青赤コントロール

「あの女がお前の本名を?」
 こく、と探偵が頷くのを見て、依頼主は大きなため息をついた。彼女は今回、探偵にクラゲ失踪についての調査を依頼した当事者であり、2年前までの彼の上司でもある。一見少女かと思うほど小柄だが、言ってしまえば、ヤクザな団体のそこそこ偉い人物である。

「いや、そりゃあ喜ばしい……のか……? うーん、今回の件とはズブズブだろうしなあ」
 調査地点のアパートで襲撃に遭った探偵は、成分不明の薬品を打たれたこと、重要参考人である襲撃者の確保が急務であることを鑑み、この団体へ事態収集の依頼をした。結果、彼と女は意識のない状態で発見され、今は2人とも団体の施設内でそれぞれ療養、軟禁されている状態である。今は解毒処置が終わって、意識を取り戻した探偵から現場での状況を確認している最中であった。

「あの女性が、今回の件に大きく関わっていることは百も承知です。ただ、……僕はこの機会を逃したくはない」
「わかってる、わかってる。お前に“ヤクザ屋はもういいから探偵にでもなれ”って言ったのはあたしだぞ?」
 うーん、と依頼人は腕を組んで唸っている。
「まあ、お前のこと“イエロー”って呼ばずに、真っ先に“ブラム”って呼んだ時点でなあ、そうだよなあ……。おんなじ店で働いてた女だってことは確定だもんなあ」
 イエローと呼ばれている探偵、本名はブラムというが、それは団体内や仕事上では大っぴらにはしていない。その理由は単に、既に“イエロー”の名が浸透しきっていてわざわざ改名する必要性がないからではあったが、今回はそれが思わぬ収穫に結びついた。

 彼が団体を抜けて探偵になったのは、ある風俗店で数年前までともに働いていた一人の女性を探すためである。その店はつい最近悪質な強盗により建物ごと破壊し尽くされ、その女性の足跡を調べようにも、人もモノも、何もかもが残っていなかった。ちなみに今まさにここで話をしている依頼人は、彼の元上司であり、彼が団体を抜けられるよう手を尽くした張本人でもある。
 そして今回偶然にも、彼を以前の名で呼ぶ人物に巡り会えた。これはこれまでにない大きな進展になりうることで、この場の二人にとっては一つの大きな到達点と言っていい。

 ただ、そもそも今回の依頼はクラゲ失踪事件の調査であり、件の女はその容疑者である。

「……彼女と、直接話はできませんか」
 真剣な眼差しでそう切り出した探偵に、さすがの依頼人も面食らった。
「そりゃあ、できるさ。けど、どうすんだ? お前を殺そうとした殺人鬼に、お姫様探しのヒントをくださいって頼みこむ気か?」
 皮肉たっぷりに投げかけられた言葉に、そうですね……と探偵は少し考えてから、
「ええ、もういっそ、正直に言うのが早いんじゃないか、とは」と自嘲気味に笑った。

 依頼人は大袈裟にため息をついてみせてから、まあお前の好きにやれ、と探偵の背を叩いた。
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