霞と氷と暑い夏
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「あ~……あつい」
縁側に座り、額に汗を滲ませながら、つい口から出てしまった言葉。
蝉の鳴く声が一層、暑さに拍車をかけている様だ。
『もう7月も半ばだから
これから、もっと暑くなるね』
カタンとお盆を縁側に置き、乗せていた湯呑が音を立てた。
「ありがとう」と湯呑を手に取り、乾いた喉を潤す。 一口お茶を飲んだ無一郎は、吃驚したのか目を丸くして、湯呑から口を離した。
「…冷たい
雪華! このお茶、すごく冷たい!」
氷など入っていないのに、まるで氷を入れた時の様な冷たさだ。 だから不思議に思ったし、吃驚もした。
そんな無一郎が可愛くて、つい笑いが零れてしまう。
クスクス笑う雪華に、「笑ってないで! 何でこのお茶冷たいの?」と、不思議な出来事に、好奇心が掻き立てられる。
『屋敷の裏にある井戸で冷やしたの
暑い時期は、いつも井戸でお茶を冷ましてるから』
井戸水は地下数十メートルにある為、夏場でも水は冷たいのだ。
疑問が解決した所で、もう一度湯呑に口を付ける。
『でも、一気には飲まないようにね
体を冷やし過ぎてしまうから』
言いながら、無一郎の隣に座り、湯呑のお茶を口に含んだ。
『あ。 そうだ』
暫く2人で冷たいお茶を堪能していると、何かを思いついたのか雪華は立ち上がり、いそいそと部屋の中へ入って行った。
「どうしたの?」
『無一郎、髪結ってあげる』
無一郎の後ろまで行き、立膝をした。
綺麗な黒髪を掌の上で軽く束ね、櫛で梳いていく。
『無一郎の髪、サラサラだね
手入れしてるの?』
「…別に、何もしてないよ
洗うのも面倒くさいのに…」
少し文句を溢す無一郎。
面倒くさいのなら、髪を切ってしまえば良いのに。 そう思うも、それをしない。
忘れてしまっていても、心のどこかに大切な兄の存在があるのだろう。
有一郎と同じ、長い髪。
なんとなく
安心するんだろうな…きっと
微笑ましく思いながら、頭の高い位置まで髪を梳き上げていき、紐で結んだ。
『はい、できた
少しは涼しくなった?』
「うん…涼しい」
横から覗き込むと、頭の高い位置に髪を結った為、いつもと雰囲気が違って見えた。
そんな無一郎に、ちょっとした悪戯を思いついてしまう。
嬉しそうに返事を返した雪華は、無一郎の後ろにしゃがみ込み、見える首筋に息を吹きかけた。
「っ!? な、なに? 何したの?!」
『普段、髪で首が隠れている人って、首弱いって言うけど…本当に弱いんだ
無一郎の素っ頓狂な声、初めて聞いた』
悪戯が成功して満足したのか、口元に手を当てクスクス笑う。
それが悔しいのか恥ずかしいのか、入り混じった感情に、笑う雪華を睨みつけてやる。
「…じゃあ、雪華は?」
『え?』
「雪華も髪長いし、首隠れてるよね」
『私は、別に弱くは』
「君ばっかりズルいよね
人のこと笑ってさ。 好き勝手して、さぞ面白かったでしょ」
無機質で棘のある言い方。 怒っているような瞳でこちらに振り返る無一郎。
あ…怒らせちゃった…?
こうなった無一郎は、ちょっとやそっとじゃ機嫌を直してくれない。
明日になれば忘れている事も多いが、問題は今だ。
『ごめん、無一郎
ちょっと吃驚させたかっただけなの』
眉を下げて謝るも、あまり効果はないようだ。
どうしたものか。と困っていると、無一郎が口を開いた。
「次は僕の番だよね
後ろ向いて、首出しなよ」
普段、雪華と話をする時は、幾分か柔らかい口調なのだが。
命令口調になっているという事は、かなり機嫌を損ねてしまったという事。 ここは、素直に言う事を聞くのが吉。
言う通りに背を向け、髪を横に流し、首筋を出した。 その首筋に、同じ様に息を吹きかけようとするが。
白く綺麗な項は、どことなく艶めいており、無一郎の動きを制止させた。 目を細める無一郎。
中々来ないアクションに、雪華はじれったさを感じていた。
やられることわかってるから、ちょっとじらしてるのかな…?
などと考えていると、首筋に何かの感触があった。
「くすぐったかった?」
『いや…特には…
何か、柔らかい感触だったけど』
「ふーん…じゃあ、次ね」
ひょこっと横から顔を覗かせる無一郎だったが、雪華の反応がいまいち無かった為、再び後ろへ引っ込んだ。
あれ?
何か…主旨変わってない?
次って…なに?
と思いつつも、無一郎の気が済むまで付き合うしかない。 妙な不安を抱く雪華。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、再び首筋を見つめる無一郎。
唇は反応なかったから……これなら
雪華の首筋に口を近づけ、ペロリと舐め上げた。
思わぬ感触に、後ろを振り向く。
『え? なに、今の?』
「くすぐったかった?」
『くすぐったいよりも…変な感じだった』
「………もう一回やるから」
『(え~……まだやるんだ…)』
雪華の顔を元の位置に戻し、もう一度、首筋に舌を這わす。
先程よりも舌を目一杯使い、舐め上げた。
…やっぱり
なんか、ぬめってする……濡れてる何かで…
そこまで考えた雪華は、何かに気付いたのか、今度は身体ごと後ろを振り向いた。
そして訝しげな表情を浮かべる。
『無一郎……もしかして、舐めた?』
言い当てられて一瞬目を丸くしたが、嬉しいのか少し柔らかい目になった。
「当たり。 くすぐったかった?」
『……くすぐったくは…なかったけど…』
「…」
『だから、私首はそんなに弱くないよ?』
少し機嫌が直ったかと思ったら、一瞬で元に戻ってしまった。
嘘でも、くすぐったい素振りをしたら良かったのかもしれないが、きっとすぐ嘘だとバレてしまう。 そうなれば、今以上に臍(ヘソ)を曲げてしまうのは目に見えている。
考え込んでいる雪華の頬に、スッと手が触れた。
下げていた顔を前に向けると、思ったよりも近い位置にあった綺麗な翡翠の瞳と目が合う。
「首がダメなら、こっちは?」
言うのと同時に雪華との距離を縮め、顔を寄せた。 髪を耳に掛け、ふっと息を吹きかける。
瞬間。 隠す様に、自身の耳を手で押さえた。
『っ!』
「あ。 雪華は、耳の方が弱いんだ」
満足げに言う無一郎に、気恥ずかしさ満載だ。
悔しいが、先に悪戯をしてしまった手前、文句を言う事が出来ない。
…まぁ、でも
これで、少しは機嫌も良くなってくれるかな
それで良しとしよう。と思っていると、耳を隠していた手をそっと握られ、耳から離された。
そして、再び耳に息を吹きかけられる。
『ちょっ! 無一郎!?』
「雪華の反応、面白いから…」
『人で遊ばないで』
「先に遊んだのは、そっちでしょ?」
『私は一回だけ』
「ねぇ…舐めたら、もっとくすぐったいかな?」
ぐっと近づかれ、耳元で囁かれる低い声。
とんでもない事を口にする無一郎。 一体、どこでそんな事を覚えてきたのか。
妖艶な瞳で見つめられ、口にしたことを行動に移そうと唇を寄せる。
『やめなさい』
「…」
右手は掴まれている為、左手で無一郎の口を覆い、ストップをかけた。
少し苛立ったような目をする無一郎だが、止めないわけにはいかない。
『何でもかんでも舐めないの。 はしたないわよ』
強く言ったつもりは無いのだが、無一郎にとっては効果があったようで。 掴んでいた手を離し、床に座り込んだ。
「……ごめん、雪華
面白くて………嫌いになった?」
しゅんっと、子犬の様に落ち込む姿に、可愛らしいと思ってしまう。
たまに見せる素直な姿は、初めて出会った時の彼を思い出す。
「ごめんくださーーい!
雪華ちゃーん、いますかー!」
玄関を開ける音と共に、明るい元気な声が聞こえてきた。 恋柱の甘露寺蜜璃だ。
「蜜璃ちゃん、こっち! 庭に回ってくれる?」
大きな返事が返ってきた。
未だ落ち込んでいる無一郎の頭を、優しく撫でてやる。
『こんなことで、嫌いになんてならないよ
それに、無一郎のこういう素直な所、私は好きよ』
優しく微笑む雪華。
それだけで、心が満たされる思いだった。
すると、桃色の髪を揺らしながら甘露寺が庭へやってきた。
「あ! 無一郎君も来てたのね!」
「…どうも」
「雪華ちゃん! これ、お裾分け!」
手にしていた大きな西瓜を雪華に渡した。 数日前に、鬼から助けた人に頂いたのだとか。
『ありがとう! 蜜璃ちゃん
冷やして、後で食べようか』
西瓜を受け取り、奥へ入って行く。
雪華が台所へ行ったのを見計らって、甘露寺は無一郎に近づき、内緒話をするように口元を手で隠した。
「私、お邪魔だったかなぁ?」
「…別に、そんなことは」
「だって、2人きりだったんでしょv きゃー!!」
「…」
「あ! 無一郎君、いつもとなんか違うと思ったら、髪結ってるのね!」
「暑いからって、雪華が結ってくれて…」
雪華ちゃんが結ってくれたなんて…
もっと早く来ればよかった
そしたら、無一郎くんの髪を結ってあげる雪華ちゃんが見られたのに!
ころころと、表情も話も変わる甘露寺に置いてけぼりにされる無一郎。
1人できゅんきゅんしていると、雪華がお茶を持って来てくれた。
甘露寺も交じって3人で(ほぼ2人)話をしていると、またもや来訪者が。
現れたのは、目つきの悪い白髪頭。
不死川は鍛錬の為、よく氷柱邸を訪ねていた。
同じ目的で、無一郎もここに入り浸っている。
「不死川さん…今日、雪華非番ですよ」
「そうなのかァ?
…なら、出直すわ」
『いいよ、実弥
せっかく来たんだから、少しだけ付き合うよ』
「いいのかよ?」
『うん。 着替えてくるから、ちょっと待ってて』
立ち上がり、屋敷の奥へ入って行った。
すると、奥へ入って行った雪華は無一郎を呼んだ。
『無一郎、ちょっと』
「…?」
手招きをする雪華。
付いて行くと、辿り着いたのは台所だった。
「…なに?」
『これ、実弥に出しておいて』
と渡されたのは、お盆に乗った冷たいお茶。
お願いねと言われ、雪華は着替えに行ってしまった。
「…どうぞ」
「わりィなァ」
甘露寺から少し離れた、縁側の柱に凭れる様に座っている不死川にお茶を出した。
「お前もあいつに鍛錬相手、頼みに来たのかァ?」
「今日は、休みなの知っていたから…」
「じゃあ、何しに来たんだァ?」という素朴な質問に、無一郎は首を傾げた。
……あれ?
僕、何しに来たんだっけ…?
顎に手を当て、何をしに来たのか頭の中を探していると、後ろから代わりに返事が飛んできた。
『無一郎も助けた人からお礼貰って、お裾分けに来てくれたんだよ』
そうだった…と思い出す。
木刀を手にした2人は、庭に下りた。
「1本勝負なァ」
『1本じゃ、すぐに終わっちゃうね
実弥、頑張らないと』
「はぁァ~?
てめェこそ、すぐに終わらねェよう、ちゃんと鍛錬相手になれよォ!!」
打ち合う2人をお茶を片手に、甘露寺と並びながら眺めるのだった。
(2人共、凛々しくてステキだわv)
(僕も、雪華と手合わせしたいなぁ…)
・END・
23/8/20
ちょっと悪戯しただけなのに、倍以上になって返って来る理不尽さ! それも、むい君の悪戯なら大歓迎だ…v