for your happiness! for your happiness!
「あなたはセフィーロから逃げ出したから、ザガート様やエメロード姫の本当の苦しみを知らないんだ」
ではお前が二人の何を知っているのかと聞かれれば、私に分かることなど何もないのだ。私はただ彼らの傍にいることしかできなかったのだから。
*
私の記憶の中で、私が一番愛おしく思うのは、エメロード姫が私をザガート様に贈るその瞬間に見せた、彼女の瞳の色だった。エメロード姫はいつも悲しく優しい瞳をしていたけれど、ザガート様が私を受け取るその瞬間は優しさよりも、悲しさよりも、喜びがあった。彼女は私を彼に贈る前「ザガートはあなたのことを気に入るかしら?」とひどく心配していたから。一目でザガート様を気に入った私が、彼に纏わりつき、彼が膝をついて私の頭を優しく撫でるのを見て、彼女は安心したように、そしてとても嬉しそうに目を細めた。
ザガート様の精獣となった後も、ザガート様は私をよく城に連れて行き、エメロード姫に会わせてくれた。彼女と二人きりになることもあった。そんな時、彼女は私の背中を撫でながら、「ザガートはきちんと休みをとっているのかしら」「私、ザガートを少し怒らせてしまったかもしれないの」などと、彼のことばかり話しかけた。彼女は私を見つめながら、いつも、私の機嫌に、私の毛並みに、ザガート様の日常やぬくもりを探していた。彼女の言葉の裏側にはいつも「ザガートの傍にいられて、あなたがうらやましい」という想いがあって、それに気が付いた時、私は彼女がどんな想いをこめて私を彼に贈ったのかを知った。
そして、彼女が、その押し殺せない想いにずっと苦しんでいることも。
しかし、言葉も力も持たない私は、彼女の傍にいても、彼女の瞳を見つめ、私の頬を撫でる彼女の手に頬をすり寄せることしかできなかった。
私は新しい主人になったザガート様のことをとても気に入っていた。彼はこれまでに出会った誰よりも、崇高な精神の持ち主だった。
彼はどんなに疲れていても、自分を高めるということを決して怠らない人だった。睡眠時間を削りながら、魔導書を広げ、外に出て魔物と戦っては魔法の精度を高めた。
みな彼を天才というけれど、それは彼が誰よりも、エメロード姫とセフィーロのために身を削り、時間を費やしていたからだ。ザガート様はとても強い人で、いつも穏やかな表情を絶やさなかったけれど、一人きりになれば倒れ込むように眠ったし、寝台の上で目を覚まして身体を起こしても、眉を寄せてこめかみを抑えたまま動かなくなってしまうこともあった。しかし、彼はそんな疲れや弱みを誰にも見せようとはしなかった。彼の師にも、彼の弟にも。もちろん、エメロード姫にも。
彼は部屋で一人きりになると、時折、窓の外に広がるセフィーロの風景を眺めながら、彼の紫色の瞳を曇らせて、ため息を殺すように下唇を噛みしめた。いつからか、そのようなことが増えて行って、強い意志の光る瞳が、その光を消すことさえあった。私はそんな様をみるたびに、彼が生きる力、生きる意志そのものを消してしまったような気がして、不安で胸がつぶれそうになった。
何かに悩んでいるのだ。彼は大きな何かを一人で抱え込んでいて、それに押しつぶされそうになっている。しかし、それでも私はそれを一緒に抱えることなどできやしない。ただ彼に身を摺り寄せて、小さい鳴き声をあげて、彼を励ますことしかできない。
私が人間だったら、もっと彼らの苦しみに寄り添って、彼らが抱える重荷に、少しでも手を伸ばすことができたかもしれないのに。私はなぜ彼らに語りかける言葉も、彼らに差し伸べる手も、彼らを抱きしめる腕も持っていないのだろう。
それが悔しくて仕方がなかった。
私はずっと人間になりたかった。ずっと人間になりたいと願っていた。
それが叶ったのは、彼らがセフィーロから失われ、セフィーロから柱がいなくなり、新しいセフィーロが立ち上がってからのことだった。
しかし、今、人間になれたところで、遅すぎる。
だから、「あなたにはそれができたはずなのに」という思いが私の口に彼を責め立てさせる。
ザガート様は弟である彼には心を許していたし、彼には信頼を置いていたはずなのだ。それなのに、彼はザガート様の心に一歩踏み込む前に、セフィーロからいなくなってしまった。そして、彼がいなくなった頃から、ザガート様の瞳が沈み込むことが増えて行った。
セフィーロが「新しく」生まれ変わっても、彼の姿を見るたびにザガート様のことを思い出す。彼は兄であるザガート様に、声も、顔立ちも、体格もよく似ていた。
しかし、彼はザガート様ではない。急にいなくなって、急に帰って来て、ザガート様と同じ声をした彼が、穏やかな笑顔を作っているのを見ると、どうしてあなただけが、と沸騰するような苛立ちが沸きあがる。
特に、彼が、「柱」になるべきはずだった少女と、親しげに話しているのを見ると、どうしてもあなたたちだけがと、黒々と浮かび上がる感情を抑えられなくなる。
それが理不尽な言いがかりであることも分かっている。だから、彼らには極力近づかないようにしていたのに、今夜は、たまたま、彼らとすれ違ってしまった。赤い髪の少女に微笑みかける彼の笑顔は、穏やかだった頃のザガート様の微笑みにあまりにもよく似ていた。
どうして、あなたは臆面もなく新しいセフィーロを歩けるのか、どうしてそんなに幸せそうに笑うことができるのか。どうして、あなたたちだけ人を愛する気持ちを肯定されるのか。
気が付けば、私の口は、彼を責め立てる言葉を並べ立てていた。
どうして、あなたばかり。どうして、あなただけが。
「あなたは、ザガート様とエメロード姫が、一番、支えを必要としている時に、セフィーロにいなかったのに」
**
ねつ造しすぎですみません……一応、原作版のつもりで書いてるんですけど、原作版にイノーバがいたらこんな感じかな的ifの世界です……。
ではお前が二人の何を知っているのかと聞かれれば、私に分かることなど何もないのだ。私はただ彼らの傍にいることしかできなかったのだから。
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私の記憶の中で、私が一番愛おしく思うのは、エメロード姫が私をザガート様に贈るその瞬間に見せた、彼女の瞳の色だった。エメロード姫はいつも悲しく優しい瞳をしていたけれど、ザガート様が私を受け取るその瞬間は優しさよりも、悲しさよりも、喜びがあった。彼女は私を彼に贈る前「ザガートはあなたのことを気に入るかしら?」とひどく心配していたから。一目でザガート様を気に入った私が、彼に纏わりつき、彼が膝をついて私の頭を優しく撫でるのを見て、彼女は安心したように、そしてとても嬉しそうに目を細めた。
ザガート様の精獣となった後も、ザガート様は私をよく城に連れて行き、エメロード姫に会わせてくれた。彼女と二人きりになることもあった。そんな時、彼女は私の背中を撫でながら、「ザガートはきちんと休みをとっているのかしら」「私、ザガートを少し怒らせてしまったかもしれないの」などと、彼のことばかり話しかけた。彼女は私を見つめながら、いつも、私の機嫌に、私の毛並みに、ザガート様の日常やぬくもりを探していた。彼女の言葉の裏側にはいつも「ザガートの傍にいられて、あなたがうらやましい」という想いがあって、それに気が付いた時、私は彼女がどんな想いをこめて私を彼に贈ったのかを知った。
そして、彼女が、その押し殺せない想いにずっと苦しんでいることも。
しかし、言葉も力も持たない私は、彼女の傍にいても、彼女の瞳を見つめ、私の頬を撫でる彼女の手に頬をすり寄せることしかできなかった。
私は新しい主人になったザガート様のことをとても気に入っていた。彼はこれまでに出会った誰よりも、崇高な精神の持ち主だった。
彼はどんなに疲れていても、自分を高めるということを決して怠らない人だった。睡眠時間を削りながら、魔導書を広げ、外に出て魔物と戦っては魔法の精度を高めた。
みな彼を天才というけれど、それは彼が誰よりも、エメロード姫とセフィーロのために身を削り、時間を費やしていたからだ。ザガート様はとても強い人で、いつも穏やかな表情を絶やさなかったけれど、一人きりになれば倒れ込むように眠ったし、寝台の上で目を覚まして身体を起こしても、眉を寄せてこめかみを抑えたまま動かなくなってしまうこともあった。しかし、彼はそんな疲れや弱みを誰にも見せようとはしなかった。彼の師にも、彼の弟にも。もちろん、エメロード姫にも。
彼は部屋で一人きりになると、時折、窓の外に広がるセフィーロの風景を眺めながら、彼の紫色の瞳を曇らせて、ため息を殺すように下唇を噛みしめた。いつからか、そのようなことが増えて行って、強い意志の光る瞳が、その光を消すことさえあった。私はそんな様をみるたびに、彼が生きる力、生きる意志そのものを消してしまったような気がして、不安で胸がつぶれそうになった。
何かに悩んでいるのだ。彼は大きな何かを一人で抱え込んでいて、それに押しつぶされそうになっている。しかし、それでも私はそれを一緒に抱えることなどできやしない。ただ彼に身を摺り寄せて、小さい鳴き声をあげて、彼を励ますことしかできない。
私が人間だったら、もっと彼らの苦しみに寄り添って、彼らが抱える重荷に、少しでも手を伸ばすことができたかもしれないのに。私はなぜ彼らに語りかける言葉も、彼らに差し伸べる手も、彼らを抱きしめる腕も持っていないのだろう。
それが悔しくて仕方がなかった。
私はずっと人間になりたかった。ずっと人間になりたいと願っていた。
それが叶ったのは、彼らがセフィーロから失われ、セフィーロから柱がいなくなり、新しいセフィーロが立ち上がってからのことだった。
しかし、今、人間になれたところで、遅すぎる。
だから、「あなたにはそれができたはずなのに」という思いが私の口に彼を責め立てさせる。
ザガート様は弟である彼には心を許していたし、彼には信頼を置いていたはずなのだ。それなのに、彼はザガート様の心に一歩踏み込む前に、セフィーロからいなくなってしまった。そして、彼がいなくなった頃から、ザガート様の瞳が沈み込むことが増えて行った。
セフィーロが「新しく」生まれ変わっても、彼の姿を見るたびにザガート様のことを思い出す。彼は兄であるザガート様に、声も、顔立ちも、体格もよく似ていた。
しかし、彼はザガート様ではない。急にいなくなって、急に帰って来て、ザガート様と同じ声をした彼が、穏やかな笑顔を作っているのを見ると、どうしてあなただけが、と沸騰するような苛立ちが沸きあがる。
特に、彼が、「柱」になるべきはずだった少女と、親しげに話しているのを見ると、どうしてもあなたたちだけがと、黒々と浮かび上がる感情を抑えられなくなる。
それが理不尽な言いがかりであることも分かっている。だから、彼らには極力近づかないようにしていたのに、今夜は、たまたま、彼らとすれ違ってしまった。赤い髪の少女に微笑みかける彼の笑顔は、穏やかだった頃のザガート様の微笑みにあまりにもよく似ていた。
どうして、あなたは臆面もなく新しいセフィーロを歩けるのか、どうしてそんなに幸せそうに笑うことができるのか。どうして、あなたたちだけ人を愛する気持ちを肯定されるのか。
気が付けば、私の口は、彼を責め立てる言葉を並べ立てていた。
どうして、あなたばかり。どうして、あなただけが。
「あなたは、ザガート様とエメロード姫が、一番、支えを必要としている時に、セフィーロにいなかったのに」
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ねつ造しすぎですみません……一応、原作版のつもりで書いてるんですけど、原作版にイノーバがいたらこんな感じかな的ifの世界です……。