青赤コントロール

 
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 繁華街から少し外れた薄暗い通りは、この夜だけは大きな喧騒と怒声に包まれていた。ここは場末の風俗店街で、普段なら怪しげな灯りが満ちているその通りの、ある一軒が炎を吐き出して燃えている。取るものとりあえず逃げ惑う客、嬢、事態の収拾に必死な店員、滅多にない大事件に好奇の目を向ける野次馬とで、その場はまさに混沌としていた。

 この事態を引き起こした集団は目下、店内で金品や気絶させた女をかき集め、店の壁にその頭をめり込ませている大型の車両に運び込んでいる最中であった。
「まったく、話が違うぞ! 今回の目標は宝石店だって言ってたじゃないか」
「いつものことだろ、金目のものがあっただけマシだ。この前なんか美術館の倉庫だって聞いてたのに、蓋を開けてみりゃ廃品の集積所だったんだぞ? やってられねえよ」
「いいから早く運べ! 野次馬が多すぎる、とっとと撤収するぞ」

 罵声が飛び交っていた中ふと、彼らは突然声を止め、一斉にある方向へ目を向ける。
明らかに自分たちの仲間ではない足音、重い石の床にコツコツと鳴らす、ハイヒールの音。廊下に立ちこめる煙の奥からそれを響かせ現れたのは、身体のラインを強調した派手なドレスの女性だった。

「…どうも? あなた方、この騒ぎの実行犯?」
 灰ですすけ、ドレスの端を炎で焦がしながらもなお美しく笑うその女性に、彼らは面食らってしまった。それでも、は、と一瞬で我に返ったのは、その女性が両腕で抱えている金属製の箱、いかにも貴重品ですという顔をした金庫が、数刻遅れて視界に飛び込んできたからである。
「…お前、この店の女か?」
「ふふ、そうよ?」
 怪訝な顔で語りかける男に、女は笑みをたたえたまま、自己紹介でもするように言葉を続ける。
「これ、ね? この土地の権利書と、お店の貸金庫のカギとかが入ってるの。いいでしょ?」
 カランカランと楽しげに金属音をさせながら、それを上下に振って見せびらかす女に、一同は動揺を隠せなかった。気でも狂っているのではないか? おとりか、何かの罠か? あまりにも想定外の事態に言葉も出ない彼らに代わって、小さくため息をついてから話を進めるのは女だった。

「はぁ、ノリが悪いなあ。これ、あげてもいっかな、って思ってるの、私は」
 強盗一同は各々、ますます訝しげに顔を歪ませる。一部の者は腰周りや上着の裏に手を回し始めるが、それをまるで気にも留めず、女は歩み寄る。
「まあまあ、私をここで殺すのは簡単だけど、一回本当かどうか試してみてもいいんじゃない? 
私はこの金庫の開け方を知ってる。何より貸金庫の鍵があっても、その番号を知らないんじゃ宝の持ち腐れになっちゃうわ。……違う?」
 女はランウェイを行くモデルのように堂々と歩を進め、リーダー格と思しき人物へと金庫を差し出す。可愛らしく小首をかしげながら、蛍火のようにちらつく両目で薄く笑う彼女を、銃で撃とうとするものは遂に現れなかった。

この状況で余裕たっぷりの眼差しを向ける女に、リーダー格の人物は眉ひとつ動かさず、静かに口を開く。
「…要求は?」
 女は、ふ、小さく鼻を鳴らし、毅然として顔をあげる。エンペラにぶら下げた半透明の耳飾りが、炎に照らされて妖しくゆらめいていた。

「私も連れてって。こんなところ、もう一秒だって居たくないの」
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