青赤コントロール

 目を覚ましたレモラの目に映ったのは、数日前見たのと同じ天井だった。起きたか、という聞き慣れた声に目を向けると、いつもの神経を逆撫でするような笑顔のアレイナがいた。ただし、彼女も鉄格子の中にいる。
「じゃ改めて聞くけど、お前は誰だ?」
 起き上がった女は心底つまらなさそうに、
「……最初っから“レモラ”だって言ってますけど」
 とぶっきらぼうに言い放つ。そうかそうか、とアレイナは満足げに頷いた。

 あの朝の口論の時タイミングよく彼女が現れたのは、レモラを探偵の監視下に置いていた数日間、実のところを言うと事務所の周りには団体の見張りが待機しており、非常事態が起きた際には探偵の合図ですぐ動けるようにしていたのだという。今回自分が意識を失ったのは、当初から準備されていた銃タイプの昏睡剤注射器によるものだった。普段は他の団体員に任せているが、今朝は別の連絡事項があったため、アレイナ自身がついでに午前中の見張りもしていたそうだった。
 今朝の痴話喧嘩のような有り様をよりにもよってこの女に見られたことを知り、レモラはバツの悪い様子でゲソを手で何度もすいていた。
「……で? よっぽど大事な要件なんでしょうね、その連絡事項って」
 レモラが尋ねると、アレイナはあっけらかんとして答えた。
「あー、昨夜のうちにね、捕まえちゃったの。例のー、ほぼ首謀者?」
 思わず手を止め、驚愕の色が隠せないレでいるモラを、うちの連中マジ有能だから、と愉快そうに笑いながら彼女は続ける。
 曰く、主犯格として捕縛した人物は複数おり、その中の人物に見覚えがあるかを直接見て判断してほしいとのことだった。レモラは、この場に探偵がいないことに少し後ろ髪を引かれながらも、二つ返事で了承した。

 アレイナに通された部屋は、地下2階の厳重な扉の部屋だった。入ると、そこには団員数名に混ざって探偵も立っている。普段通りの落ち着き払った様子に少しだけ睨みをきかせながら、奥で縛り上げられている4人を見やる。体格もさまざま、男女2人ずつの集団は、それぞれ侮蔑や、驚愕といった視線を浴びせかけてくる。レモラは彼らを感情のない目で見下ろし、口を開く。
「左から、“業者”、“管理人”、“業者”、……一番右の女は知らないわ」
 よし、と後ろのアレイナは相槌を打ち、レモラが知らないといった女を優先的に隔離するよう部下に指示を出す。
 捕縛されたまま引っ張り上げられた女は、よろめきながら歩き出すが、レモラとすれ違う時に無理やり踏みとどまる。

「せっかく大金積んでかわいいままでいたのに、台無しねえ。王子様は迎えに来てくれた?」

 クスクスと癪に触る笑みを浮かべる女に、レモラは顔を思い切り歪ませる。この女の発した一言は、この場の全員の前で、自分の精神的に脆い部分を暴露するものだった。必死に表情を取り繕いながら、わなわなと拳を握り、殴りかかろうかというレモラのその肩を、不意に後ろから手が引き寄せる。

「もう必要ない」

 挑むように、それでいてまったく興味のないような冷めた声で言い放つ探偵を、女はしらけた表情で、フ、と一瞥してから、そのまま部屋を連れ出されていった。

 ______

 しばらく待機しているようアレイナに言われ、施設内の談話室に通された2人は、まずレモラがソファに腰掛け、ついで探偵がその隣に座る。居心地悪そうに目を背けたまま少しだけ距離を取り直すレモラを、探偵はじっと見つめていた。
「……今朝は」
 先に口開いたのは探偵だった。
「すみませんでした、怒鳴ったりして」
「……『同意もなしに襲わない』って約束も破って?」
「それは、……それもありますね」
 真っ先に皮肉で返されたのを聞いて、男はふっと小さく笑う。レモラは頬杖をついてそっぽを向いたままでいる。

「……綺麗になれるって、先輩に教えてもらったの」
 少し震えた声がこぼれだす。
「あなたは、若くて綺麗な子が好きだってみんな言ってたから。別れようって言われたのは、私がもうおばさんになったからなんだ、って」
「……」
「綺麗になれば、戻ってきてくれるんじゃないかって。……綺麗になるために、食べなきゃって」
「……すみません」
 言葉を重ねるうちに少しずつ上下しだした肩に、男は静かに謝罪した。レモラは大きく息を一つつき、目元を拭いながら、目線を自分の膝の上に戻す。
「ずるいの、あなた。……綺麗になって、ずっと見返したかったのに、舞台裏に土足で入ってくることないじゃない」
「僕は君が好きですよ」

 ゆっくりと振り返る、雨に濡れた蛍火を、男は困ったように微笑みながら出迎える。

「レモラさん、もう一度言いますよ。もうやめにしませんか? やめにして、今の“僕”を見てくれませんか」

 昔よりも柔らかく笑うようになった目の前の男の、……ブラムの言葉に、レモラははらはらと涙を流して、ゆっくりとその肩に頭を預けた。
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