青赤ビートダウン

 街中に数か所ある地点のひとつで迎えの団員と合流し、バイユーの施設へと到着すると案の定アレイナのニタニタした笑みで出迎えられる。うちはお医者さんが本業じゃねーんだがなーと無遠慮に皮肉って笑う彼女を、今回ばかりはブラムですら無視を決め込んでいた。
 入り口からほど近い小部屋にレモラだけ入り、べラムはしばらくアレイナの与太話に付き合わされてから、遅れて通される。パーテーションの前に机と椅子が数個置かれただけの簡単な診察室で、向かい合って座る医師とレモラが待っていた。これまでも何度か見た光景だが、レモラの表情は到着時よりもくすんで見える。小さく鼻で深呼吸してから、ブラムは彼女の近くまで歩を進めた。

「あ、お疲れ様でーす!」
 不意にした明るい声に目を向ければ、医師である若いタコボーイが爽やかな笑顔でこちらを見ている。彼はブラムが参入したのとほぼ同時期に所属していた医療班の団員であり、持ち前の愛嬌と確かな腕で他からも好かれている人物だった。
 対面に座るレモラの表情とは不釣りあいな明るさに、何か言いようのない不安がつのる。
「うわぁやめてくださいよブラムさん、そんな睨まれたら俺の寿命縮みますって」
 医師はブラムからの険悪な雰囲気を感じてか、しかしそれを物ともせずに、患者のいる場ではおよそ不謹慎な軽口をとばす。
「諦めてください。……レモラ?」
 ブラムは青年への応酬もそこそこに、椅子に座るレモラの隣に片膝をついて、顔を見上げる。視線をこちらに向けた彼女は、しばしこちらを見つめてから、困ったように目をそらしてしまった。日頃すべて赤裸々に明かしてしまうか見事に誤魔化し切るかどちらかである彼女が、こんなにも歯切れの悪い態度でいるのは珍しい。なにか尋常でない様子にブラムは不安というよりも、戸惑いの方が強かった。

 椅子座ります?と医師が促すが、ブラムはこのままでいいと断り、後方で壁にもたれるアレイナも気にするなとばかりに手をひらひらとさせる。はいはいと軽く息をついた医師は、背もたれを鳴らして、ブラムに向き直る。
「えっとですね、俺も早く帰りたいんで率直に言っちゃうんですけど」
 あまりにも無遠慮な前置きをして、青年は告げる。
「妊娠っす」
「……」
 わーお、と遠まきに驚いてみせるアレイナに遅れて、ブラムもやっと声を漏らす。
「……は?」
「妊娠初期の体調不良っすね、多分。さっき聞いたら香水とかコーヒーとか最近急に無理になったって言ってらしたんで、そういう時期なのかなーって感じっす」
「……そう、です、か。……いや」
 なんでもない調子で語られた言葉に、今朝の光景を思い出す。レモラが身を乗り出した果物の皿のすぐ近くには、湯気の立つ自分のコーヒーが並んでいた。ブラムは口を半開きにさせたまま、思わずレモラの顔を見るが、彼女は気まずそうに顔を背けたままだった。それが少なくとも恥じらいの表情でない、なにか思い詰めているような雰囲気をまとっているように見えて、ブラムの心をざわつかせていた。

「えーと、そのー、まだ初期っぽいのは確かなんでー……」
 二人のただならぬ雰囲気を仲裁するように、医師が再び話しだす。
「インクとオクトの交雑児は特に、胎内で安定して育ってくれること自体がめちゃくちゃ稀なんで……二人ともあんまり思い詰めずにね、気楽にね!」
 終始ブレない明るい雰囲気で医師はそう言ったが、しかし誰も、手離しで祝福の言葉を述べることはなかった。ブラムがこの団体に拾われた経緯、……認知外の実子らしき女性に襲われ、心中を図られた末に左目を失ったことは、この場の4人全員が知っていた。

「マァーーーおめえら、やることやってたら遅かれ早かれこうもなるわーーー」
 収集に困り出した場の空気をアレイナは無神経に一蹴してみせた。
「ブラム、ちょい顔貸せや。すまんなレモラ、けどそこのヤブめちゃくちゃ口固ぇから、なんか愚痴でも聞いてもらっとけ」
 促され、ブラムは未練がましそうにレモラを見つめたまま立ち上がり、アレイナに連れられて診察室を後にした。医師は部屋を出る二人に手を振りながら、笑顔で見送っている。完全に扉の閉まる音がしたと同時に、レモラは目の前の青年に顔を向けた。
「あの」
「ん、なんでしょ?」
 何でも言ってくれていいっすよー、と、にこやかな雰囲気を崩さない医師に、レモラは一切感情の見えない顔で言う。

「その……堕胎しようと思ったら、いつ頃までなら間に合いますか」
2/21ページ
スキ