランティスだって聞きたいはずだ。
ザガートが魔法騎士に何を話したのか。ザガートはどんな最期を迎えたのか。ランティスが光にそれを聞かないのは、ランティスが優しいからだ。そう思っていた。
「あなたは、自分は逃げ出して、酷な役割は全部魔法騎士に全部押し付けただけじゃないか。それなのに」
彼は唇をかみしめて、ランティスを見つめた。
ランティスが何も言わないのは、彼が言っていることが全て間違いではないと、そう思っているからなのだろうか。
「絶対に許さない」
*
泣きそうな顔をした彼が逃げるように立ち去ってしまうと、あとは沈黙が残るだけだった。
ランティスはしばらく、立ち尽くしたまま動かなかったが、はっと我に返ったように後ろを振り返り、光に視線を落とした。
「ヒカル……」
何かを言おうとするランティスを遮り、光は「私は大丈夫だよ」と言ってランティスを見つめた。
いつも強い意志を持ってまっすぐ前を見つめているランティスの瞳が、今はとても悲しい色をしている。それは、彼に初めて出会った時のこと……光を助けてくれたり、優しい声をかけてくれたりしながらも、ずっと孤独で悲しい目をしていたランティスの姿を思い起こさせた。
光は、ランティスがセフィーロから逃げ出したなんて思わない。
セフィーロを変えたいというランティスの思いは本物で、ランティスはその思いから逃げ出さないために、ずっと必死に、藻掻き続けていたのだ。
けれど、ランティスは彼の言葉を一度も否定しなかった。もしかしたら、ランティスは旅をしながら、ザガートとエメロード姫の傍にいることより、セフィーロから旅立つことを選んだ自分のことを責め続けていたのだろうか。
そして、それは今も同じで、だから、ランティスは、光にザガートのことを敢えて聞かないのではなくて、聞けないのかもしれない。
光が怖くて蓋を開けることのできない後ろめたさを抱えているように、ランティスもまた、独りでずっと、抱えきれない思いをずっと抱え込んでいるのだろう。彼は一人でセフィーロを出て、一人で旅をして、一人でセフィーロに戻って来て、そして、一人でセフィーロを生きている。
「ランティスも一人の時、泣いたんだよね」
光がそう言ってランティスを見つめると、ランティスの瞳が丸く固まった。
青い瞳がわずかに揺れて、光の目を呆然と見つめる。ランティスの唇がわずかに開いて、しかし、何も言葉を紡がずにそのまま閉じてしまった。
光はそんなランティスの逡巡する姿をじっと見上げていた。
ランティスが今、何を考えて、何を迷っているのかは分からない。
だが、光が伝えたいことは決まっていた。
「今日は一緒にいよう」
光はランティスに向かって手を差し出す。
それに応えようと動き出したランティスの手が、途中で躊躇するように固まると、光の手が更に伸びてランティスの大きな手をぎゅっと握りしめ、ランティスの部屋に向かって歩き出した。
想像以上に冷静に彼の言葉を聞くことができたのは、光をその背中の後ろに隠すランティスの手が震えているのに気付いたからかもしれない。
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光を背中の後ろに押し隠そうとランティスの手が光の肩に触れた時、彼の大きな手が小刻みに震えているのに気が付いた。ランティスは突然現れた彼の言葉が、光を傷つけるのではないかと心配しているように見えたが、光はそれよりもランティスの方が心配だった。ランティスは今、どんな顔をしているんだろう。背中の後ろからでは、彼の表情を伺うことはできない。
急にランティスに話しかけて来たのは、真っ白な髪に黄色い瞳が印象的な、若い男の人だった。ランティスは彼のことを知らないように見えたが、彼はランティスのことをよく知っているようだった。彼は端正な顔立ちを歪ませて、ランティスを傷つける言葉を投げつける。その言葉から、彼がザガートとエメロード姫の「精獣」だったということが分かった。彼がエメロード姫とザガートのために、ずっと人間になりたがっていたのだということも。
違う。ランティスは柱制度を終わらせようとしていた、ランティスは悪くない。悪いのは……。
そう言って彼の言葉を否定したいのに、できないのは、彼が本当に二人を慕っていて、二人がいなくなってしまったことをどうしても受け入れられないのだということが伝わって来たからだ。
彼を見ていると、昔、父が家からいなくなってしまった時、毎日のように寂しそうな鳴声を上げていた閃光の姿が思い出された。セフィーロが生まれ変わっても、精獣から人間になっても、彼の主人はずっとザガートとエメロード姫なのだ。二人のために人間になりたくて、ようやく人間になったばかりの彼に、二人がいなくなったことを受け入れろというのはあまりに酷であるような気がした。
しかし、彼がランティスがセフィーロを出て行ったことを詰るたび、かたく強張っていくランティスの背中はとても痛々しくて、そんなランティスも見ていられなかった。どうすればいいのか。自分の取るべき行動が分からない。
光も、ランティスがセフィーロを出て行った時のことを詳細に聞いたことがあるわけでもない。聞くのが躊躇われて、今までその会話を避けてきた。
昔のセフィーロのこと、エメロード姫のこと、そして、ザガートのこと。
聞きたいことはたくさんあるのに、彼らの名前を出すと、ランティスと一緒にいる時間が壊れてしまいそうで、聞くのが怖かった。ランティスは、昔はどんな子どもだったんだろう、どんな人と、どんな風に育ってきたんだろう。ランティスについて知りたいことは増えるのに、それを聞けないもどかしさ。それ以上のうしろめたさ。光は自分が彼から大切な人を奪ってしまったのだという事実を未だに受け止めきれていない。
しかし、そもそも受け止めることなんてできるのだろうか。
私がランティスの兄様を殺したのに。
本当は、ランティスだって聞きたいはずだ。
ザガートが魔法騎士に何を話したのか。ザガートはどんな最期を迎えたのか。ランティスが光にそれを聞かないのは、ランティスが優しいからだ。そう思っていた。
「あなたは、自分は逃げ出して、酷な役割は全部魔法騎士に全部押し付けただけじゃないか。それなのに」
彼は唇をかみしめて、ランティスを見つめた。
ランティスが何も言わないのは、彼が言っていることが全て間違いではないと、そう思っているからなのだろうか。
「絶対に許さない」
*
泣きそうな顔をした彼が逃げるように立ち去ってしまうと、あとは沈黙が残るだけだった。
ランティスはしばらく、立ち尽くしたまま動かなかったが、はっと我に返ったように後ろを振り返り、光に視線を落とした。
「ヒカル……」
何かを言おうとするランティスを遮り、光は「私は大丈夫だよ」と言ってランティスを見つめた。
いつも強い意志を持ってまっすぐ前を見つめているランティスの瞳が、今はとても悲しい色をしている。それは、彼に初めて出会った時のこと……光を助けてくれたり、優しい声をかけてくれたりしながらも、ずっと孤独で悲しい目をしていたランティスの姿を思い起こさせた。
光は、ランティスがセフィーロから逃げ出したなんて思わない。
セフィーロを変えたいというランティスの思いは本物で、ランティスはその思いから逃げ出さないために、ずっと必死に、藻掻き続けていたのだ。
けれど、ランティスは彼の言葉を一度も否定しなかった。もしかしたら、ランティスは旅をしながら、ザガートとエメロード姫の傍にいることより、セフィーロから旅立つことを選んだ自分のことを責め続けていたのだろうか。
そして、それは今も同じで、だから、ランティスは、光にザガートのことを敢えて聞かないのではなくて、聞けないのかもしれない。
光が怖くて蓋を開けることのできない後ろめたさを抱えているように、ランティスもまた、独りでずっと、抱えきれない思いをずっと抱え込んでいるのだろう。彼は一人でセフィーロを出て、一人で旅をして、一人でセフィーロに戻って来て、そして、一人でセフィーロを生きている。
「ランティスも一人の時、泣いたんだよね」
光がそう言ってランティスを見つめると、ランティスの瞳が丸く固まった。
青い瞳がわずかに揺れて、光の目を呆然と見つめる。ランティスの唇がわずかに開いて、しかし、何も言葉を紡がずにそのまま閉じてしまった。
光はそんなランティスの逡巡する姿をじっと見上げていた。
ランティスが今、何を考えて、何を迷っているのかは分からない。
だが、光が伝えたいことは決まっていた。
「今日は一緒にいよう」
光はランティスに向かって手を差し出す。
それに応えようと動き出したランティスの手が、途中で躊躇するように固まると、光の手が更に伸びてランティスの大きな手をぎゅっと握りしめ、ランティスの部屋に向かって歩き出した。