氷と淡い色 ー過去編②ー
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森の中を流れる一つの川。 川の水はとても澄んでおり、魚も多く生息している。
その川の側で、ばしゃばしゃと洗濯をしている少年がいた。
眉を吊り上げ、少し乱暴な手つきで布を洗っていく、時透家の双子の兄・有一郎。
すると、不意に有一郎の手が止まった。
「………はぁ…」
その深い溜息は、今の有一郎の胸の内を表しているようだった。
吊り上がっていた眉も、溜息と共に下へ下がっていた。
何かを思い詰めた様な横顔に、不意打ちをするかのように声が掛かった。
『少し、お話をしませんか?』
思いもしなかった声に余程驚いたのか、大げさなほど肩を震わせた有一郎。
まさか横に人がいるとは思わず、ゆっくりとしたぎこち無い動作でこちらを向いた。
にこやかな笑顔を疑問の表情に変え、未だ固まっている有一郎の顔の前で手を振ってみた。
『おーい。 有一郎くーん?』
暫くして氷が溶けたかの様に機関銃の如く、有一郎から文句が飛ばされた。
音も無く隣に立つな。 気配を消すな。 音を立てろ。 横に来る前に声を掛けろ…などなど。
「何しに来たんだ!
俺たちは、お前らと話す事なんか何もない! さっさと帰れ!!」
思わず、手を振り上げてしまった。
はっとした有一郎が、こちらに顔を向けた。
雪華の右頬には、一文字に傷が付いており、端から少量の血が伝っていた。
有一郎の爪の先が雪華の頬を掠(カス)めたのだろう。
怪我をさせてしまった罪悪感と、しつこく来るそっちが悪いという自己防衛が入り混じった様な表情。
謝罪の言葉を押し殺すように顔を元の位置に戻し、洗濯する手を動かした。
そんな有一郎の横顔に苦笑いを浮かべ、目の前の綺麗な川に視線を移した。
少しの沈黙の後、静かに口を開く。
『弟さんを守りたかったら、このまま断り続けて下さい』
「………は?」
突然の発言に動揺していたからか、理解が追い付いてこない。
無一郎と同じ翡翠の瞳を丸くして、こちらを凝視していた。
一体、こいつは何を言っているんだ
そう言いたげな有一郎から、それは飛んできた。
「言っている意味がわからない
そもそも、勧誘してきたのはそっちだろ!
勝手に来て、鬼殺だの剣士の血筋だの言って、俺たちを混乱させて!
そのせいで、無一郎ともまともにっ!!」
感情的になる有一郎は、そこまで言って口を噤(ツグ)んだ。 下唇を噛みしめ、俯いてしまう。
無一郎との仲があまり良くないのは、彼女達だけが原因ではないからだ。
『…』
こんなことを言ったら、彼を逆撫ですることはわかっていた
彼の心は、一杯いっぱいで、立ち止まる事も戻る事も出来ないほど余裕が無い
いくら苦しくても、弱音を吐きたくても、本当は優しくしたくても、前へ走って行く事しかできなくなっているんだ
それを
ほんの少しでも 軽くしてあげられたら…
そんな身勝手な事を考えてしまう
『鬼殺隊にいる剣士の半数以上が、鬼に家族や大切な人を殺されて入隊しています
弱き人々を守りたいと、志高く入隊した人は、初陣で鬼の恐怖に心折れるか、死ぬかがほとんどです
正義感だけで入隊するのであれば、やめた方がいい
私は、そんな剣士を沢山見てきた』
勿論、志高く強い剣士もいる
だけど、そんな剣士はほんの一握り
恐怖心を押し殺して、鬼に立ち向かい続けるには、怒りや憎しみほどの強い思いが無ければいけない
でなければ…心がもたない
雪華の話を黙って聞いていた有一郎の手は、いつの間にか止まっていた。
「…だったら」
『…』
「だったら…なんで来たんだよ」
『…』
「入隊させたくないなら、初めっから来るな!! 迷惑だ!!」
立ち上がり、大声を上げたせいで少し息が乱れている有一郎の目尻には、ほんの少し涙が滲んでいた。
握っている拳は小さく震え、どうしようもない怒りの感情を堪えている。
来なければよかった。 探し出されなければ、何も知らずに慎ましく生活していけていたのに。
しかし、鬼のいない世界にするには、彼らの力も鬼殺隊にとって必要なもの。
始まりの呼吸の剣士の子孫であれば、訓練すれば日の呼吸を扱える可能性は十分あるのだ。
『戦力として、申し分ない
私も、そう思ってた』
「っ…」
『あなた達2人に、出会うまでは』
怒りに満ちた翡翠の瞳を真っ直ぐ見た。
今にも殴り掛かってきそうな有一郎は、それを抑え込むように拳を握り、歯を食いしばっていた。
『あなた達が、こんなにも幼いなんて、思わなかった』
有一郎から視線を外し、静かに流れる川を見つめた。
『私の弟達と同じ……双子だったなんて…』
川を見つめる雪華は、柔らかく笑っていた。
しかしその瞳は、酷く悲しげに見えた。
有一郎の怒りを一時、忘れさせるほどに。
少しの沈黙が流れた。
握り締めていた拳から、フッと力を抜く。
溜息を一つ吐き、元の位置に腰を下ろした。
幾分か気持ちを落ち着けた有一郎は、流れる川の水を見つめ、ぽつりぽつりと話し出した。
「……無一郎は…俺なんかと違って、心の優しい奴なんだ」
『…』
「誰かの為に役に立ちたいって…だから、鬼殺隊に入りたいって……
でも、それを俺が無理矢理引き留めた
刀なんて、握ってほしくない
あいつには、生きててほしいから…」
そう心内を明かしてくれる有一郎。 その表情は、誰よりも弟の事を大切に思う兄の顔だった。
無一郎が生きていてくれるのであれば、何だってする
例え、無一郎に嫌われようとも…
『……辛いね』
「…」
それは、とても辛い生き方
それでも、無一郎を守れるのなら
有一郎は、喜んでそれを受け入れるんだ…
2人で笑い合って 生きて行けたら どんなに幸せか
しかし、雪華はそれを口にしない。
現実は理想とは違う。 現実は非情なものだ。
有一郎が絶対の権限を持たなければ、無一郎は一人ででも鬼殺隊へ入ってしまいかねない。
そうなってしまっては、雪華にはどうすることも出来なくなる。
立場上、拒否する事も、辞めさせることも出来ない。
沈黙の中、優しい風が2人の髪を揺らしていく。
その沈黙を破ったのは、有一郎だった。
「……お前の方は…?
双子の弟達は…今どうしてるんだ?」
初めての有一郎からの質問に、今度は雪華が目を丸くした。
ぶっきら棒なその質問に、少しの嬉しさが込み上げてくる。
『…亡くなったの……5年前に。 鬼に襲われて』
「!」
『私は…守って、あげられなかった』
この世に生まれて、たった六年しか生きていないというのに
あの時 帰るのがもっと早ければ
丘の上で 一休みなんてしなければ…
そんな後悔ばかり
”もし、あの時…”なんて、変えられない過去の事ばかり考えてしまう
後悔して、自分を責め立てて
そんなことをしても、何にもならないのに
そんなこと あの子達は 望んでいないのに…
だからこそ余計に
2人に あの子達を重ねてしまうんだろうね
『…だから
有一郎が望まないのなら、入隊なんてしないでほしい
鬼なんて知らない、平穏な生活を送ってほしい』
それが雪華の本心。
その言葉が、嘘偽りのないものだと有一郎にも伝わっていた。
それは、彼女の瞳が悲しみと後悔の色に染まっているから。 だから、彼女は鬼殺隊にいるのだと。
自分達の事を、本当に思ってくれている事も解った。
膝を抱えていた有一郎は、大きな溜息をついた。 そして胡坐をかき、その上に手を置いた。
「…いいのかよ。 そんなこと言って
お前、鬼殺隊の最高位の剣士なんだろ?
こんなこと知られたら、咎められるんじゃないのか?」
『…うん。 バレたら厳罰ものね
だから、この事は私と有一郎だけの秘密ってことで』
「…」
左手の人差し指を口元に当てて、悪戯っ子の様に笑う。
そんな雪華に、有一郎は俯いた。
それは有一郎にとっても、自然と身体が動いていた。 有一郎の左手が、右頬に触れたのがわかった。
思いもしない行動に、少しの驚きと戸惑い。
「…ごめん……
怪我させるつもりは、なかったんだ」
『…』
先ほど負った右頬の傷。
頬に伝った少量の血を、有一郎は親指で拭った。
そして、慈しむ様に頬を撫でる。
それは、本来の彼の優しさ。
本当はこんなにも他人を気遣えて、優しい瞳が出来る子なんだ。
それが出来なくなる程、彼がどれだけ必死に大切なものを守ろうとしているのかがわかる。
だからこそ こちら側には来てほしくない
そう願わずには いられない
頬を撫でる有一郎の手に、ほんの少し大きい自分の手を重ねた。
『やっぱり…優しいね。 有一郎も』
「っ!!」
ふわりと笑う雪華に、お互いの距離が近かったのも相まって、ぶわっと顔を紅く染める有一郎。
反射的に触れていた左手を、ばっと離した。
思えば、今まで年の近い異性と話した事も、ましてや触れた事なんて皆無だった。
妙にうるさい心音が何なのか分からず、頭の中が慌てふためいている。
すると、空を飛んでいる鴉が一鳴きした。
それが合図だったのか、立ち上がる雪華。
『そろそろ行かなきゃ』
「…」
腰の刀を差し直して、踵を返す。
それじゃあ。 と、簡単な挨拶をして歩き出した。
今度、藤の花の香を持ってこよう
そんなことを考えている自分の顔は、隠しきれない嬉しさが滲み出ていた。
有一郎と話が出来て良かったと、嬉しさを胸にしまい込み、任務へ赴く。
「おい!」
急に上がった声に、吃驚して振り返った。
立ち上がった有一郎が、自分を呼び止めたのだ。
「…お前………名前は…?」
恥ずかしさを含んだ瞳は、その質問と共に、ふいっと横へ逸らされた。
それが何だか可愛くて、くすぐったい気持ちになる。
あんなにも警戒していた有一郎が、ぎこちなくも歩み寄ってくれているなんて。
『雪華』
「!」
『不知火 雪華』
「…」
『またね、有一郎』
「!?(消えた…)」
雪華が居なくなったそこには、優しい風に乗って一つ二つと葉が舞っていた。
「不知火…雪華……」
胸のあたりの着物を、ぎゅっと握り締めた。
まだ残る、胸の高鳴りを感じながら…。
これが
有一郎との 最初で最後の会話だった
なぜ私は
当たり前のように ”次”があるのだと 思ったんだろう
私は
知っているはずなのに
知っていたはずなのに…
この世界は 無慈悲で 残酷なのだと
それは いつも突然訪れるのに
私と有一郎には ”またね”が二度と来ることが無いなんて
この時は 思ってもみなかった…
・END・
23/7/23
有一郎との絡み、すっごく書きたかったv
どうしたら有一郎の信頼を得られるのか、めちゃくちゃ悩んだ…。 無理込みだったかもですが…;
そして有一郎をときめかせたかった!
赤面した有一郎、絶対かわいいですよ!!
あぁ…次書くのが、しんどい…(´;ω;`)ウッ…