……っていう夢を見たんだ。

 クレフとていつまでも自分が「最高位の導師」という立場にあり続けられるとは思っていないし、そのつもりもない。
 いつかは、誰かにこの地位を譲らなければならないし、そのことはこの地位に着いた当初から常に頭の中にある。


 ランティスはそんな問いは予測していなかったとでもいうかのようにぽかんとした顔をしていた。驚いたように目を見開き、少し口を開けている彼の顔は少し間抜けだが、出会った当初、まだ少年だったころの彼の姿を思い起こさせた。
 彼に出会った時のことはよく覚えている。その額に手をかざし、感じ取ったランティスの気は一見硬質で冷たいのに、その下に激しい熱のようなものを抱えていて、この力がどんな魔法を生み出すのだろうかと、クレフに期待と末恐ろしさを感じさせた。と同時に、彼は当時から無表情で、無気力にすら見えたから、初めのうちは感じ取った気と本人の性格との落差に、戸惑いすら覚えたものだ。しかし、実際に接してみれば、彼は第一印象に反してかなり気性が激しく、意志が強いばかりに、その強さを自分でもうまく統制しかねているように見えた。そのせいか彼は時に(腹が立つくらいに)クレフに反抗をし、途中で壁にぶつかりながらも、最初に感じた期待を裏切ることなく、いつしか、どんな闇も一瞬で切り裂くような強大な魔法を身につけていたのだ。

 今まで出会ったどんな弟子も、出会った瞬間の感触は忘れない。ああ、この子はどんな魔法を使うようになるのだろう。弟子はまだ若い頃に取ることが多いから、魔法の指導とともに彼らの成長を見守ることになる。魔法は彼らの人柄を映し出し、時に迷いや悩みをぶつける彼らを導きながら、その魔法が洗練されて行く様を見ているのが好きだった。

「初めてする話でもないだろう?」
 そう言ってやると、ランティスはわずかに眉を顰めた。何か言おうとしたのか、口を薄く開いて、しかし、何も言わずにそのまま口を噤んだ。その代わり、何かを言いたげな目でクレフを見た。




***




 ザガートとランティスの兄弟は優秀な魔導師に育ったので、修行を重ねるたびに、いつか、この二人のどちらかが……あるいはどちらもが自分を超えるだろうという予感が強くなった。そのたびに、どちらが先に超えるのか楽しみだという話は何度か本人たちにもしたし、その際に、半ば冗談交じりに私もそろそろ引退かな、と付け加えることもあった。それは案に、いつか、お前に「最高位」を譲りたいということを意味していたし、そのたびに、本人たちは「とんでもない」といったニュアンスの返事を返してきたが、クレフも彼らも、それが本当にすべて冗談というわけではないということはよく分かっていたはずだ。

 あれは確か、昼下がりの当たり前のように晴れ渡った午後のことだった。
 その日もクレフはランティスがいかに聞き分けがなくて自分の言い分を譲らないか、それにいかにそれに骨を折らされているか、ザガートに愚痴をこぼしていた。仮にもランティスは親衛隊長なので、他の者にはなかなか愚痴など聞かせられない。クレフがランティスの愚痴を言う時はいつも、ザガートはその言葉に耳を傾けながら穏やかに相槌を打ち、「そうですね」と言ってくすくすと笑う。クレフにとってみれば笑いごとではないのだが。
 その日、一通りクレフの愚痴を聞き終わったザガートは、「きっと、彼も導師に分があるのは分かってますよ。ただ、一つだけ譲れない部分があるだけです」と言って微笑んだ。ランティスも馬鹿ではないから、彼が強い主張をしてくるのには、相応の理由や事情がある。そして、クレフにもその言い分が分からないわけではない。だが、それでもそこを譲らないと話が先に進。だから目を瞑れと言うのに、ランティスは頑なに目を瞑ろうとしない。こっちも、瞑りたくて瞑っている眼ではないというのに。だからこそ、なおのこと、「本当はあなたも全てに納得しているわけではないはずだ」と見透かされているようで腹が立つ。
「彼もあなたを信頼しているから、そこまではっきり物を言えるんですよ」
「あいつももっと素直になれば可愛げがあるものを……」
 何度目か分からないため息が出る。すると、ザガートがふふっと声に出して笑いをもらした。何がおかしいのか、クレフが眉間に皺を寄せたままザガートを見ると、彼はどこか何かを面白がっているような、意味ありげな眼差しでクレフを見て言った。
「あなたを継ぐとしたら、私ではなくてランティスですよ」
 それはあまりに唐突だったので、返す言葉が見つからなかった。
「彼は感情を表すのが苦手で、自分の言い分を譲るのも下手ですが……表現が下手なだけで、私よりずっと優しいし、面倒見もいいですから」
 確かにランティスにはそういうところがある。しかし、どうしてザガートが急にそんなことを言いだしたのかつかみきれない。
 クレフは言い出した内容をすっと飲み込むことができなかった。
 なぜ急にそんなことを言いだしたのだろう。
 クレフは何と返そうかとぐるぐると思いをめぐらせながら、なだらかにあげられた彼の口角を呆然と眺めていた。

「あなたにそっくりだ。きっと、いい導師になりますよ」
 あなたに似たいい導師に。
 そう続けて、ザガートは目を伏せた。
 その口元には相変わらず微笑みが浮かんでいた。
 呆然としているクレフの様子など意に介さずに、ザガートは言葉を続ける。
 もし本当にそうなったら、あの仏頂面がどんな顔をして弟子に接しているのか、見てみたいですね。
 そういってザガートはどこか遠くでも眺めるかのように目を細めた。
 その表情は柔らかくも、哀惜がたっぷりと含まれていて、クレフはますます彼に何を言えばいいのか分からなくなった。

 もしかしたら、彼は、あの時すでに、もし仮にそれが実現しても、自分がその姿を見ることはないであろうということを予想していたのかもしれない。
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