……っていう夢を見たんだ。2 無口と独白
セフィーロから柱がいなくなり、新しい国を創り始めてからしばらく。セフィーロの大地は日々、大きな変動を続けていて、国土の大きさを知ることすらままならない。地形については城の周りのごく限られた場所しか把握できていなかった。
そんな中、国土の視察に出かけたアスコットが、城から少し離れた場所にある森の中に、「沈黙の森」らしきものを見つけたと報告を寄越したのは、ほんの数日前のことだ。
「沈黙の森」……魔法の国、セフィーロで唯一魔法を使えない場所。人間の身体と心の弱さを嘲笑うかのように、禍々しい魔物が日々、大量に生まれては、巨躯を揺らして闊歩している。柱の祈りによって平和が保たれていたかつてのセフィーロにおいて、「沈黙の森」は人々が最も恐れ、近寄ろうとしない場所の一つだった。
「沈黙の森」はセフィーロ崩壊と同時に消失している。しかし、ランティスが確認に現地へ足を運んでみると、まさしくそこは魔物が生まれ、魔物の気が魔法の使用を妨げる「沈黙の森」に他ならなかった。しかも、アスコットが報告をしたその日から、日に日に、「沈黙の森」はその範囲を広げて行っていた。
なぜ、どのようにして新しいセフィーロにまた「沈黙の森」が形成されたのか。なぜ、拡大しているのか……その原因や正確な仕組みは分からない。しかし、「沈黙の森」がこのまま拡大を続けるのは問題だった。このままでは、「沈黙の森」の影響が、城の周りに出来上がりつつある居住区に及びかねないからだ。
件の魔導師たちが広間に集められたのは、「沈黙の森」が発生したことの報告と、その対応を相談するためだったのだが、結局、導師クレフが「沈黙の森」の外側に結界を張り、拡大を抑えるという結論に収まった。森を一つ覆いきる結界を、あの「沈黙の森」の周りに張るとなると、相当の魔法力と熟練した技が必要とされる。
「読み直しておけ」
魔導師たちが立ち去り、二人きりになった広間で、導師クレフがランティスに差し出したのは、赤い表紙をした分厚い魔導書だった。結界魔法の始祖が書いたとされるその魔導書には、結界魔法の基本から最高難度の結界までが網羅されている。今、セフィーロで用いられている結界魔法は全てこの魔導書がもとになっており、この本以上に強度の高い結界魔法を生み出した者は未だ現れていない。
表紙をめくると、乾いた紙の匂いがした。魔導書は、特殊な紙の中に、魔導師が呪文を封じ込める、という手順で作られるため、一定の魔法力がなければ、文字を読むことすら敵わない。真っ白なページの上に手をかざすと、上から下までぎっしりと書き込まれた文字が浮かび上がった。ページを捲るごとにこの魔導書を書いた、魔導師の気配を感じる。魔導書を読むのは、それを書いた魔導師と対話するようなものだとは、導師クレフの口癖だった。
昔は、よく、導師クレフに、明日までにこれを呼んで来いと、分厚い魔導書を差し出されては、眠る時間を削って魔導書を読んだものだ。しかし、セフィーロに帰ってからは、何かと忙しく、魔導書を捲る時間などなかった。また、懐かしさに心を惑わされそうだ。
「ランティス、なぜ、沈黙の森が形成されたと思う?」
魔導書から目を上げて、導師クレフを見る。導師クレフが小さく呪文を唱えると、その右手に、黒い表紙をした、結界の魔導書よりも更に分厚い本が現れた。
「念のため、歴史書を確認したが、沈黙の森の形成については書かれていない。少なくとも、この史書が書かれたときには、すでに形成されていたようだ」
クレフからその本を受け取り、表紙をめくる。魔導書ではないので、魔法力がなくても文字を読むことができるのだが、その代わり、その文字が非常に難解だった。セフィーロの中でも最も古い言語で書かれているため、未だそのすべてが解読されてはいない。
「……沈黙の森は、柱の交替に関係なく、セフィーロに存在していたんだろう?」
「そうだ。エメロード姫に柱が交替する前から、沈黙の森は存在していた」
ならば、沈黙の森の存在は、柱個人にではなく、セフィーロ自体に関係しているのだろう。どんな森が、どんな泉が、なぜ、そこにできあがったのか。柱と魔法によって動かされて来たセフィーロの仕組みについては、未だ解明されていないことも多かった。
これまでの柱を中心としたセフィーロなら、それでも問題はなかったのだが、この先、新しいセフィーロを創っていくのなら、セフィーロの地形や気候、自然について、ある程度は仕組みを知っておかなければ、この先、問題が発生することは目に見えている。柱の祈りによって安定していたセフィーロならともかく、今の不安定なセフィーロでは、この先、いきなり、沈黙の森が複数の場所に発生しないとも限らない。しかし、その時の解決策が、今のセフィーロにはない。
「もし、沈黙の森の発生がセフィーロの意志だとしたら、結界など張らずに、その意志に委ねて様子を見た方がいいのかもしれんな」
「……」
「しかし、そうも言っておれん……今回の結界は難度が高いぞ」
覚悟しておけ、そう言って、クレフはため息をついた。ただでさえ、住民は新しいセフィーロに慣れず、大きな不安を抱いている。そのため、住宅地近くの森では、その不安が具現化した魔物が頻繁に発生していた。その森に沈黙の森が影響を及ぼすようになったら……事態は悪化するほかない。居住区の移転も視野に入れなければならないかもしれない。
「危険度も高いだろう」
ランティスはそう言って、クレフの様子をうかがった。
結界魔法はいわば空間に魔法の壁を作るようなものだが、その内と外の均衡を保たせる必要があり、その点が一番難しい。境界の内側の瘴気が強ければ、術者への負担も大きくなる。確かに、沈黙の森を覆う結界など、作れるとしたら導師クレフしかいないだろうが……ただでさえ、彼は忙しい。決して、万全ではないのだ。
ランティスがクレフを見つめていると、クレフは片方の口の端を上げ、ふっと息をこぼすようにして笑った。
「だからお前を連れて行くんだ」
そんな中、国土の視察に出かけたアスコットが、城から少し離れた場所にある森の中に、「沈黙の森」らしきものを見つけたと報告を寄越したのは、ほんの数日前のことだ。
「沈黙の森」……魔法の国、セフィーロで唯一魔法を使えない場所。人間の身体と心の弱さを嘲笑うかのように、禍々しい魔物が日々、大量に生まれては、巨躯を揺らして闊歩している。柱の祈りによって平和が保たれていたかつてのセフィーロにおいて、「沈黙の森」は人々が最も恐れ、近寄ろうとしない場所の一つだった。
「沈黙の森」はセフィーロ崩壊と同時に消失している。しかし、ランティスが確認に現地へ足を運んでみると、まさしくそこは魔物が生まれ、魔物の気が魔法の使用を妨げる「沈黙の森」に他ならなかった。しかも、アスコットが報告をしたその日から、日に日に、「沈黙の森」はその範囲を広げて行っていた。
なぜ、どのようにして新しいセフィーロにまた「沈黙の森」が形成されたのか。なぜ、拡大しているのか……その原因や正確な仕組みは分からない。しかし、「沈黙の森」がこのまま拡大を続けるのは問題だった。このままでは、「沈黙の森」の影響が、城の周りに出来上がりつつある居住区に及びかねないからだ。
件の魔導師たちが広間に集められたのは、「沈黙の森」が発生したことの報告と、その対応を相談するためだったのだが、結局、導師クレフが「沈黙の森」の外側に結界を張り、拡大を抑えるという結論に収まった。森を一つ覆いきる結界を、あの「沈黙の森」の周りに張るとなると、相当の魔法力と熟練した技が必要とされる。
「読み直しておけ」
魔導師たちが立ち去り、二人きりになった広間で、導師クレフがランティスに差し出したのは、赤い表紙をした分厚い魔導書だった。結界魔法の始祖が書いたとされるその魔導書には、結界魔法の基本から最高難度の結界までが網羅されている。今、セフィーロで用いられている結界魔法は全てこの魔導書がもとになっており、この本以上に強度の高い結界魔法を生み出した者は未だ現れていない。
表紙をめくると、乾いた紙の匂いがした。魔導書は、特殊な紙の中に、魔導師が呪文を封じ込める、という手順で作られるため、一定の魔法力がなければ、文字を読むことすら敵わない。真っ白なページの上に手をかざすと、上から下までぎっしりと書き込まれた文字が浮かび上がった。ページを捲るごとにこの魔導書を書いた、魔導師の気配を感じる。魔導書を読むのは、それを書いた魔導師と対話するようなものだとは、導師クレフの口癖だった。
昔は、よく、導師クレフに、明日までにこれを呼んで来いと、分厚い魔導書を差し出されては、眠る時間を削って魔導書を読んだものだ。しかし、セフィーロに帰ってからは、何かと忙しく、魔導書を捲る時間などなかった。また、懐かしさに心を惑わされそうだ。
「ランティス、なぜ、沈黙の森が形成されたと思う?」
魔導書から目を上げて、導師クレフを見る。導師クレフが小さく呪文を唱えると、その右手に、黒い表紙をした、結界の魔導書よりも更に分厚い本が現れた。
「念のため、歴史書を確認したが、沈黙の森の形成については書かれていない。少なくとも、この史書が書かれたときには、すでに形成されていたようだ」
クレフからその本を受け取り、表紙をめくる。魔導書ではないので、魔法力がなくても文字を読むことができるのだが、その代わり、その文字が非常に難解だった。セフィーロの中でも最も古い言語で書かれているため、未だそのすべてが解読されてはいない。
「……沈黙の森は、柱の交替に関係なく、セフィーロに存在していたんだろう?」
「そうだ。エメロード姫に柱が交替する前から、沈黙の森は存在していた」
ならば、沈黙の森の存在は、柱個人にではなく、セフィーロ自体に関係しているのだろう。どんな森が、どんな泉が、なぜ、そこにできあがったのか。柱と魔法によって動かされて来たセフィーロの仕組みについては、未だ解明されていないことも多かった。
これまでの柱を中心としたセフィーロなら、それでも問題はなかったのだが、この先、新しいセフィーロを創っていくのなら、セフィーロの地形や気候、自然について、ある程度は仕組みを知っておかなければ、この先、問題が発生することは目に見えている。柱の祈りによって安定していたセフィーロならともかく、今の不安定なセフィーロでは、この先、いきなり、沈黙の森が複数の場所に発生しないとも限らない。しかし、その時の解決策が、今のセフィーロにはない。
「もし、沈黙の森の発生がセフィーロの意志だとしたら、結界など張らずに、その意志に委ねて様子を見た方がいいのかもしれんな」
「……」
「しかし、そうも言っておれん……今回の結界は難度が高いぞ」
覚悟しておけ、そう言って、クレフはため息をついた。ただでさえ、住民は新しいセフィーロに慣れず、大きな不安を抱いている。そのため、住宅地近くの森では、その不安が具現化した魔物が頻繁に発生していた。その森に沈黙の森が影響を及ぼすようになったら……事態は悪化するほかない。居住区の移転も視野に入れなければならないかもしれない。
「危険度も高いだろう」
ランティスはそう言って、クレフの様子をうかがった。
結界魔法はいわば空間に魔法の壁を作るようなものだが、その内と外の均衡を保たせる必要があり、その点が一番難しい。境界の内側の瘴気が強ければ、術者への負担も大きくなる。確かに、沈黙の森を覆う結界など、作れるとしたら導師クレフしかいないだろうが……ただでさえ、彼は忙しい。決して、万全ではないのだ。
ランティスがクレフを見つめていると、クレフは片方の口の端を上げ、ふっと息をこぼすようにして笑った。
「だからお前を連れて行くんだ」