スカラピア・ローカス姉弟の場合

スカラピアの自宅はローカスのアパートがある住宅地からやや外れた場所にあり、そこは組の関係者が比較的多く住んでいる区画である。戦闘員として一人前と認められた頃にふたりに支給されたそのささやかな一軒家は、大人として自立したい一心で飛び出した数年前から少しだけ壁がくすんで見える。深夜でありながらまだ煌々とした灯りの多い家々からは、怒鳴り声や笑い声が渦潮のようにごうごうと沸き立っているが、暗い影の中に佇む青年と小さな家屋には見向きもしていないようだった。

正面の玄関の鍵をわざとらしくガチャガチャと開け、ローカスはすぐに家の側面に回りこむ。窓の真下にしゃがみ込んで聞き耳を立てるが、家の中にひとの気配はないようだった。ジャケットを姉に預け、薄い黒のインナーだけの背中に、背後の壁は刺すように冷たい。足音を消しながら急いで玄関を抜け、一目散に2階へと上がる。以前と同じ間取りにあった姉の自室の前に立ち、ドアに手をかけながら息を止め、周囲を警戒する。一呼吸おいて滑り込んだ室内の、寝台近くの小さな机の上で、目当ての鉢植えは待ってくれていた。ベーから借りた大きめの布に鉢ごと包み、たすきのようにして胴に縛りつける。

と、不意に背後のドアが開く。
叫び声を聞きながら、気づいた時には足元で呻くイカの男がいた。極限状態の反射神経で、無意識に侵入者を無力化したローカスは我に返り、男の銃を握る手を一度強く踏み抜いてから、その火器を部屋の奥に蹴り飛ばした。
自分のショルダーホルスターにあったはずの拳銃が右手にある。目に映った途端にそれは質量を持ちはじめて、ローカスの手を震えさせる。思い出したように息を吹き返した肺の、強く胸を圧迫する感覚が喉を押し潰すようで、溺れた魚のように必死で呼吸をを繰り返した。
「ハッ、ハッ、ハァッ、なんだッ、てめえ……ッ、てめえ、かッ」
「あ゛、が、くそ……!」

左の肩と太腿、ふたつの銃創からダラダラと血を流す足元の男は、流れ出る苦痛に呻きながらその鋭い眼光を容赦なくローカスに向けている。何度か組での作戦確認の場で目にしたことのあるその顔は、今回の任務前にも自分たちへ気さくに話しかけてきた人物だった。ローカスは詰まる喉をこじ開けながら、すべての元凶へ言葉を吐き捨てる。
「やっ、てくれたじゃね、か、てめ」
「なんだよ弟、なに生き残ってんだてめえ、くそが」
「は、俺のしぶとさ舐めてんじゃねえよ」
「くそ、くそ、ゴミが、くそ」

今となっては恨み言を吐くことしかできない侵入者を、ローカスはただただ忌々しく思った。しかし目的はこの男ではないのだ、スカラピアとベーの元へ一刻も早く戻らなければならない。銃声が響いたせいか、にわかに家の外も騒がしくなっていた。視線と銃口は向けたまま、背負った鉢植えと脱出経路を確認する。

その時、いつまでも罵声を垂れ流し続けていた男の口が、ふと言葉を止め、不愉快な笑い声を上げた。
「ああ、ああ! でもそうか、お前が来たなら、あの女は? 少なくとも動けねえんだ、そうだろ? それか死んだか? 死んだか!? はは、ざまあねえ似合いの死に方だ!!は」

下衆な笑いを吐き出す男の、鉄臭い体液に塗れた左肩へ、ローカスは踵を叩きつける。聞くに耐えない無様な叫びを、憎しみに満ちた目で青年は見下ろしていた。

「うっせえよハゲ、あいつは殺しても死なねえよ、おめでてえ野郎だな」
「ぐォ、ガ、ア゛」
「死んだら満足か、え? 卑怯な手ぇ使いやがって。てめえなんか一生あいつに敵わねえんだよ。ついでに俺にもな。ボケ」

捨て台詞を浴びせかけ、部屋の窓から飛び降りようと手をかけたローカスへ、男は叫ぶ。
「はは! いい気味だ! 俺を散々コケにしてきたあの女! 敵前逃亡か、組ん中じゃあ重罪だ! もう偉そうな面ぁできねえぞ! ア゛ッハハハァ゛ハハ」
すでに窓から身を乗り出していたローカスは、心底面倒な顔で振り向いて、嗤うしか能のない愚者を一瞥する。

「ああ、俺らぁもう二度と面見せることはねえよ。組長によろしくな」

さっきまで大笑いしていたその喉から、は?と乾ききった声が聞こえる。

じゃあな、と片手をあげて、青い目の青年は窓から消えていった。
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