青赤ビートダウン

「思ったんだけどよー」
 もふぁ、と漂う紫煙とともに、アレイナは言葉を吐いた。バイユーの施設の屋根の上、最先端機器の導入によって終日無人となったかつての見張り台に、彼女は医師の青年とともに座り込んでいた。足元では彼女を探しまわる部下の声がする。青年はアレイナの声に、はい?、と反応しながら、新しく咥えた煙草にマッチで火をつけていた。
「お前、インクとオクトでガキこさえんのめちゃくちゃ難しいっつってたじゃん? あ、あの色ボケどもの話な」
「はいはい?」
 青年はマッチを手早く振ってその火を消し、足元に置いていた大きめの携帯灰皿へ放り込み、ついでにアレイナへと差し出した。お、と彼女は手元の伸びた灰をそれへ落とす。眼下では、今日会議だって言ったじゃないですかー!という若い呼び声が聞こえていた。

「いう割にはさー、結構いんだろ、そういうの」
「そうっすねー、うちにもインクオクトだけじゃなくって、他の種族との交雑のひととかもぼちぼちいますよねー」
「あれはどうなん? レアケースが偶然重なっただけとは言えんだろ、世代もいい具合に散らばってるし」
「ほうほう」
「だからなんか、条件とか薬効とか関係すんのかね」
「気になるんすか?」
「ちょっとなー」
「そこがアレイナさんのいいとこっすよねー」
 味方ために打てる手は全て把握し、試しながら現場の声も聞き漏らさないその流儀こそが、彼女が今の役職まで上り詰めた要因だった。彼女はそれを、単なる人心掌握のための必要コストだとしか言わないが、部下の中にはそれ以上の感情でもって彼女へ忠誠を誓っている者も少なくなかった。

「んで、結局のところどうなん?」
「まー、あの色ボケさん方なら多分大丈夫っすよ」
「ほー?」
「流産はね、どうしてもするんすよ。これはどうしようもないんす。だから、気にしすぎは良くないよーってめちゃくちゃ言ったんすけど」
「おー」
「あの2人クソ真面目そうだったんで。絶対自分責めそうだし」
 アレイナは、まあなー、と相槌を打ちながら吸い殻を青年の灰皿で消し、もう一本懐からとり出している。青年は咥えた煙草の先端を赤く短くしていき、ふーっと細く息を吐く。煙は雲ひとつない空の青に浮かんで、すぐに消えた。

「まー、要はー」
「おー」
「数打ちゃ当たる、ってだけなんすよ」
「おー?」
「だから無駄に凹んでる暇あんなら早くヤれよって話っす」
「はーーー、なるほどなーーー?」
 新しい煙草を思い切り吸って、アレイナはニタニタと笑いながらその息を撒き散らした。
「ちなみに一回で何パーとか統計出てたりすんの?」
「同種同士を100としてー……2,30%とかじゃなかったっすかねー」
「十分じゃねえか、脅しすぎだぞお前」
「いやー、あのひとが女相手にしどろもどろしてんの面白くてつい」
「ケ、ばっかやろーぃ」
 半分になった煙草をアレイナは乱雑に消し、ヘラヘラと笑う医師を残して、立ち上がる。

「まあ、それじゃあ仕方ねえわな」
「いやー、仕方ないんすよ、こればっかりは」

 もうお偉いさん来ちゃいますよー!と、遠くで悲鳴がこだましていた。



『青赤ビートダウン』おわり
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